第18話 同期の聖女

 駅からエルゼの屋敷へと向かう道中の馬車の中でコロネがエルゼについてユースティア達に語り始めた。


「ユースティアはもちろん知ってると思うッスけど、姉様。エルゼ様はカランダ王国が誇る最強最優の聖女ッス。カランダ王国の長い歴史を見ても他に類をみないほどの力と、そして美しさを誇る聖女なんス!」

「彼女の名声はハルバルト帝国にまで届いていますよ。私自身も彼女に負けないようにと精進する日々です。もちろんコロネさん、あなたの活躍も。かなりの実力者であると聞き及んでいます」

「いやー、ユースティア様にそう言われると恥ずかしいッスね。でもあたしなんてまだまだッス。姉様の足元にも及ばない。もっともっと頑張らないといけないんス! 姉様の名に泥を塗らないためにも、そして姉様に追いつくためにも!」


 グッと拳を握りしめ決意を語るコロネ。その様子からもコロネが心の底からエルゼのことを尊敬しているのがわかる。

 ユースティアのいるハルバルト帝国とは大違いだ。ハルバルト帝国にいる聖女は、ユースティアも含め自分こそが一番の聖女だと思っている節がある。

 仲が悪いわけではないが、我が強いのがハルバルト帝国の聖女の特徴なのだ。


「あ、そういえばユースティア様はエルゼ様とは同期になるんスよね?」

「えぇそうですね。私と彼女は同じ年に聖女になりました。同期と言えますね」


 ユースティアが聖女になった12年前。その年にエルゼもまた聖女に選ばれた。

 ユースティアが5歳、そしてエルゼが7歳の時の話だ。同じ日に帝都の贖罪教本部で聖女の儀を受けたのだ。

 その時のことはユースティアもよく覚えている。

 出自もなにもかもが不明だったユースティアと違い、エルゼはカランダ王国の王族と血縁関係がある。歴代最高の聖女になるのではないかと当時から言われていたほどだ。

 そしてエルゼはそんな周囲の期待と言う名の重圧をものともせず、聖女としての実績を積み上げ、その名声を確固たるものにした。

 ユースティアとエルゼ、どちらが上かと問われればすぐに答えられる人はいないだろう。


「姉様もユースティア様に会うの楽しみにしてたッスよ!」

「それはありがたいですね。私も会うのは久しぶりなので楽しみです」


 嘘である。ユースティア自身はできればエルゼとは会いたくないと思っていた。それは別に嫌っているからではない。ただ単純に、真面目過ぎるエルゼと一緒にいるのはユースティアにとって非常に疲れるのだ。


「あの、ところでレインさんはユースティア様の従者なんスよね」

「はい。そうですよ」

「こんなこと聞くのは失礼かもしれないんスけど、どうやって従者って決めたんスか?」

「どうやって……とは?」

「いえ、その……あたしもエルゼ様も従者っていないんスよ。どうやって決めたらいいのかわからなくて。そもそも従者のいる聖女ってユースティア様とクルジット王国にいるパレット様くらいじゃないッスか」

「そう言われればそうですね」

「あたしも従者は欲しいなーって思ったりすることがあるんスよ。でもいざ決めるってなるといまいち踏ん切りがつかないんス」


 従者を決めるというのはそれほど簡単なことではない。自らと行動を共にする存在。普通に雇う使用人とはわけが違うのだ。聖女の従者ともなれば危険も伴うがゆえに実力も必要とされる。

 それでも聖女の従者になりたいという人間は多い。そうすることで得られるものはかなり大きいからだ。聖女の従者であるというだけで特別な存在なのだ。

 レイン自身も、ユースティアの従者であるということで大きな恩恵を受けているのだ。


「何度か従者志望みたいな人と会ったこともあるんスけど、いまいちピンとこなくて。姉様はそもそも従者を決める気はないみたいなんスけど」

「確かに従者を選ぶというのは難しいですからね。でもこればかりは理屈ではありませんから。自分自身に合うと、この人だと思う方がきっといつか現れるはずです。私がレインを選んだ時と同じように」

「つまり……一目惚れッスか?」

「っ!? ち、違います! それは違いますからね!」

「でも今の言い方だと一目惚れみたいな感じじゃないッスか。レインさんもそう思わないッスか?」

「い、いえその……俺からはなんとも」

「そうスか? でも、一目惚れはしたことないッスからまだその感覚はわからないッスねぇ」

「だから一目惚れではないと……はぁ。もういいです」

「そういえば、レインさんはいつからユースティア様の従者やってるスか?」

「従者としての仕事を本格的に始めたのは……三年前からですかね。その前からユースティア様のお世話にはなってたんですけど」

「いやぁ、良いッスねぇ。羨ましいッス。まぁあたしはすぐにってわけでもないッスから。ゆっくり選ぶことにするッス」

「コロネ様ならきっと良い方を見つけられますよ」

「ありがとッス。でも、様はつけなくていいッスよ。なんかむず痒いッス」

「いや、さすがにそういうわけには」


 他国の聖女を様をつけずに呼ぶというのはさすがにまずい。


「そうスか? なら我慢するしかないッスね。でも、いつでも気軽にコロネって呼んでもらって構わないッスからね。ユースティア様も、イリスさんも」

「では、私はコロネと呼ばせていただきましょう。コロネ、あなたも私に“様”をつける必要はありませんよ」

「そうッスか? それじゃあお言葉に甘えて。ユースティアさんって呼ばせてもらうッス!」


 ほとんど初対面のレイン達に対してもグイグイ距離を詰めてくるコロネ。

 レインが今まで出会ってきたどの聖女とも違うタイプの聖女だった。


「かなりフランクな方なんですね」

「あぁ、そうだな。変に距離を取られるよりはやりやすいかもしれないけど。こっちとしては……ちょっと困るな」


 上の立場であるはずのコロネがフランクであるというのは良い面もあれば悪い面もある。もしレイン達がそんなコロネの態度に釣られて気安く接してしまえば、ユースティアの従者は礼儀をわきまえていないということになりかねない。

 そんな悪評を流させるわけにはいかなかった。

 しかし、聖女同士であればそれも関係ない。同じ立場であるユースティアとコロネが仲良くすることはレインとしては歓迎だった。

 もっとも、ユースティアがコロネのことをどう思っているかはレインにはわからないのだが。

 それからしばらくの間、ユースティアとコロネが談笑していると窓の外に大きな屋敷が視界に入って来る。


「あ、見えてきたッスよ! あれが姉様の屋敷ッス!」

「あれが……」

「なんつーでかさ……」

「規格外ですね」


 馬車を降りたユースティア達の目の前に聳え立つのは、あまりにも大きな屋敷だった。

 ユースティアの屋敷どころか、以前レインが見たフェリアルの屋敷よりもなお巨大な屋敷だった。

 百人はゆうに住めるのではないかというほどの大きさだ。


「あははっ、初めて見たら驚くッスよね。姉様はもっと小さくていいって言ってたんスけど、王様が半ば無理やり渡したんスよこの屋敷。それで仕方なく住んでるって感じッスね」

「なるほど。そういう理由ならこの大きさも頷けます」

「さ、行くッスよ。姉様が中で待ってるッス」


 屋敷の大きさに圧倒されるユースティア達はコロネに連れられて屋敷の中へと入るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る