第17話 聖女コロネ

 ユースティア達がカランダ王国の王都へと着いたのは日が完全に落ちた頃だった。


「ふぁ……やっと着いたのか」

「おいティア、シャキッとしろよ。もうすぐ迎えが来るんだから」

「わかってる。それで、誰が迎えに来るんだ?」

「それは聞いてないけど。普通に考えたら王都の贖罪官の人が来るんじゃないか?」

「新人なんか寄こしたら許さないからな」

「いやぁ、さすがに大丈夫だろ。そんなことはしないと思うぞ」

「新人だといけないんですか?」

「仕事に慣れてない新人がやってきてまともに案内されたためしがない。それに、新人だと大体の私を見て緊張する。そうなると変なミスされることもあるからな。だいたい、他国の要人が来てるのにその案内に新人をよこすなんて、普通に失礼だ」

「なるほど、そうなんですね」

「まぁ仕事ができる奴なら新人でもいいんだけどな。普通はそうもいかないから。まぁ俺が新人だとしても嫌だけどな。いきなり聖女の案内役を任されるなんて」

「そういうものですか」

「それで、その案内人はどこにいるんだ? 普通なら私が駅に着いた段階で待っておくべきだと思うんだが。レイン、まさか時間を間違えて伝えたんじゃないだろうな」

「いやそんなわけないだろ! 着く時間は事前に伝えてあったし、途中で連絡した時も予定通りに移動してるってことは言ってあるんだけど……」

「だったらなんでいないんだ。帰るぞ」

「いや帰るな。もしかして場所間違えてるとか? いやでもそんなわけもないだろうし」

「す、すみませーーーーん!!」


 苛立つユースティアを見て、レインがどうしたものかと頭を悩ませていると遠くから叫ぶ女性の声が響いて来る。

 駅構内に響き渡るほど大きな声で叫んでいるため、周囲にいた人々も何事かと声の方に目をやり、その人物を見て驚いたような顔をしている。

 その声の主は明らかにユースティア達のいる方へと近づいて来ている。


「ん、あいつは……」


 ユースティアは近づいて来る人物に見覚えがあったのか、スッと態度を表の聖女へと変える。


「お、お待たせしましたッス」


 ぜぇぜぇと息を吐き、呼吸を整える少女。肩口でそろえた茶髪。真紅に光る紅眼が特徴的で、全身から明るさがにじみ出ている少女だ。そして何よりも、その胸だ。驚異的な胸囲にレインは思わず目を奪われる。


(ん? あれ。でもこの人どっかで見たことあるような……っていうか、この人胸でかいな。この胸、どっかで見覚えがあろうような。いや、胸で思い出そうとするとか最低か俺)


 必死に自分の記憶を探るレイン。しかし、違和感の正体を掴むことができず首を傾げる。

 すると、そんなレインの様子に気が付いたのか隣にいたユースティアが見えない位置で足を踏んでくる。


「いっ!」

「? どうかしたんスか?」

「な、なんでもないです。えっと、あなたは?」

「あ、自己紹介がまだだったッスね。あたしはコロネッス。カランダ王国の聖女ッス!」

「え!? せ、聖女!?」


 少女——コロネが聖女だと聞いて、レインはようやく周囲の人々が驚いていた理由を察した。国の至宝とも言える聖女が必死に走っている姿を見たら驚くに決まっている。レインの国で言うならば、ユースティアやフェリアルが走っているようなものだ。そんなことがあれば一体何事なのかと騒ぎになること間違いなしだ。


