第10話 孤児院にて
レインがイリスを連れて市場を回っているその頃、ユースティアは孤児院で子供達の相手をしていた。
「ユースティアさま、こっち、こっちで一緒におままごとしよ!」
「ダメだよ! オレと一緒に遊ぶんだ! エリュウはあっち行ってろ!」
「なによ! タクマこそあっちに行ってなさいよ!」
「「むー!!」」
エリュウとタクマがそう言って睨み合う。ユースティアを巡って二人が喧嘩するのはいつものことだが、今日の喧嘩はいつもよりも激しかった。そして喧嘩するのは何もエリュウとタクマだけではない。
他の子達もユースティアを巡って何度も喧嘩を繰り返していた。何度も繰り返される光景にユースティアは内心で嘆息しながらエリュウとタクマの間に入って喧嘩を止める。
「ほら二人とも、喧嘩しちゃダメですよ」
「だってタクマが!」
「だってエリュウが!」
「そこまでです。二人が喧嘩する姿を見てると、私すごく寂しいしツラくなっちゃいますから。だから私からお願いです。私のために仲直りしてくれませんか?」
「……ユースティアさまがそう言うなら……タクマ、ごめんなさい」
「オレも……ごめん」
「ちゃんと謝れて偉いですね。ほら、こっちに来てください」
ユースティアはタクマとエリュウのことをギュッと抱きしめる。二人は顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうにしてユースティアに腕に抱かれる。
「ごめんなさい。私が最近忙しくてなかなか来れなかったから」
そう。結局のところ原因はそれなのだ。これまでは何日かに一度のペースで孤児院を訪ねていたユースティアだが、最近は忙しくてそれができずにいた。
だからこそ子供達はユースティアを取り合って喧嘩しているのだ。
「そんな! ユースティアさまのせいじゃないよ!」
「そうだよ! ママもユースティアさまがいそがしくて遊びに来れないのは、悪い人がいっぱいいるせいだって言ってたし。だからね、オレいつかユースティアさまと一緒にはたらいて、悪い人をやっつけるんだって」
「あたしも! あたしも一緒にはたらくの!」
「ふふ、ありがとう二人とも。二人が一緒にはたらいてくれるならすごく頼りになるね」
子供達にユースティアの仕事について話してもほとんど理解できないだろう。咎人のことも魔人のことも何も知らない。知らなくていいとユースティアは思っている。
罪というものの醜悪さを知らずに済むならばそれが一番だと。それが不可能なことだとはわかっていても。
(この子供達もいつかは知ることになる。人間の醜さを。その時にこいつらはどうなるんだろうか)
「どうしたのユースティアさま?」
「……ううん、なんでも。それよりもみんなでできる遊びをしましょうか。鬼ごっこにする? それともかくれんぼ?」
「かくれんぼ!」
「鬼ごっこ!」
ここでまた見事に意見が分かれるエリュウとタクマ。どこまでも意見が合わない二人にユースティアは思わず苦笑してしまう。
「それじゃあ……そうね。鬼ごっこからやりましょうか」
「やった!」
「むぅ」
「ほら、そんなにむくれてたら可愛い顔が台無しよ。かくれんぼもやるから。ね?」
「わかった……」
「いい子ね。それじゃあ他の子も集めて一緒に始めましょうか。最初の鬼は私がやってあげるから」
それからしばらくの間、子供達が疲れ果てるまでユースティアは子供達と遊び続けた。無尽蔵に体力があるかと錯覚してしまいそうなほど元気な子供達だが、さすがに聖女であるユースティアほどではない。
やがて子供達は一人、また一人と疲れて昼寝を始めてしまった。最後まで遊び続けていたエリュウとタクマも疲れ果ててしまって、今はユースティアの膝を枕にして眠っている。
その天使のような寝顔はユースティアが思わず笑顔を浮かべてしまうほどに可愛らしいものだった。
「お疲れ様ですユースティア様。どうぞ、お茶を用意しましたので」
「マリサさん。ありがとうございます」
お茶を持ってきたのは孤児院の経営者であるマリサだ。孤児院の子供達から母と慕われる女性だ。
