第19話 ユースティアとエルゼ
エルゼの屋敷の中に入った瞬間、ユースティア達は度肝を抜かれた。
「「「「いらっしゃいませ」」」」
玄関をくぐった瞬間、そこに居たのは使用人達だ。ただその人数が普通ではなかった。パッと見ただけでは数えきれないほどの人数がそこに並んでいた。
両サイドに並ぶ使用人達だけで道ができるほどだ。その人数にはさすがのユースティアも表には出さないものの若干引いていた。
「すごい人数ですね」
「これだけ大きい屋敷だと少人数じゃ手が回らないッスから。これでも結構ギリギリなくらいッスよ」
「す、すごいですね」
「でも、それで言うならユースティア様の屋敷もいっぱいいるんじゃないッスか?」
「いえ、私はあまり大きな屋敷には住みたくないので。この十分の一程度の大きさの屋敷ですよ」
「そうなんスか? 意外ッスね。てっきりユースティア様は大きな屋敷に住んでるかと思ってたんスけど」
「私はあまり人が多いのが得意じゃないので。この屋敷にはエルゼさんと使用人の方たちだけで住んでるんですか?」
「いえ、あたしも一緒に住んでるッスよ」
「え、コロネも一緒なんですか?」
「はいッス。ここまで大きな屋敷に一人で住むのは嫌だからって姉様が。あたしも一人で住むよりは姉様と一緒の方がいいッスから」
「確かに……そうですね。一人で住むよりはその方がいいでしょうから」
「えへへ、そうッスよね。あっと、いつまでもここに居てもしょうがないッスね。さっそく姉様の場所に案内するッス。きっと書斎にいるはずッスから」
「いえ、書斎ではありませんよ」
その声は決して大きくは無かった。しかし湖面に落ちた雫の波紋が遠くまで広がっていくように、その声は静かであるというのにまるですぐそばにいるかのようにユースティア達の耳に届いた。
そして、その声を聞いたコロネがパッとその表情を明るくする。
「姉様!」
その女性を見たレインは思わず息を呑んだ。
一言で言うならば白。髪も、肌も、そして服も。全てが穢れ無き純白。その中で聖女の証ともいえる紅い瞳だけが異質に輝いていた。
そして容姿もまた並外れていた。ユースティアに並ぶほどのその容姿は静謐な月のような美しさを讃えていた。
「お久しぶりですね。ユースティア」
「えぇ、お久しぶりですエルゼさん。最後に会ったのは……去年の聖女会合の時ですかね」
「そうですね。ですが、あの時はゆっくり話す時間も無かったので。ちゃんと話したのは三年前が最後でしょうか」
「もうそんなに前ですか。時の流れは早いものですね」
「全くです。ところで、夕食はもう食べましたか?」
「いえ。まだですね」
「でしたらちょうど良かったです。用意してありますので。コロネ、食堂に案内を」
「あ、はい! わかったッス!」
「ですがその前に……ユースティア、少しだけお時間をいただいていいですか?」
「? はい。もちろんです」
「ありがとうございます。それではコロネ、先に彼らを案内しておいてください。私達も話が終わったらすぐに向かいますので」
「わかったッス! お二人とも、こっちッスよ」
コロネに案内されてレインとイリスは食堂へと向かう。
それを見送った後、ユースティアもエルゼと共に書斎へと向かうのだった。
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エルゼの書斎は古今東西の数多の書籍で埋め尽くされていた。
新しいものから古いもの。なんでも揃っているのではないかと思うほどだ。
「どうぞ座ってください」
「ありがとうございます」
エルゼの向かいに座ると同時に、ユースティアの目の前に紅茶が置かれる。全く用意している素振りなど見せなかったというのに、その紅茶は淹れたてであることを示すかのように湯気が立っていた。
「【時間停止魔法】に【亜空間魔法】ですか。この紅茶のために使ったんですか?」
「はい。紅茶は私の数少ない趣味の一つですから。そのためにこの魔法を習得しました」
「紅茶のためですか……どちらか一つでも習得するのは簡単ではないはずなんですけどね」
【時間停止魔法】も【亜空間魔法】もどちらも超一級の魔法だ。並大抵の努力で手に入れられる魔法ではない。
