第7話 嫌う理由

 その後、帰るのを渋るフェリアルを無理やり送り返したユースティアは、そのまま次の目的地であるルーナルの屋敷へと向かっていた。

 理由はいくつかあるものの、一番の理由はイリスの体の状態を調べること、そして同様にレインの体の状態を調べることである。

 封印を施したとはいえ、まだイリスの体の調査は完全に済んだわけではない。本当に力が抑えられているのかどうかを調べる必要があるのだ。そしてハルトは『罪丸』を使ったことによる副作用がないかどうか。健康状態に異常が出ていないかを調べなければいけなかった。

 本当ならばもっと早く調べるべきだったのだが、レインやイリスの体のことを無闇に他の人間に調べさせるわけにもいかないのだ。魔導通信機を使ってルーナルと相談した結果、今日まで伸びたということなのだ。


「イリス、後ろに下がれ。レインも」

「? はい」

「あぁ、またあれか……」


 わけがわからないという表情をするイリスと、呆れるレイン。二人が十分に距離を取ったことを確認したユースティアは一歩前に踏み出す。その瞬間だった。地面を割って複数の魔導人形が飛び出してくる。

 しかしユースティアはさして慌てた様子もなく、嘆息して軽く指を鳴らす。


「【雷魔法】——『雷塵』」

 

 上空から降り注ぐ雷は寸分違わず魔導人形の体を捉える。雷で焼かれた魔導人形はあっという間に塵も残さず消し去られる。

 あまりにも一瞬の出来事にイリスは目をぱちくりとさせる。


「えっと……今のは?」

「あぁ、ここに住んでる人、ルーナルさんの作った魔導人形だよ。いつも訪ねてくるとなんか仕掛けてるんだよなぁ。防犯っていう名目だけど……とりあえず作ったものを試したいんだろうな。俺達からしたらいい迷惑って感じだけど」

「ふん、あんな魔導人形なんかいくらあっても同じだ。私の前には等しく無力でしかない。とにかく、これから会うのはこういう捻くれたことをしてくる奴だ。ルーナルの口車に乗せられないようにしろ」

「わかりました。気をつけます」

「珍しいな。ティアがそういう注意するなんて」

「別に。イリスはルーナルの好きそうなタイプだからな。用心するに超したことはないってだけだ。ただそれだけ」

「なるほど。イリスのことが心配だと」

「違う。そういうことじゃない。あんまり変なこと言ってると燃やすぞ」

「またそうやって照れ隠しして——」

「『炎滅』」

「っ!」


 レインの顔の横すれすれを火球が通り過ぎる。僅かに髪が燃え、プスプスと煙を上げる。思わずひきつった笑みを浮かべるレイン。もし後少しでも火球が横にずれていたらどうなっていたかわからないほどレインは馬鹿ではない。


