第11話 髪飾り

 市場にあるのは何も食材だけではない。アクセサリーや衣服、家具から魔道具までなんでも揃っていると言っても過言ではない。

 そして流通の中心地である帝都の市場にはガラクタから掘り出し物までなんでも揃っているといっても過言ではない。

 そしてそんな市場の品揃えの多さにイリスが目を奪われるまでにそう時間はかからなかった。


「レインさん、あれはなんですか?」

「あぁ、魔道具売ってるお店だよ。怪しいの売ってる店も多いから気をつけないといけないんだけど……あの店は大丈夫そうだな。ちょっと覗いてみるか?」

「いいんですか?」

「まぁ、見るのはタダだからな」

「行きましょう!」


 珍しく声を弾ませたイリスに手を引かれて魔道具の出店へと向かう。

 そこにいたのは白ひげを蓄えた、穏やかな笑みを浮かべたおじいさんだ。

 やってきたレイン達のことを歓迎の笑みで迎え入れる。


「いらっしゃい。どうぞ自由に見てってくれ。まぁ、大した魔道具は置いてないがね」

「すごいですね……これ全部魔道具なんですか?」

「あぁ。全部儂が作ったんじゃ」

「おじいさんが? すごいですね」

「大したことじゃないよ。道具とちょっとした魔術回路の知識があれば誰でも作れるものさ」

「でもすごいですよこれ。俺だったらこんだけのもの作れるようになろうと思ったら何十年かかるか……」

「ホッホッホ! そう持ち上げてくれると嬉しいのう。どれ、気になるものがあったらどんなものか説明してあげよう。何かあるかね?」

「それじゃあ……これはなんですか?」


 そう言ってイリスが手に取ったのは黒い台の上に水晶のような球体が置かれている魔道具だった。使い方もどんな効果があるのかもわからない。


「おぉ、それは儂の自信作じゃよ。どれ、かしてみなさい」


 イリスから魔道具を受け取ったおじいさんが魔力を流し込むと、水晶の中の部分に映像のようなものが流れ出す。それは別に特別な映像ではない。桜の咲き誇る木々の映像。太陽の燦燦と輝く海の映像。紅葉で赤く染まった山の映像。そして深々と雪が降る映像。次々と切り替わる美しい映像にレインもイリスも思わず目を奪われた。


「きれい……」

「これはすごいな」

「そうじゃろう。これは儂がいままで見て来た光景なんじゃ」

「おじいさんが?」

「あぁ。若い頃から色んな所を旅してきたからのう。流石に東側の大陸には行ったことがないがな。西側であれば、全ての国を回ったかもしれんのう」

「すごいですね」

「この魔道具は、見た者の記憶の映像を映し出すことができるんじゃ」

「へぇ、すごいじゃないですか!」

「と言っても使えのは一度だけ。一度映しだしてしまえば、別の映像を映し出すことはできんようになる。じゃからこれに映し出す映像はしっかりと選ばねばならんのじゃ」

「え、じゃあこの魔道具はもうずっとこの映像しか映せないってことですか?」

「ホッホ。そうなるのう。この歳になって、物忘れも酷くなってのう。せめて思い出を形にしようと思って作ったんじゃが……なかなかどうして上手くできた魔道具なんじゃ。数少ない自信作なんじゃ」

「確かにこれすごいですもんね。こんな魔道具見たことないですよ俺」

「私もです」

「そこまで褒めてくれると嬉しいのぉ。どうじゃこの魔道具。新婚のお主達にはぴったりの——」

「「新婚?!」」

「なんじゃ、違うのか?」

「違います違います! 新婚とかじゃありませんから!」

「なんじゃ、違うのか。てっきりそうなのかと思ったんじゃが。お似合いじゃしのう」

「お似合いに見えますか?」

「あぁ。若い頃の儂とばあさんにそっくりじゃ」

「おじいさんも結婚してるんですね」

「そりゃのう。儂も若い頃はイケメンじゃったからのう。モテモテじゃったぞ。現地妻がいっぱいおったわ」

「現地妻って……」

「ホッホッホ!」


 おじいさんの言葉に呆れるレイン。

 いい人なのは確かだが、同時に少し調子の良い人だとレインは感じた。


「まぁお主達はまだ若いからの。こんな魔道具に頼る必要もなかろう。他に気になるものはあるかの?」

「それじゃあこっちの魔道具は——」


 それからしばらくの間、レインとイリスはおじいさんの作った魔道具の説明を聞き続けた。

 魔道具士としての腕は確かなようで、どの魔道具もユニークでレインとイリスの興味を引くには十分なものだった。

 

