第12話 約束

 レインとイリスが市場を出て急いで孤児院に到着した頃には夕方近くになっていた。

 明確にいつまでに迎えに来るようにと言われたわけではなかったので、急ぐ必要もないのかもしれないが、それも結局はユースティアの次第だ。ユースティアが気にしないと言えばそれでよし、遅いと言われればそれまでなのだから。


「よし着いた。ここが孤児院だ」

「ここが……思ったより大きな建物ですね」

「帝都の孤児達はほとんどここに集められるからな。それなりの敷地と建物が必要なんだ。でもまぁここまで大きくなったのは七年くらい前のことだけどな。ティアが命じてここまで大きくしたらしい」

「ユースティア様が?」

「あぁ。ま、あいつなりに色々と考えてたんだろうな」

「……さすがですね」

「なんて言っても聖女様だからな」

「ふふ、なんでレインさんが嬉しそうなんですか」

「え、いや別に嬉しそうにしてなんかないって」

「レインさんは表情に出やすいですからね」

「そうか?」


 ペタペタと自分の顔を触るレイン。しかしそれでわかるわけもない。

 そんな他愛もない話をしてるうちに、レイン達は孤児院の門の前へとたどり着いた。

 門の前に立っているのは守衛であるファードだ。


「あ、レインさん! ユースティア様を迎えに……って、うぇ!? だ、誰ですかその隣の美少女は! ま、まさか彼女!? 独り身の俺に自慢するために連れてきたんですか!?」

