第13話 ユースティアの嫉妬

 すっかり日も落ちた頃、孤児院を出たユースティア達は大きく息を吐いた。三人ともその吐息には疲れが滲んでいた。

 別れを嫌がる子供達をなんとか説得し、宥めて落ち着いてもらうためにかなり時間がかかってしまったのだ。


「はぁ、流石に疲れたな……」

「そうですね。子供達ってあんなに元気なんですね」


 イリスが東大陸にいた頃にも小さな子供はいた。しかし、あまり騒ぐことはしていなかった。できなかったからだ。いつ魔人に見つかるとも知れない身。外ではしゃいで遊ぶなどということができるはずがなかった。

 だからこそイリスにとって子供達と遊んだ経験は楽しくもあり、それと同時に複雑な感情を胸に内に湧かせていた。

 そんなイリスの心の内を見透かしたようにユースティアは言う。


「イリス。あんまり変なこと考えて思い詰めるな」

「……はい。すみません」

「ふん」

「それにしても、あんなに元気なのよく一日相手にしてたな」

「当たり前だ。私を誰だと思ってる。いくら元気があろうが子供は子供。聖女たる私とは比べるべくもない」

「はいはい。さすが聖女様だよ」

「軽く流すな!」

「いやだってなぁ、子供相手で誇られても。それはそれで困るっていうか」

「うるさい! いいから早く帰るぞ。お腹が空いた」


 ずんずんと肩を怒らせ先を歩いて行くユースティア。

 レインとイリスはそんなユースティアを見てクスリと笑い、その後を追いかけて家へと帰るのだった。






□■□■□■□■□■□■□■□■


 夕食を食べ終わり、部屋で自主訓練していたレインのもとにユースティアからレイン連絡がきた。

 その内容は非常に単純で、すぐに部屋に来るようにというもの。しかしその内容までは伝えられていなかった。

 レインは慌てて服を着替え、ついでにとある物を持ってユースティアの部屋へと向かう。あまり待たせるとユースティアが不機嫌になることは明白だったからだ。

 ユースティアの部屋のドアをノックすると、中から短く「入れ」とユースティアの声がした。


「遅い」


 開口一番、ユースティアは不機嫌そうに言う。


「遅いって言われても。これでも結構急いできたんだぞ。部屋で自主訓練してたから、慌てて着替えてさ」

「うるさい。私が呼んだからすぐに来い。秒で来い。一瞬で来い」

「無茶言うな!」

「私の従者なんだからそれぐらいのことやってみせろ」

「そんなことできる奴いないだろ」

「私はできるぞ」

「いや、お前と俺を一緒にするなよ」


 部屋に入った時、というよりも夕食を食べていた時からずっと感じていたことをレインは口にする。


「というかさ、なんか機嫌悪いよな。なんかあったのか?」


 夕食の間も、こうして話している今も。特に今は隠すつもりもないのか顕著だが、ユースティアの機嫌はすこぶる悪かった。

 しかしレインにはその原因がわからない。何か怒らせるようなことをした記憶はないのだから。


「ふーん、そうか。お前には私は機嫌悪そうに見えるのか」

「悪そうに見えるっていうか。明らかに悪いだろ。今だって俺のこと思いっきり睨んでるし」

「睨んでない」

「その顔で言われても説得力全くないからな」

「……ふん」

「もしかして……不機嫌なのと何か関係あるのか? ここに呼んだのって」

「断じて私は不機嫌なんかじゃない。不機嫌なんかじゃないけど……レイン、お前の仕事はなんだ」

「はぁ? なんだよいきなり」

「いいから言え」

「……ティアの従者だけど」

「そうだ。お前は私の従者なんだ」


 そんな当たり前のことをいまさら確認させられて、レインはますます意味が分からなくなっていた。

 しかしそのことがさらにユースティアの怒りの火を燃え上がらせた。


「まだわからないのかお前は!」

「いやわかんねーって!」

「だから、その……イリスだ!」

「イリス?」


 なぜそこで急にイリスの名前が出てくるのかレインにはわけがわからなかった。


「お前がイリスのことを気にかけてるのはわかってる。でも、お前は私の従者なんだぞ。お前が一番に気にかけるべきなのは私なんだ。そのことちゃんとわかってるのか!」


 顔を真っ赤にしながら言い放つユースティアに、レインは思わずぽかんとしてしまう。つまり、それがユースティアの怒っている、不機嫌な理由だったのだ。


「もしかしてお前……拗ねてるのか?」

「拗ねてない!」


 確かに最近のレインはイリスと行動を共にすることが多い。しかしそれはイリスがまだ帝都での生活に慣れていないからという理由もあるのだ。

 しかしユースティアにとってそんな理屈はどうでも良かった。イリスの事情も理解している、しかしレインが自分以外の誰かにかまけているということだけは許容できなかったのだ。