「あはは、見えないッスか?」

「あ、す、すみません! そんなつもりじゃなかったんですけど」

「いやいいんスよ気にしなくて。あたし聖女っぽくないってよく言われるッスから」


 ひらひらと手を振って気にしてないというコロネだが、他国とはいえ聖女のことを知りませんでしたなんて言うのは失礼極まりないことだ。


「で、でも」

「すみませんコロネさん。私の従者が失礼なことを言いました。主として謝罪させていただきます」

「あぁいや! ホントに気にしてないッスから! 頭を上げてくださいユースティア様!」


 ユースティアが謝罪したことに、今度はコロネが慌てだす。

 聖女として先輩であるユースティアに頭を下げさせてしまったことに慌てているのだ。


「あなたがそこまで言うのであれば。ところで、あなたが案内役なんですか?」

「はいッス。ユースティア様達がカランダ王国にいる間の案内はあたしに任せるッスよ」

「いいんですか? 聖女であるあなたが案内役なんて。忙しいのでは?」

「大丈夫ッスよ。このために仕事はキチンと片付けてきたッスから。まぁもともとあたしに任される仕事の量が少ないってのもあるんスけど。それに何よりあたしが成長する機会ッスから!」

「成長する機会?」

「はいッス! 姉様からユースティア様と一緒に行動して、聖女として相応しい振る舞いを学ぶようにって言われたッス!」

「姉様……エルゼさんのことですか?」

「はいッス。この国の最高にして、最強の聖女! あたしの憧れでもある聖女エルゼ。つまり姉様ッス!」


 エルゼのことを語るコロネの表情はキラキラと輝いている。その様子からも心からコロネがエルゼのことを尊敬しているのだということがうかがいしれる。


「つまりこの人選は彼女が選んだと……そういうわけですね。全く、さっそく面倒なことを」

「どうかしたんスか?」

「いえ、なんでもありませんよ。それよりも聖女であるあなたが案内役を務めてくださるというのであればこちらも安心です。よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いするッス!」

「そ、そんなに気合いを入れなくても大丈夫ですよ。気楽に、気楽にいきましょう」

「そういうわけにはいかないッスよ。ハルバルト帝国で最も有名な聖女。カランダ王国にもユースティア様の名声は轟いてるッス。そんなユースティア様の傍に居られる機会なんてそうないッスから、全力で学ばせてもらうッス!!」

「う……暑苦しい……」


 「やるぞぉおおおおおっ!」とやる気に燃えるコロネを見て、ユースティアはコロネに聞こえないほど小さな声で呟く。

 コロネを案内人として任命したのはエルゼの嫌がらせなのではないかと思ったほどだ。もちろんエルゼにそんなつもりがないことはユースティアも理解しているのだが。


「と、とにかく移動しましょうか。いつまでもここにいては他の方にも迷惑になってしまうので」

「あ、そうッスね! うっかりしてたッス! 外に馬車が用意してあるんで、乗って行くッス! 何があってもあたしが守るから大丈夫ッスよ! って、ユースティア様の方が強いのに、そんな心配する必要ないッスかね」

「いえ、とても頼もしいですよ。よろしくお願いしますねコロネさん」


 聖女が二人揃っているこの場は、世界で最も安全な場所と言っても過言ではない。

 そのままコロネに連れられて、駅を出るユースティア達。

 ちょうど帰宅の時間帯ということもあって、駅周辺は多くの人で溢れ返っていた。


「あれはなんですか?」


 駅前の広場にある巨大な女性の像を見てイリスが口を開く。

 広場の中心に立つ像はかなり目立っており、時折崇めるように手を合わせる人も散見された。


「あぁ、あれはッスね」

「——聖女フィリア」

「そうッス! さすがにユースティア様は知ってたッスか。あれは始まりの聖女フィリア様ッス。この国には至る所にフィリア様の像があるッスよ」

「へぇ、そうなんですね」

「…………」

「ユースティア様?」


 聖女フィリアの像を見つめるユースティアの視線にただならぬものを感じたレインはそっと声を掛ける。


「……なんでもありません。行きましょう」

「こっちッスよ。大きめの馬車用意してもらったんで、ゆったり移動できるッス!」

「今日はこのままホテルへ?」

「惜しいッスね。泊まる場所に行くのはそうなんスけど、泊まる場所はホテルじゃないッス!」

「どういうことですか?」

「ユースティア様達に泊まってもらう場所は、エルゼ様の屋敷ッス!」

「……はい?」


 その言葉に、ユースティア達は目を丸くするのだった。

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