第20話 他愛もないひと時

 ユースティアがエルゼと話しているその頃、レイン達は食堂でユースティア達が戻って来るのを待っていた。

 そしてその間、レインとイリスはコロネと他愛のない雑談をし続けていた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 メイドの女性がレインとイリスの前に紅茶が置かれる。

ふわりと鼻腔をくすぐるその匂いだけであまり紅茶に詳しくないレインでも上等なものであるということがわかる。

 メイドの女性はレイン達の前に紅茶を置くと、音も立てずにスッと離れていく。


「あれが本物のメイドなんですね」

「本物って、一応家にいる彼女達も本物のメイドではあるからな」

「彼女達はなんというか……癖が強いというか」

「そうなのか? そんなイメージないんだけど……」


 イリスがユースティアのメイドになるにあたって、基礎的なことの指導をしたのが家にいる常駐ではないメイド達だ。

 ユースティアがいる時には目につかないようにしているか、すでに家にいないことが多い。ユースティアと一緒にいる時間が長いレインは直接話す機会もほとんどないので、記憶にあるのはユースティアに紹介された時くらいだ。

 その時レインが抱いたイメージでは真面目な少女達という印象だったのだが、イリスのイメージはどうやら違うらしい。


「私も今のメイドさんのようになれるように努力しなければいけませんね」

「俺はいまのままでもいいと思うけど」

「そういうわけにはいきません。目指すなら最高のメイドです。ユースティア様やレインさんが誇れるようなメイドにならなければ」


 ふんす、とやる気を滲ませるイリス。

 レインは今のままでも十分だと思っているが、イリスにとってはそうではないらしい。



「あはは、お二人とも仲が良いんスねー。付き合いは長いんスか?」

「長くはないですね。まだ一月も経ってないくらいです」

「私はつい先日ユースティア様付きのメイドになったばかりなので」

「えぇ?! そうなんスか? 全然そんな風には見えなかったッスけど。あ、もしかして恋人同士だったりするんスか?」

「こいびっ!? 違います。それは違いますから」

「なんだぁ。違うんスか。恋人同士なら色々と聞けると思ったのに……実はユースティア様には隠してるだけで、こっそり付き合ってたりは……」

「しません」

「むぅ、残念ッス」

「コロネ様に恋人はいらっしゃらないんですか?」

「おい、イリス。あまり変なこと聞くなよ」

「いいッスよ別に。レインさんももっとフランクになってくれていいんスよ? あたしの方がたぶん年下ッスし」

「え、そうなんですか?」

「はいッス。今年で16歳になったんスけど、レインさんはユースティア様と同い年の17歳なんスよね?」

「はい。そうです。コロネ様、16歳だったんですね」

「そうッスよ。ピチピチの16歳ッス! なんで、年下のあたしに敬語なんて使わなくていいッスよ」

「そういうわけにはいきませんよ。コロネ様は年下でも、聖女なんですから」

「うーん、やっぱり難しいッスか? みーんな同じこと言うッス。それも仕方ないのはわかってるんスけどね。あんまり無茶なこと言うとパワハラってやつになるッスし、我儘は言わないッス。あ、それであたしに彼氏がいるかどうかッスよね。もちろんいないッスよ。聖女ッスから、気軽に付き合うみたいなこともできないッスし。そんなことしたいとも思わないッスしね」

「私からしたらそれこそ意外です。コロネ様なら良い方を見つけれると思うんですけど」

「あははっ、イリスさんは優しいッスね。でも、聖女の彼氏なんてなりたがる人はそういないッスよ? あたしが聖女ってだけでまず一歩引かれるッスから」

「そうなんですね」

「それ以外で近づいて来ようとする男なんて大体聖女の力が目的ッスし。そんな奴を彼氏にはしたくないッスから。その点で言うと……レインさんって結構いい感じッスよね」

「俺ですか!?」

「ユースティア様が従者に選ぶほどの人なら性格も大丈夫だと思うッスし。ユースティア様の従者っていう時点であたしの力になんか興味ないッスよね。身近にもっとすごい人がいるんスから。年齢も近い。見た目も案外好みッス。うーん……」