「照れ隠しが……なんだって?」

「ナンデモアリマセン」

「ふん、わかればいい。このバカ、馬鹿、大馬鹿め。ほら、さっさと行くぞ」


 スタスタと先を歩くユースティア。レインはホッと息を吐いて胸を撫でおろす。


「大丈夫ですかレインさん」

「ん、あぁ。大丈夫だよ。ティアも本気で狙ってたわけじゃないしな。本気だったら絶対に外さないし。あれもまた照れ隠しってことだ」

「なるほど……ユースティア様は素直じゃないお方ですからね」

「はは、よくわかってるじゃないか。さっきのもイリスを心配して言ったことだろうしな。まぁ滅多なことにはならないだろうけどさ。変人なのは事実だけど」

「覚えておきます」

「おい何してるんだ! おいて行くぞ!」

「わかってる! すぐ行くから! あんまり待たせるとまた怒られるからさっさと行くか」

「そうですね」


 ルーナルの屋敷の中は以前レインが来た時と同様、散らかり放題になっていた。かなり広い屋敷だというのに、至る所に使い道のよくわからない部品が転がっている。

 すると、しばらく歩いた所で急に爆音が鳴り響き部屋の扉が吹き飛んだ。


「な、なんだ!」


 煙が廊下を埋め尽くし、ユースティア達の視界を覆う。


「風よ」


 ユースティアの生み出した風が煙を掃い、少しずつ視界がクリアになる。するとそこに居たのは全身煤だらけになったルーナルだった。


「けほっ、けほ……あれ、君達来てたのか。全然気が付かなかったよ」

「ルーナル、あなた何をしてるんですか」

「何って、決まってるだろ。実験だよ実験。まぁ見事に失敗したわけだけどね。おかげでこの様さ」

「そんな調子ではいつか大変なことになりますよ」

「やって来るかどうかもわからないいつかより、私にとって大事なのは実験と開発のできる今だ。何かあったらその時はその時さ」

「あなたに何かあったら私も困るんですよ」

「聖女様がそこまで言ってくれるとはね。嬉しい話じゃあないか」

「茶化さないでください」

「別に茶化してるつもりはないんだけどねぇ。それで、その子が件の少女かな」

「はい。そうですよ。とりあえず頼んだことお願いできますか」

「お安いご用さ。さぁ、二人ともこっちに来て」

「……大丈夫なんでしょうか」


 急に襲いかかって来る魔導人形を設置していたり、爆発を起こしたりしているルーナルを見て若干不安を覚えるイリス。


「まぁ、腕は確かなので大丈夫ですよ」

「ユースティア様がそう言うなら……」

「よしそれじゃあまずはイリス君からだね。さぁさぁこっちに来たまえ。ずっと君に会うのを楽しみにしてたんだ」

「えっと、よろしくお願いします」

「あぁそんなに不安そうな顔をすることはないよ。大丈夫。全て私に委ねてくれればいい」

「ルーナル。任せたのは私ですけど、イリスに変なことしたら燃やしますよ」

「だ、大丈夫さ。変なことなんて考えてないから」


 そう言ってルーナルはイリスを連れて別室へと入って行く。後は検査が終わるまで待つだけだ。


「……なぁティア」


 その場に残されたユースティアとレイン。話をするならこのタイミングしかないとレインが思い切って口を開く。


「ん、なんだ」

「今度行くカランダ王国……何かあるのか?」

「何かあるのかって、何かあるからカランダ王国に行くに決まってる」

「誤魔化すなよ。俺が言いたいのはそういうことじゃない。フェリアル様は何か知ってるみたいだったけど……カランダ王国ってお前にとって何なんだよ」


 レイン自身はカランダ王国に行ったことはない。しかしカレンから受けた授業でどんな国かということは知っている。

 始まりの聖女フィーリア生来の地。ハルバルト帝国と隣接しているカランダ王国はハルバルト帝国に次ぐ影響力を持つ国だ。国力の差はハルバルト帝国と比べるほどではないのだが。圧制を敷いているわけでもなければ、民を弾圧するようなこともしない平和な国だ。

 なぜユースティアがその国に行くことで不機嫌になるのか、その理由がレインにはわからなかった。


「……その話か」

「教えてくれティア。その国はお前にとってなんなんだ」

「別に大した話じゃない。それでも聞きたいか?」

「あぁ。教えてくれ」

「……あの国が何を信奉してるか知ってるか?」

「カランダ王国が信奉してるのは……聖女フィーリア?」

「あぁそうだ。あの国が信奉するもの、聖女フィーリア。それが私があの国を嫌う理由だ」


 レインは見逃さなかった。フィーリアの名を口にした時、ユースティアが一瞬ではあったが憎しみの感情を見せたことに。


「なんでそれがあの国を嫌う理由になるんだよ」

「……ふん、そんなの決まってるだろ。私以上の聖女なんて存在しない。それなのに過去の……今はもう存在しない聖女のことを信奉してるのが気に食わないからだ……ただそれだけだ。時間かかりそうだから飲み物取って来る」

「あ、おい!」


 明らかに嘘だった。しかしユースティアはこれ以上話すことはないとひらひらと手を振って離れていく。それはもうこれ以上話す気はないという意志表示に他ならなかった。


「なんなんだよ……いったい」


 結局は謎が増えただけ。レインの疑問は何一つ解消されないまま、話は打ち切られてしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る