第21話 ユースティアの分身体

 夕食を食べた後、レインは自分に与えられた部屋で休んでいた。

 今日は移動で疲れただろうということで、本格的に動き出すのは翌日からということになったのだ。


「特になにをしたってわけでもないけど疲れてるのは、精神的なもんなのかな」


 ベッドで横になり、天井を眺めながら誰に言うでもなく呟くレイン。

 実際、体力的にはまだまだ余裕はあるというのにレインの体は疲労を訴えていた。


「俺にまでこんだけいい部屋くれるとなんか申し訳なくなるな」


 今レインがいる部屋はかなり広い。レイン一人どころか、他に何人か居ても問題なく使えるほどの広さがあるのだ。

 正直、一人で使うには広すぎる部屋だった。


「ま、だからもっと狭い部屋がいいなんて言えないんだけどさ。さてと、このまま寝るのもいいんだけど、日課だけはこなしときたいんだよな。エルゼ様には訓練場があるから自由に使ってもいいって言われたけど……よし、行ってみるか」


 とりあえず行くだけ行って、使えそうなら使わせてもらおうという考えでレインは訓練場へと向かうことにした。

 エルゼの屋敷は東館、西館、南館、北館の四つにわかれており、レインがいるのは東館。そして訓練場があるのが南館の位置だった。

 服を着替えたレインは、ルーナルが新しく改良した『紅蓮竜牙』だけを持って訓練場へと向かう。


「改めて見ても、ほんとにでかい屋敷だよな。でかすぎて迷子になりそうだ」


 しかもこれだけ広いというのに、至る所に高そうな美術品が置いてあるのだ。いったいどれだけの金がかかっているのか、レインには考えたくもなかった。


「廊下に敷いてるカーペットまでふかふかだ。なんかこの靴で歩き回るの申し訳ないな」


 せめて少しでも汚さないようにと恐る恐る歩いているうちに、レインは訓練場へとたどり着いた。

 しかし、訓練場にはどうやら先客がいたようだった。それも、レインのよく知る人物が。


「ふっ!」

「甘い甘い。そんなんじゃ私は倒せないよぉ」

「だま……れっ!」

「イライラしてるねぇ。ダメだよぉ。せっかくの美人が台無し。ほらほら、ニコって笑って戦おうよ」

「うるさい!」


 目の前に広がる光景を見て、レインは自分の目を疑った。

 訓練場の中に居たのはユースティアだった。しかし、一人では無かった。ユースティアがユースティアと戦っていたのだ。

 一体どういうことなのかとレインが戸惑っていると、ユースティアが——二人ともユースティアなのだが——レインの存在に気付いて手を振って来た。


「あ、レインだ!」

「っ?!」

「隙あり!」

「あ、こら待て!」


 片方のユースティアが、もう一人のユースティアをすり抜けるようにして避けてレインに近づいて来る。

 それも、見たことがないような喜色満面の笑みで。


「レーーーイーーーンーーーーッッ!!」

「なぁっ?!」


 両腕を広げ飛びついて来るユースティア。しかしその速度が尋常ではない。とてもレインが避けれる速度ではなかった。


「うぼぁっ!」


 思いっきり抱きしめられるレイン。ユースティアの柔らかい肢体、そして胸が押し付けられてレインの頭が真っ白になる。

 しかし当のユースティアはといえば、そんなレインの様子に気づくこともなくギュッと強く抱きしめられる。


「あはーーっ♪ 本物のレインだー。ずっと会いたかったんだよねー。可愛いなぁ」

「お、おい! どうしたんだよティア! なんか変だぞ」

「えー、別に変じゃないって。ただちょっと自分に素直になっただけだ・か・ら♪」

「レインから、離れろこのバカ!!」


 後ろから斬りかかるもう一人のユースティア。しかし、レインを抱きしめたままのユースティアはまるで後ろにも目がついているかのようにあっさりと避ける。しかもレインを抱きしめたままの状態で。