「あの……コロネ様?」

「レインさん、あたしを彼女にするつもりないッスか? 自分で言うのもあれッスけど、結構尽くすタイプッスよ」

「ぶっ、な、なに言ってるんですか!」

「ダメッスか?」

「ダメに決まってます! だいたい、そんな簡単に決めるようなことじゃないでしょう」

「まぁ断られるッスよね。わかってたけど結構残念ッス」


 本気なのか演技なのか。レインには判断できないものの、コロネは残念そうな表情を見せる。

 その横でイリスが少しホッとしたような表情を見せたことにはレインは気付かなかった。


「あんまり変な冗談言わないでください。心臓に悪いですから」

「うーん、冗談ってわけでもなかったんスけど。ま、いいッス。それよりせっかく時間もあるッスから、家でのユースティア様がどんな感じなのか聞きたいッス。代わりにこっちは姉様の情報を提供するッスよ」

「いや、いいんですかそれ」

「あはは、大丈夫ッスよ。聞いてるのはあたしらだけッスし。この場の秘密ってことにすれば——」

「何がこの場の秘密なんですか」

「っっ!」


 ギギギッという音がしそうなほど緩慢な動きで、青い顔をしたエルゼがゆっくりと声のした方を振り返る。

 そこに立っていたのはユースティアとエルゼだった。

 

「あ、姉様……」

「コロネ。この方たちをもてなすようにとは言いましたが、だからと言ってなんでも話して良いというわけではありませんよ」

「ご、ごめんなさいッスーーーーーッッ!!」


 目にも止まらぬ速さでコロネが土下座する。

 それを見たエルゼは小さく嘆息し、コロネに顔を上げるように促す。


「コロネ、いつもならまだしもお客様のいる前でそのようなことをするのは止めてください。カランダ王国の聖女の品位が疑われます。あなたも聖女である以上、自覚ある行動を心がけなければいけません。そう、常に民の目を向けられてると生活しなければいけないのです」

「はい……」

「常に民の目を……」


 チラ、とレインはエルゼの隣にいるユースティアに目を向けると、その視線に気づいたユースティアがレインの方を見る。


(……なんだ)

(別に、ただ、エルゼ様はどこかの誰かとは大違いだと思っただけだ)

(なんだと!)

(俺は別にティアのことだなんて言ってないぞ)

(お前……後で覚えてろ!)


 レインとユースティアは目と目で会話し合う。

 たとえ直接言葉を交わさずとも、言いたいことなどわかるのだ。


「聖女とは人々の希望。その象徴なのです。そんな象徴が情けない姿を見せてはいけないのですから」

「ごめんなさいッス……」

「わかればいいのです。それに、民の近くにあるというのがあなたの聖女としての在り方でもありますから、必要以上に諫めることはしません。ですが、今言ったことだけは忘れないでください」

「わかったッス……」


 エルゼはカランダ王国の人々にとって、聖女の象徴ともいえる存在だ。希望そのものと言える。神格化されていると言っても過言ではない。

 対してコロネはといえば、聖女であるということで尊敬を集めながらも親しみやすい性格で人々の人気を集めている。身近にいてくれる聖女なのだ。

 どちらも正しい在り方だ。間違ってなどいない。エルゼとコロネ。どちらもカランダ王国には欠かせない存在なのだから。


「すみませんユースティア。それにレインさんもイリスさんも。あなた達の前でこんな話をするべきでないとわかっているのですが」

「いえ、気にすることはありませんよ。私もあなたの聖女観が聞けて勉強になりましたから」

「あなたにそう言われると恥ずかしいですね。私の考えなど大したものではありませんよ。聖女として当たり前のことなのですから」

「当たり前……ですか。そう言えてしまうからあなたは聖女なのでしょうね」


 そう言ってユースティアは小さく笑う。


「からかわないでください。さぁ、夕食にしましょう。どうぞ席に。あなた達、すぐに準備を」

「「「はい、かしこまりました」」」


 エルゼの言葉で使用人達が一斉に動き出す。

 その動きの早さは見事の一言だ。

 そしてユースティア達はエルゼの用意した夕食に舌鼓をうつのだった。

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