「いや違いますから。彼女はこの間から新しくユースティア様の元で働くことになった俺の同僚です」

「初めまして、ユースティア様の傍付きのメイドになりましたイリスです。以後お見知りおきを」

「あぁどうもご丁寧に。俺はこの孤児院の守衛をしてるファード・オリマって言います。気軽にオリマって呼んでください」

「わかりました。オリマさんって呼ばせてもらいますね」

「オリマさん……あぁ、なんて甘美な響き」

「いや、俺もユースティア様もオリマさんって呼んでるじゃないですか」

「いやまぁ、そうなんですけどね。歳の近い女の子にそう呼ばれる経験が無かったもんで」

「ユースティア様も俺と同い年の17歳ですよ」

「いや、ユースティア様はユースティア様じゃないですか。聖女様ですし。そういうのとは違うっていうか……うーん、難しいっすね、これを言葉にするのは」

「なんですかそれは……」

「いやぁ、それにしても羨ましいっすよ。ユースティア様がいて、こんな可愛い女の子まで同僚だなんて。この仕事してると出会いなんてないっすからねー」

「それを羨ましがられても困るんですけど。とりあえず、まだユースティア様は中に?」

「えぇもちろん。今日は久しぶりに来られましたからね。子供達も大はしゃぎですよ。ここまで声が聞こえるくらいに」

「そういえば……最近は中々来れませんでしたからね」

「みんな寂しがってましたよ。ユースティア様は来ないのかー、レイン兄ちゃんは来ないのかーって。俺が毎日怒られてたんですから」

「すみません」

「あはは! 謝ることないですって。忙しかったんでしょうし。子供達もそのことはちゃんと理解してますよ。さ、どうぞ中に」

「はい。ありがとうございます」


 レイン達が敷地内に入ると、子供達の喧騒が聞こえて来た。その声は近づくほどに大きくなる。

 敷地内になる広場に顔を出すと、案の定というべきか。子供達がユースティアに群がり、遊ぼう遊ぼうと服の袖を引っ張っていた。

 元気の良すぎる子供達にユースティアは少し困ったような顔をしながらも、一人一人丁寧に対応している。


「こんなにいっぱい子供が……」

「あぁ。いつも元気なんだけど……今日はいつも以上に元気って感じだな。本当に」

「あ、レイン兄ちゃんだ!」


 一人の子供がレインの存在に気付く。

 するとそれに呼応するように周囲の子供達がいっせいにレインの方へと駆けてくる。


「うぉっ! 待て待てお前ら! そんな急に来られても——うわぁっ!」


 レインはあっという間に子供達に囲まれもみくちゃにされる。

 ユースティアとマリサが近くに来て子供達を諫めたことでなんとか解放されたが、一瞬でレインはボロボロになってしまった。


「大丈夫ですかレイン」

「ごほっ、ごほっ。だ、大丈夫です。ありがとうございますユースティア様」


 ユースティアがレインの体を起こす。

 しかしレインは見逃さなかった。ユースティアがレインを助け起こす時、一瞬だけざまーみろ、という顔をしたことを。


「すみませんレインさん。もう、みんなダメでしょう。ちゃんと謝りなさい」

「いえ、気にしないでください。俺なら大丈夫ですから」

「でも」

「まぁ元気な証ってことで」

「なぁレイン兄ちゃん、そっちの人誰なんだ? レイン兄ちゃんの彼女か?」

「違うから。なんでファードさんといい、お前といい。イリスを俺の彼女ってことにしようとするんだ」

「えー、違うのかよ。つまんないの」

「つまんないってなぁ」

「こらマルバル。レインさんを困らせないの」

 

 マリサにたしなめられたマルバルだけではない。周囲にいた子供達、特に女の子達はレインの言葉を聞いてあからさまに残念そうな顔をする。


「でも待って。もしかしたらユースティアさまとの三角関係なのかも」

「きっとそうよ。私も本で読んだもの」

「三角関係ってなーに? おいしいの?」

「おいしくはないけど、もしそうだったらあたし的にはおいしいかも」


 年長組の女の子達がひそひそと話しているのがレインのもとまで聞こえてくる。まだ幼いというのに、色恋沙汰に興味津々の子供達の様子にレインも呆れるしかない。


「ちょうどいいですからみんなにも紹介しましょう。彼女はイリス。私の傍付きのメイドになった方です」

「イリスです。よろしくお願いします」

「えー、ユースティアさまのそばづきにはあたしがなるはずだったのにー! そしたらずっとユースティアさまといっしょにいれるんでしょ。いいなー」

「申し訳ないですが、こればかりは譲ることができないので」

「うー」


 将来ユースティアの傍付きメイドを密かに狙っていた子供達に囲まれ、イリスは困ったような顔をする。

 そんなイリスに助け船を出したのはユースティアだった。


「別に傍付きのメイドは一人と決まってるわけじゃありませんよ」

「え、それじゃああたしもユースティアさまのメイドになれる?」

「えぇ。みんなが良い子にしてたら、そうなるかもしれませんね」

「それじゃああたしいい子になる! ずっといい子にしてるよ!」

「わたしもー!」

「ふふ、頑張ってくださいね」


 ユースティアのその言葉が本音なのか、その場を誤魔化すための嘘なのか。それは誰にもわからない。

 しかし一時的に子供達から解放されたイリスはホッと息を吐く。


「子供の相手は苦手ですか?」

「苦手……というか、どう相手したらいいかわからなくて」

「だったらいい機会ですね。みんな、イリスと一緒に遊んでくれますか?」

「うん! いっしょに遊ぼ、おねーちゃん!」

「あ……」

「大丈夫ですから。安心して遊んできてください」

「……わかりました」


 子供達に手を引かれ離れていくイリス。レインもすでに子供達の遊びに巻き込まれ、必死に走り回っていた。


「よろしいんですかユースティア様。お時間は……」

「今日は特別です。久しぶりですし。またしばらくは来れなくなりそうですから」

「えー! またユースティア様来れなくなっちゃうの?」

「ごめんなさい。少しお仕事で遠くに行かないといけなくて。いつ戻って来れるかわからないんです」

「そんなぁ。やだよぉ」

「ユースティア様はお仕事なの。あまり困らせるようなこと言っちゃダメよ」

「わかってるけど……」

「エリュウ。必ずまた来ますから。約束です」

「ホントに?」

「えぇ。私は聖女ですから。約束は絶対に守るんですよ」

「絶対に絶対だよ」

「絶対に絶対にです」

「なら……我慢する」

「エリュウは良い子ですね」


 涙を必死に堪えるエリュウの頭を撫でて優しく抱きしめるユースティア。


「それじゃあ今日は最後までおもいっきり遊びましょう。行きましょう、エリュウ」

「うん!」


 エリュウの手を引いてユースティアはレインとイリスがいる方へと向かう。

 それから日が暮れるまでの短い間、ユースティア達は子供達と遊び続けたのだった。


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