第8話 体の検査

 結局レインはその後もユースティアがカランダ王国を嫌う真の理由を知ることができないまま、体の検査を終えたイリスと入れ代わる形で検査部屋へと入った。


「はい。よく来たね。それじゃあ服を脱いで」

「わかりました」

「全身脱いでくれても構わないよ」

「脱ぎません」


 検査室の中はレインにはよくわからない機械で溢れている。一度どんなものなのか説明されたことがあるのだが、結局ちんぷんかんぷんのままだった。


「あぁそうだ。ついでに《紅蓮・双牙》も預かっておこうかな。上手く動作しなくなったんだって?」

「はい。その……ちょっと無茶な使い方しまして」

「ちょっとぐらいなら耐えれるように作ってるはずなんだけどねぇ。まぁいい。ほら貸して」

「はい」


 懐にしまっていた《紅蓮・双牙》をルーナルに渡すレイン。そしてまじまじと銃の様子を確認したルーナルは、深くため息を吐いて呆れた顔を浮かべた。


「どんな使い方したんだいレイン君。銃に刻んだ魔術回路が全部焼き切れてるんだけど」

「えぇ!? そんなことになってましたか」

「あぁそうだね。これはもう魔術回路の繊細さも知らない馬鹿が何の考えもなしに魔力を注ぎ込んだみたいな壊れ方だ。いったい誰なんだろうね、そんな馬鹿なことをしたのは」

「……えぇと、すみません」

「わかればいいんだよ。馬鹿……もといレイン君。でもこれじゃあ根本から作り直す必要があるな。うぅん……そうだね。これはしばらく預からせてもらうよ。せっかくだ。オーバーホールするとしよう。ついでに新しい機能もつけたいしね」

「助かります」

「銃のことはとりあえず置いておくとして、今はレインだ。そこに寝てくれるかな」


 ルーナルの示した診察台に上半身裸になって寝そべるレイン。


「んふふ、いい肉体だねぇ。ほどよく鍛えられて絞まってる。無駄な筋肉もないしね。彼女の指導かな?」

「そうですね。俺の訓練は基本的にユースティア様が見てくれてますから。俺の食事とかも全部決めてるのはユースティア様ですし」

「なるほどね。ずいぶんと過保護なことじゃあないか」

「そうですか? いつも訓練中、集中力が散漫だとか、亀でももう少し速く動けるだとか言われるんですけど」

「へぇ、そういうことを言うんだね。でもそれも愛情の裏返しという奴さ。彼女は素直じゃないだろう」

「そういうものですか?」

「ふふ、そのうちわかるようになるさ。よし、準備ができた。それじゃあ調べるから目をつむって。すぐに終わるから」


 謎の機械が光を放ち、レインの体をくまなく調べる。この時だけはルーナルは非常に真面目な表情で画面を眺めつづけている。万が一の見落としすらないようにと、目を皿のようにして流れ続ける情報を見続けるのだ。


「……うん、数値上に特に問題は無いかな。もう目を開けて大丈夫だよ」

「いつもながら速いですね。これで本当にわかるんですか?」

「あぁ。こいつは私の発明の中でもトップクラスに有能だからね。体に流れる魔力の様子から、体の内部の状態までわかる。まぁ全部がわかるわけじゃないけどね。とりあえずこれで調べた所では、体に異常は見られなかった。あとは血液検査くらいかな。少し血をもらうよ」

「うげ……はい。わかりました」

「子供じゃないんだからそんなに嫌そうな顔をしないでくれ。それに痛いのは一瞬だ。嫌なら目を背けていればいい。ただ、動かないでくれ」

「はい……」

「腕を心臓の高さにまで上げて、力を抜いて。腕を縛るよ」


 ゴムで腕を縛り、消毒液を塗るルーナル。レインは顔を逸らして針が刺さる瞬間を見ないようにする。

 普段訓練をしているので、怪我など日常茶飯事ではあるし針が刺さるよりももっと痛い思いもしている。しかし、それでもこの感覚だけはどうしても慣れないのだ。


「っ」

「そうだね。せっかくだから少し多めに血をもらおうかな」

「少し多めって……俺の血を使って何かするつもりですか?」

「それは企業秘密さ。まぁ楽しみにしているといい。悪いようにはしないからさ……よし、こんなものかな。また一瞬チクッとするよ」


 針が抜かれる感覚と共に、レインはホッと息を吐く。無意識のうちに体に力が入っていたらしく、強張っていた体の力が抜けて楽になる。


「とりあえずはこれで終わりだよ。血の検査はルーナル君の分も合わせてまとめてやっておくから。結果が出たら伝えよう。まぁ、体の状態をみるに特に問題があるとは思えないけどね。あぁでもついでにいくつか聞いておこうか。罪丸を呑んだ感想は?」

