第16話 聖女の成り立ち

 カランダ王国。ハルバルト帝国の西側に位置する帝国に次ぐ人口第二位の国だ。

 世界に現存する聖女のうち、二人がカランダ王国を拠点にしている。

 帝国ほど巨大な領土を持っているわけではないが、肥沃な土地と穏やかな気候も相まって経済的にもかなり豊かな国だ。

 そして何よりも始まりの聖女生来の地、ということがこのカランダ王国をカランダ王国たらしめる所以となっている。

 勢力を拡大し続けたハルバルト帝国に併呑されなかったことも、当時のハルバルト帝国の皇帝が始まりの聖女生来の地を戦で乱すわけにはいかないという意思があったからこそだ。それ以来、ハルバルト帝国とカランダ王国は友好関係を築いている。

 互いの国の有事の際には協力し合い、助け合うことが決まりのようになっている。


「っていうのが、ハルバルト帝国とカランダ王国の関係だ」

「「へぇ」」

「おい。私はイリスに教えたんだ。なんでレインまで初耳みたいな顔してる。お前はカレンからずっと前に習ってるはずだろ」

「いやぁ、そうなんだけどな。勉強ってどうにも苦手で。ハルバルト帝国のこともちゃんと覚えれてないのに他所の国のことまで覚えれないって」

「……はぁ。帰ったらカレンに行って勉強時間増やしてもらわないとな」

「え、いやそれはマジで勘弁してくれ! あれ勉強時間増やされたら死ぬって!」

「いっぺん死んで来い。馬鹿は死なないと治らない」

「ば、馬鹿って言うな!」

「この程度の知識も持ってないやつなんて馬鹿で十分だ。私の従者ならこのくらいは軽く覚えろ」

「うぐぐ……」


 今回ばかりは不勉強な己に否があるということを自覚しているがために強く言い返すこともできない。


「まぁいい。とにかく、これから向かうカランダ王国はそういう国だ。始まりの聖女生来の地なんて、私からすればどうでもいいことだが。皇帝の馬鹿にとってはそうでもないらしい」

「お、おい! 皇帝様のことをあんまり馬鹿にするような発言は……」


 思わずレインはキョロキョロと周りを見渡す。

 レイン達が乗っているのは聖女専用車両。もちろん他に誰もいるはずがない。


「知るか。あんな爺にいちいちビビるな。教皇の爺と一緒だ。さっさと隠居しろってんだ」


 窓に頬杖をつき、苛立たしそうに呟くユースティア。

 レインは皇帝ともあったことがあるが、その時に抱いたイメージはまさしく王そのものだった。威厳ある立ち振る舞い。醸し出す雰囲気。

 その全てがまさしく皇帝と呼ぶに相応しいものだった。しかしユースティアが抱く印象はそれだけではないようで、皇帝のことを毛嫌いしているようだった。


「皇帝のクソ爺め。会うたびに孫を婿にと進めてくる。その気はないって何度言ったらわかるんだ。ボケてるんじゃないのか」

「未来の皇帝のお嫁さん、ということですか?」

「知らん。どいつが皇帝になるかなんて興味もない」

「そこまではっきり言い切れるのは逆にすごいな……」

「あの、ところで一つお聞きしてもいいですか?」

「ん? なんだ。どうせ着くまでは暇だからな。答えれることなら答えてやる」

「ありがとうございます。その……始まりの聖女とはどなたのことなんですか?」

「っ……あぁそうか。イリスはそれも知らないんだな」


 一瞬ユースティアの顔が固まる。

 しかし、それは本当に一瞬のことでユースティアはすぐに気を取り直して話始める。

 

「始まりの聖女っていうのは、そのままの意味だ。私聖女の始祖。この世で一番初めに生まれた聖女のことだ」

「一番初めに生まれた聖女……」

「レイン、さすがにこのことくらいは知ってるな」

「あぁ。さすがにそれくらいは。始まりの聖女フィリア様のことだろ。帝国にもいくつか銅像が立ってたりするしな。帝都ではあんまり見ないけど」

「そうだ。聖女フィリア。そいつが私達聖女の一番最初だと言われてる。まぁ、より正確に言うならば始まりの聖女は……【魂源魔法】を生み出した存在っていうことだ」

「ユースティア様達の使う【魂源魔法】を……ですか?」

「あぁ。そもそも聖女は【魂源魔法】への適性と罪の許容量の大きさで決められる。【魂源魔法】への適性を持つ者が少なすぎて、聖女っていう名ばかりが独り歩きしてるけどな。聖女だから【魂源魔法】への適性があるんじゃない。【魂源魔法】への適性があったから聖女になれるんだ。そして、聖女っていうのはあくまで後からつけられた名だ。【魂源魔法】を使い、魔人の贖罪を行うフィリアの姿を見ていつしかフィリアは聖女と呼ばれるようになった。そして同じように【魂源魔法】への適性を見せた者を、同じように聖女と呼ぶようになったんだ」

「なるほど……それじゃあすごい方なんですね。フィリア様というのは」

「すごいなんてもんじゃないぞ。俺もあんまり詳しいわけじゃないけどさ。それでも帝国でも、他の国でも知らない人がいないってくらい有名だし。神格化されてるくらいだ。もし彼女がいなかったら今の世界は存在しないって言われてるしな。魔人が支配する最悪の世界になってただろうって」

「そうなんですね。あれ、でもそれじゃあ贖罪教っていつ出来上がったんですか? ユースティア様のお話を聞く限り、フィリア様が聖女と呼ばれるようになったのは元からではなかったようですけど」

「え? えぇと、それは……ティア、頼む」

「……贖罪教はフィリアを慕う者が集まってできあがった組織だ。【魂源魔法】への適性が無かった者が、それでも何か助けになりたいと作りあげたサポートの組織。それが贖罪教の基礎になってる。今でこそ贖罪教なんて宗教じみた呼ばれ方をされてるが、それも時代が流れてからの話だ」

「そうなんですね。でも、それじゃあどうして贖罪教のハルバルト帝国にあるんですか? そういう話ならカランダ王国にあるのが正しいのでは?」

「確かに。イリスの言うことももっともだ。生来の地に贖罪教の本部を置く。その方がらしいからな。でもそうはならなかった。理由は単純だ。贖罪教の創設メンバーの中にハルバルト帝国の王子がいたからだ。当時の贖罪教にはまだ国の権力を撥ね退けられるほどの力はない。王子の言葉には逆らえなかったんだ」

「色々と複雑なんですね」

「今の贖罪教なら皇帝の言葉ですら断ることができるがな。だからこそ、これから向かうカランダ王国は聖女フィリアへの圧倒的信仰心が根付いている」

「とりあえず、すごい国なんだってことは理解しました」

「結構説明したのにそれだけか」

「すみません。ちゃんと聞いてはいたんですけど」

「ふん、まぁいい。それに、どうせ嫌でも理解することになる。あの国に行ったらな。まだ着くまでは時間があるか……レイン、イリス。私はいったん寝る。また近づいたら起こせ」

「あぁ、わかった」

「お前達もいまの内に休んでおけ。どうせ向こうに行ったら忙しくなるんだからな。あぁでも、イリスはそこの資料には目を通しておけ。向こうの聖女の顔と名前くらいは覚えとかないと面倒だからな」

「わかりました」


 ユースティアはそう言って列車の中に作られた寝室へと入る。言っていた通り、カランダ王国に着くまで眠るつもりなのだろう。

 ユースティア達を乗せて、列車はカランダ王国へと近づいていた。

 

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