「いつもそうだ。私の知らないうちに他の女と仲良くなってベタベタベタベタと……そんなこを認めた覚えはない!」

「いや別にベタベタはしてないだろ! それに仲良くなってるわけでもないし」

「嘘だ! フェリアルにカルラ、サレンにこの間はミューラまで。どれだけ女を誑かせば気が済むんだお前は」

「いやいや、誑かしてないだろ! それにミューラ様とはそんなに話したこともないぞ」

「この間お茶に誘われてただろ!」

「それだけかよ!」


 ミューラに関してはレインに興味がある程度のことしか言ってないのだが、それすらもユースティアにとっては許しがたいことだった。


「今日だって……イリスに何かプレゼントしただろ」

「何かって……髪飾りのことか? 確かにあげたけど」

「私が孤児院の子供の相手をしてる間に、私の目がないのをいいことに口説き落とそうとしたのか」

「してないから! あぁもう、どうしたんだよ。何か変だぞ。いつもならそんなこと言わないだろ」

「……別に変じゃない」


 そうは言いつつも多少は自覚はあるのかユースティアはスッとレインから視線を逸らす。いつも自信に満ち溢れているユースティアが滅多にしない行動だった。

 沈黙はその場を支配する。その少し後、椅子に座りこんで黙り込むユースティア。その様子は聖女のものとは思えないほど子供っぽいものだった。


「なぁ、ティア」

「なんだ」

「お前がどうしてそんなに不機嫌なのか知らないけどさ。前にも言っただろ。俺はお前が聖女である限り、ずっとお前の傍にいるって。その考えを変えたことは一瞬だってないぞ。たとえ他の誰に何を言われても、俺はお前の傍から離れたりしない」

「そんなことわかってる。でも、それじゃあダメなんだ。私は……お前にとって一番じゃないと……」


 後半は聞こえないほど小声で呟かれたため、レインの耳に届くことはなかった。

 どうすればユースティアの機嫌が直るのか。そんなことはわからない。しかしそれでも、この場にいるのはレインだけ。このままユースティアを放置しておくこともレインにはできなかった。

 そこでレインは一か八かの賭けに出ることにした。


「ティア」

「なんだ?」

「これ」

「……ネックレス?」


 レインがユースティアに差し出したのは小さな飾りのついたネックレス。豪華なつくりではない。しかしそれだけシンプルな美しさがあった。

 青く澄んだ宝石のついたそのネックレス。その宝石の名はアパタイトであった。


「買ってきたんだ。イリスの髪飾り買った時にさ。ティアに似合うんじゃないかと思って」

「私に?」

「他に誰がいるんだよ。いらないって言うなら別に——」

「いる!」


 レインの目にも止まらぬ速さでネックレスを奪い去ったユースティアは、子供のようにキラキラとした瞳でネックレスを見つめ、それをレインに見られていることに気づいたユースティアは、顔を赤くして咳払いする。


「ま、まぁこれは貰っておく」

「機嫌直ったか?」

「だから別に機嫌が悪いわけじゃない。それに、これで私を納得させれると思ったら大間違いだからな」

「はいはい」


 そうは言うものの、先ほどまでと比べてユースティアの機嫌は明らかに良くなっていた。


「ニヤニヤするなこのバカ、馬鹿、大馬鹿! 今日はもう寝るからさっさと部屋に戻れ!」

「わかったよ」


 これなら大丈夫そうだと安堵したレインは内心でホッと息を吐きドアへと向かう。


「あ、レイン」

「ん?」

「あの、その……ネックレス……あり……ありが……なんでもない!」


 素直に感謝の想いを伝えることができないユースティアはプイっとそっぽを向いてしまう。

 レインはそんなユースティアを見て苦笑しつつ、ユースティアの部屋を後にするのだった。

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