一流の魔法使いがどちらか一方の魔法を習得するためにその生涯を捧げた例など枚挙に暇がない。
それを紅茶のために習得するなど、普通ではない。しかしそれができてしまうのが聖女という存在なのだ。
「ユースティアもこの程度の魔法は習得しているでしょう? そう難しくはないはずです」
「そうですね。どちらも使うことができます。ですが、紅茶のために使おうと考えたことはありませんね」
「そうですか? 使えるものは使うべきだと思いますが」
「それは確かに。私も日常生活で魔法を数多使用していますから。ところで、そろそろ本題に入りましょう。あまりレイン達を待たせるわけにはいきませんから」
「それもそうですね。それではさっそく本題に入りましょう」
エルゼはそう言うと紅茶を一口飲んでから話始める。
紅茶を飲む所作までも美しい。絵画として切り抜けばさぞかし絵になることだろう。惜しむべきはエルゼの美しさを表現しきれる画家がいないことだ。
「最近、ハルバルト帝国では魔人の活動が活発になっていると聞き及びました。それと同時に、その魔人達が奇妙な魔道具を使っているとも」
「えぇ。そうですね。ここ最近魔人の活動が活発になっているのは事実です。現状は私達でなんとか対処できていますが、このペースで増えていけばそれも厳しくなるかもしれませんね」
「カランダ王国では魔物による被害や魔人が活動している形跡などは見つかっていませんが、それも今はまだという話です。情報は一つでも多い方が良いと私は考えています。そこでなのですが、あなたの持つ魔人が使ったという道具を見せて欲しいのです」
「調べてわかった範囲のデータは渡してあるはずですが?」
「はい。確かに私の手元にあります」
エルゼが取り出したのは贖罪教から送られてきた魔道具のデータだ。
そこにはユースティアやルーナルが調べた情報が事細かに記載されている。
「ですが、実際に見てわかることもあると私は考えます。自らの目で見て、調べて、初めてわかることもありますから」
「なるほど。それで渡して欲しいと」
「はい」
「変わらないですねあなたは」
データだけを鵜呑みにしない。データを踏まえたうえで、自分の目で見て判断する。どこまでも真面目なエルゼらしいとユースティアは苦笑する。
「私は聖女です。全ての人々を守る義務があります。そしてその義務を果たすために必要であると判断したことは全てしているだけです」
この真面目さこそがユースティアがエルゼのことが苦手な理由でもある。
エルゼの瞳に見つめられていると心の奥底まで見透かされそうで落ち着かないのだ。
「わかりました。そういう理由なら渡しましょう。もうこちらでは十分調べましたから。どうぞ」
「ありがとう」
「用件はそれだけですか?」
「はい。とりあえずは。これだけは【分析魔法】にかけておきたかったので、早めに預かっておきたかったんです」
「【分析魔法】は時間がかかりますからね。もっと効率化できればいいんですけど。要改良ですね」
「そうですね」
「さて、用件がそれだけなら食堂へ行きますか? あまりレイン達を待たせるのも可哀想ですから。話だけならまた後でゆっくりとできるでしょうし」
本音は一秒でも早くエルゼと二人きりの空間から解放されたい、だ。
出された紅茶を飲みほしたユースティアは、空になった容器を机の上に置く。
「ユースティア」
「なんですか?」
「今回、私からの要請に応じていただいてありがとうございます」
「エルゼからの?」
「聞いていませんでしたか? 今回の一件、そちら側に応援要請をしたのは私です」
「そうだったんですね。聞いてませんでした。でも、どんな形であれ私の答えは変わらなかったと思いますよ」
「正直少しだけ意外でした。断られると思っていたので」
「…………」
「ですので、本当に感謝しています。前回のようなことにはならないことを祈っています」
「……そうですね。全く、その通りです」
難しいだろうけど、と小さく心の中で呟いてユースティアは立ち上がった。
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