「嫌だよーだ。やっとこうして会えたんだから」

「おま、胸を押し付けるな!」

「えーいいじゃん。レインだって嬉しいよね?」

「答えれるか!」

「あはは! 顔赤くしちゃって可愛いなぁ。女慣れしてないんだねぇ。私が教えてあげようか? い・ろ・い・ろ・と」

「私の体で変なことしようとするなこの変態が!」

「えー、変なことって何? 私別におかしなこと言ってないけど、ユースティアは一体どんなことを想像したのかな? 変態さん」

「この……殺すっ! 私のレインを離せっ!」

「とりあえず俺にこの状況を説明してくれーーーーっっ!」


 激昂するユースティアと楽しそうにケラケラと笑うもう一人のユースティア。その間に挟まれたレインは、二人に振り回されることしかできなかった。





■□■□■□■□■□■□■□■□


 その後、レインの必死の説得によりなんとか落ち着きを取り戻したユースティア達。

 心底疲れ切ったという表情で、レインは目の前に並ぶ二人のユースティアのことを見た。


「えーと、それじゃあつまり……そっちのユースティアはユースティアが【根源魔法】の『鏡界線』で生み出した分身体ってことか」

「……そういうことだ」

「そーだよー♪」


 あからさまに不機嫌な表情で呟くユースティアと、能天気な様子でひらひらと手を振るもう一人のユースティア。全く瓜二つな容姿であるというにも関わらず、全く似て無いように見えるのは表情のせいなのだろう。


「それじゃあユースティアは……あー、そっちの分身体のユースティアは何て呼べばいいんだ?」

「ん。あぁ。確かに同じじゃ面倒か。どうせそのうち消えるんだから名無しでも構わないけどな」

「それは酷くない? 名前ちょうだいよー。あ、そだ。せっかくだからレインに名前決めてもらおうかな」

「はぁ!?」

「いいじゃん。ユースティアは名前つけてくれる気ないみたいだし。それにせっかくなら大好きなレインに名前つけて欲しいじゃない」


 分身体であるとわかってはいても、ユースティアと見た目と声で「大好き」と言われるとレインは思わずドキリとしてしまう。

 そんな気持ちを誤魔化すようにレインは咳ばらいをし、ユースティアに向けて言う。


「なんで分身体のティアはこんなに俺に対する好感度が高いんだよ」

「知るか。私に聞くな」

「え、なんでってそんなの決まってるじゃない。私はユースティアから生まれたんだから、私のこの気持ちももちろん——いたたたたたっっ!」

「お前は少し黙ってろ。レイン! こいつの名前決めるならさっさと決めろ」

「お、おう。わかった」


 踏み込んではいけない何かを感じ取ったレインは慌てて分身体のユースティアの名前を考える。


(急に名前決めろとか言われてもなぁ。分身体……鏡……ミラー?)


「ミラー……ティア……ミティ……とか?」

「ミティ? それが私の名前?」

「一応考えたんだけど。ダメ……か?」

「ミティ……ミティ。私、ミティ!」


 屈託のない表情で言い放つ分身体ユースティア、改めミティ。


「うん! 気に入ったよ。ありがとねレイン♪」

「お、おう……」

「決まったのか。だったらさっさとレインから離れろ」

「なーに。私のレインが仲良くしてるから嫉妬してるの? みっともなーい。プークスクス」

「消す」

「落ち着け! 落ち着けって! ミティもあんまりティアを挑発するようなこと言うなよ」

「んー、レインがそう言うならそうしてあげる」

「ちっ」


 【根源魔法】で生み出した分身体は普通に魔法で作る分身体とはわけが違う。分け与えた魔力が底を尽きるまで、完全な個として存在するのだ。だからこそ作り出したユースティアであっても命令をするようなことはできない。


「この時間なら誰もこないと思ったから分身体まで作って練習してたのに。まさか……よりにもよってお前が来るなんて」

「わ、悪い……俺も寝る前に日課の訓練だけでもしようと思ってここに来たんだけど。まさかティアがいるなんて」

「……もういい。それに日課の訓練か。よし、わかった。ついでだ。私が——」

「私が見てあげるよ!」


 ユースティアが言い切る前にミティがレインの手を取っていう。


「なんでお前なんだ!」

「ダメなの? 別にいいじゃん。私は私なんだし。それに、離れた位置から見ててわかることもあるでしょ」

「それは……はぁ。絶対にふざけないな」

「もちろん。当たり前でしょ」

「……わかった。レイン、こいつと模擬戦しろ。銃は持ってきてるな」

「あ、あぁ。持ってきてるけど」

「ならいい。さっそく始めよう」

「あははっ♪ 楽しみだなぁ。それじゃあ始めようレイン」


 そしてレインはユースティアの作り出した分身体であるミティと模擬戦をすることになった。

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