「感想って言われましても……あぁでも、思った以上に力は制御できました。少なくとも、前までみたいに力に呑まれるみたいなことは無かったです」

「なるほどなるほど。それなりの効果はあったわけだ。いやぁ、本当に効果があるかどうかは賭けだったんだけど、役に立ったようで良かったよ」

「賭けって、そんなもの渡してきてたんですか?!」

「当たり前だろう。罪が封印されてるなんて特異な体質、君以外にはいないんだから。まぁ今はイリス君も似たようなものだけど。とにかく何かで試すってことができないんだ。理論としてはできる想定だった。でも実際に効くかどうかなんてわからないからね」


 ルーナルの言葉にレインが愕然とするしかない。しかし理屈は滅茶苦茶でも、その『罪丸』に助けられたのは事実なのだ。


「もちろん、君が開発に協力してくれるなら話は別だけどね」

「さすがにそこまで命知らずにはなれないです」

「それは残念。まぁ効いたっていう情報だけでも十分だ」

「でも、結局は魔人化した後はユースティア様の封印頼りなんですよね」

「やっぱりそこが問題点だね。そのまま力を完全に抑えることができればいいんだけど……これが中々難しい。ユースティアの使う封印の力は少々特殊でね。一部は再現できても完全に再現することは難しい。でも、そう考えたら彼女……イリス君の存在は非常に大きいかもしれない」

「イリスですか?」

「あぁ。罪をため込む。そして分散する。抜くこともできる。いやはや、彼女は未知の塊さ。悔しいが、彼女を作ったという魔人の博士は無類の天才だろうね」

「…………」

「すまない、気分を害したかな? でも私は言ったことを翻すつもりは無いよ。性格は最悪だが、魔人の博士は間違いなく天才だ。狂気の天才だ。思いついたものを作りあげることに全力を注ぐ、実に羨ましいね」

「ルーナルさんの言うようにすごい奴なのかもしれないですけど、それでも俺は認めることなんてできません。イリスをあんな目に遭わせた奴のことを」

「別に認める必要なんてないさ。君の気持ちも十分に理解できるしね。ただ……ククク、同じ発明家としては、対抗意識を燃やさざるを得ないじゃあないか」


 姿知らぬ魔人の博士……ドートルに対して激しい対抗意識を燃やすルーナル。これが良い方向に転がるようにレインは祈るしかなかった。


「おっと、あんまり話しこみ過ぎるとまたユースティアを怒らせてしまうね。今日の用事はこれだけだったかな?」

「そうですね。イリスと俺の体を診てもらうのと、俺の銃の修理。とりあえずはそれだけのはずです」

「ならもう帰ってもらって構わないよ。私はすぐにでも作業に取り掛からないといけないからね」

「わかりました」

「そうだ。これだけユースティアに渡しておいてくれ」


 そう言って差し出されたのは一枚の紙。丁寧に折られているため、中にどんなことが書かれているかはわからなかった。


「? なんですかこれ」

「ユースティアの検診結果さ。この間調べた時のね」

「えっ、どこか悪いんですか!」


 嫌な予感がしてルーナルに詰め寄るレイン。しかしルーナルはそんなレインの予想を鼻で笑って否定する。


「そういうわけじゃないさ。ただ彼女は……」

「ルーナルさん?」

「あぁいや、なんでもない。彼女も普通に人間だからね。定期的な健診は必要なのさ。聖女なんて仕事をしてる以上、体の健康が第一なわけだし」

「確かに。それもそうですね」

「特に異常も見られなかったし大丈夫さ。いたって健康体だよ」

「ならいいんですけど……」

「とにかく用はそれだけだ。銃の修理と改造が終わるまでは一週間ぐらいかかるから、できたらユースティアに連絡を入れるから取りに来てくれ」

「わかりました。それじゃあ、ありがとうございました」

「礼なんていらないさ。それなりのリターンは貰ってるからね。それと、これは私が言うことでもないけれどあまり無茶はしすぎないように。人間の体は存外脆いからね」

「肝に銘じておきます」


 ルーナルから渡された紙を懐にしまい、レインは部屋を後にするのだった。

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