「おっと、つい話し込んでしまったのう」

「あ、すみません。長い時間お店の前で。邪魔ですよね」

「いやいや。そんなことはないぞ。若い者と話せる機会などないからのう。こっちが礼を言いたいくらいじゃ」

「俺達もすごく楽しかったです。どの魔道具もユニークで。な、イリス」

「はい。どれも興味深かったです。すごく有意義な時間でした」

「そう言ってもらえると嬉しいわい。儂は週に二度はここに店を構えておるからの。もしまた時間があれば来てくれ」

「はい。また来ます」

「ありがとうございました」


 何か買っていこうかと思ったレイン達だったが、そこは魔道具。値段がかなり高かったのでそれは断念した。

 魔道具店から離れた後も、色々な店を物色し続けるレインとイリス。そんな中で再びイリスの興味を強く引いたのは、とあるアクセサリーショップだった。


「見てくださいレインさん、すごく綺麗ですよ。あれ」

「あぁ。本当だな。髪飾り……なのかな」

「そうですね。色々な花を模した髪飾り。マム、ダリア、マーガレット。それに……イリスも」

「イリス? それって」

「はい。私の名前の元になった花です。アイリスって言った方がわかりやすいですかね」

「花の名前……そうだったのか」

「両親がそう教えてくれました」

「気になるんだったら見ていくか?」

「……いえ、大丈夫です。結構長い時間使ってしまいましたし。そろそろユースティア様のところに行きましょう。あんまり待たせると怒られるかもしれませんし」

「…………」

「レインさん? 行かないんですか?」

「あぁ悪い。ちょっと先に行っててくれ。俺ちょっと買わないといけないものがあったの思い出した」

「? わかりました。それじゃあさっきと同じ場所で待ってますね」


 慌てて何かを買いに走るレイン。その背を見送ったイリスは、最初と同じ場所でレインのことを待つことにした。

 何をするでもなく、ボーっとレインのことを待つだけの時間。それほど時間は経っていないというのに、一人だというだけで、隣にレインがいないだけでイリスの心に寂しさが満ちる。


「一緒に行ったほうが良かったでしょうか」


 ぽつりと小さく呟いたその時だった。

 人混みをかき分けて、レインがイリスの下へと走って来る。

 相当急いだのか、額に汗を浮かべているほどだった。


「はぁはぁ。悪い。待たせたな」

「いえ。そんなに待ったわけではありませんから。何を買いに行ってたんですか?」

「何っていうか……これ」

「え?」

「俺からイリスにプレゼントだ」


 手渡されたのは小さな包み。急にそんなものを渡されたイリスは目を点にしてしまう。


「いいんですか?」

「いいもなにも、あげるために買ってきたものだからな。受け取ってくれると嬉しい」

「……ありがとうございます。開けてもいいですか?」

「あぁ。気に入るかどうかはわからないけどな」


 ドキドキしながら小包を開き、中身を取り出すイリス。白と青を基調にしたアイリス髪飾りだった。


「レインさん、これ」

「これからよろしくっていう意味も込めて……な」

「っ……」


 イリスはレインがくれた髪飾りをぎゅっと胸に抱く。

 溢れそうになる想いをぎゅっと抑えて、イリスはレインに言う。


「レインさん、アイリスの花言葉って知ってますか?」

「花言葉? あー、いや悪い。そういうのは疎くて知らないな」

「あなたを大切にします」

「え?」

「白のアイリスの花言葉です。プロポーズの時に送ったりするものだそうですよ。まさか急にレインさんからプロポーズされるなんて思ってもみませんでした」

「えいやいや! 違う! 違うから!」


 顔を真っ赤にして否定するレイン。

 必死に手を振って言い訳を重ねるレインの様子が面白くて、イリスはクスクスと小さく笑う。


「冗談です。ジョークです。わかってますよ。そんなつもりじゃないってことは」

「おま、お前なぁ……」

「ふふ、レインさんは本当に冗談に引っかかりやすいですね」

「だからお前の冗談は……いやまぁ、今回のは俺も悪いかもしれないけど」

「レインさん」

「ん?」

「これ、ずっと大切に。絶対絶対、大切にしますね」

「……おう」


 そのイリスの笑顔は、見る者全てを魅了するほどに美しいものだった。

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