さすがに喉が渇いていたユースティアは差し出されたお茶を飲む。マリサの前なので一気に飲み干すようなはしたない真似はしないが、渇いた体にお茶が染み渡る。マリサが淹れたお茶が非常に優しい味がした。
「大したお茶ではありませんが」
「いえ、そんなことありませんよ。すごく美味しいです。きっと入れてくれたマリサさんの腕が良いからですね」
「そんなにお褒めいただくほどのものではないですよ。でも、そう言っていただけると嬉しいです。その……今日は本当にありがとうございました」
「どうしたんですか急に」
「いえ、子供達がこんなに楽しそうに遊んでる姿を見るのは久しぶりなので。いつも元気なのは元気なんですけど。今日はユースティア様が来てくれるからって、朝から子供達みんなはしゃいじゃって」
「そうだったんですね。喜んでくれるのは嬉しいんですけど……この子達には悪いことをしましたね」
「え?」
「私が前までと同じように来れてたら子供達を寂しがらせることもなかったのに。すみませんマリサさん」
「そんな、ユースティア様が謝ることでは。むしろお忙しいのに時間を割いてくださってるんですから」
「それこそ当たり前のことですよ。未来ある子供達を正しく導くこと。そして守ること。それも聖女の仕事ですから」
エリュウとタクマの頭を優しく撫でながらユースティアは言う。その慈愛に満ちた姿は、マリサの心を打つには十分だった。
「ユースティア様……」
「ちょ、ちょっとマリサさん。どうして泣くんですか」
「いえ……ユースティア様のお言葉が嬉しくて」
「だからって泣くほどのことは……あの、これどうぞ」
「ありがとうございます」
ユースティアから差し出されたハンカチを受け取って涙をふくマリサ。
「この子達は幸せですね。ユースティア様ほどの人に未来を導いてもらえるなんて」
「……いえ、まだですよ。この子達はもっと幸せになるべきなんです。輝く未来を生きるために。そのために私達聖女がいるんですから」
「……ユースティア様ほど聖女という言葉に相応しい方はいらっしゃいませんね」
「いえ、私なんてまだまだです。至らない点も多々ありますから」
「そんな謙遜を……あ、そういえば今日はレインさんは一緒ではないんですね」
「レインですか? レインには少し別のことをお願いしてまして。また後で来るとは思います。いつになるかはわかりませんけど」
「まあ、そうなんですね。子供達がレインさんにも会いたがってたものですから」
「そうでしたか。だったら一緒に来るべきでしたね」
「お仕事なら仕方ないですから、気にしないでください」
ユースティアがレインに頼んだ仕事とはイリスの帝都案内のことだ。子供達の相手ならユースティア一人でもできるからと頼んだことだったのだが、子供達がレインに会いたがっていたならば連れてくるべきだったかもしれないと若干後悔する。
レインを連れて来た方が子供達が喜ぶから……ではない、レインを連れてくることで子供達の意思がレインの方にも向くというのであれば、それだけユースティア自身が楽できるからだ。
(これほどだってわかってたらレインもイリスも連れて来たのに。まぁ、今さら言ってもしょうがないことだけど。あの二人今頃何してるんだ? どうせ案内する場所なんて市場くらいしかないわけだし)
「そういえば、今度新しい人を雇ったんです。私の身の回りの世話をしてもらうメイドを」
「え、そうだったんですか」
「はい。つい先日のことですけど。また後でレインと一緒に来ると思うので、その時に紹介しますね。子供達にも」
「はい。きっと子供達も喜びます。新しいお友達ができるって」
「だといいんですけど」
「ユースティア様が選んだ方ですもの。きっと大丈夫です」
ユースティアとマリサはクスクスと笑い合う。そして、それから子供達が起きるまでの間ユースティアとマリサは他愛のない話を続けるのだった。
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