第6話 聖女遭遇

 ユースティアが戻って来ると、ユースティアへの挨拶もそこそこに入れ代わるようにしてカルラがカレンのもとへと向かった。


「カルラも来ていたんですね。めんどくさがりな彼女が珍しいことです」

「来ないとそれ以上に面倒なことになると思ったんじゃないですか?」

「なるほど。その可能性はありますね。聖女会合でもないのに聖女が三人揃うなんて、珍しいこともあるものです」

「そうなんですか?」

「えぇ、聖女何か用事でもない限り自分の任されている州を出ることはありませんから。さきほど出会ったミューラは少し特別なので、その限りではないですけど。カルラなんかは滅多にグラフィス州から出ませんよ」

「ユースティア様にも担当している州があるんですか?」

「私の担当してるのはこの帝都ヘルダムです。ミューラが担当しているのが南側にあるバーレイク州。カルラが担当しているのが西側にあるグラフィス州。あなたが居た北側のダバラル州を担当しているのがサレンです。そして、あなたのまだ会ったことの無い聖女……フェリアルが担当しているのが東側にあるガバライト州です」

「一人で一つの州を担当するなんて……大変ですね」

「そうですね。でも、それができるのが聖女という存在です。どうです? 聖女の凄さがわかりましたか?」

「はい。まだなんとなくですけど」

「そのうち嫌でも理解することになるさ。でもあれだな、ミューラ様もいてカルラ様にまで会ったとなると、もしかしたらフェリアル様にも会うことになったりして」

「さすがにそれはあり得ませんよレイン。彼女も聖女です。急ぎの用事でもない限り帝都にまでやって来るなんてありえません」

「はは、ですよねー」


 示し合わせたわけでもないのに聖女五人のうち四人が同じ日に贖罪教本部にやって来る可能性などあり得ない。

 だからこそレインも冗談半分でこのようなことを言ったのだが、現実というのは時として想像を超えてくるものなのだ。


「あの、すいません」

「なんですかイリス」

「さっきから食堂の入り口でずっと手を振ってる人がいるんですけど……彼女はお知り合いですか? 明らかにこっちに向かって手を振っているんですけど」

「「え?」」


 弾かれるように食堂の入り口に目をやるユースティアとレイン。そこに立っていたのは——。


「おーい! ティア、レイン君! こっち、こっちだよー!」

「……フェリアル」


 そこに立っていたのは、燃え盛るような赤髪と、過度な露出をした服が特徴的な女性。ユースティアと同じ聖女であるフェリアルだった。






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 フェリアルと出会ったユースティア達は、フェリアルを連れて自宅へと戻って来ていた。さすがに聖女が二人もいては注目を集め過ぎて、ゆっくりと話すこともできないからである。


「お茶どうぞ」

「ありがとー。まぁとりあえず君も座って座って。立ったままじゃ話にくいしさ」


 客間に通されたフェリアルにお茶を出すイリス。メイドとして必要なことはある程度覚えたので、客人にお茶を出すことくらいはできるようになっていた。


「いえ、私は……」

「いいからいいから。今日は君にも用があったわけだしね」

「でも」

「イリス、いいから座りなさい。フェリアルは一度言い出したら聞かないから。その方が話しも早く終わるし」

「……わかりました」

 

 主であるユースティアがそう言うならば否はないと、イリスはレインの隣に座る。

  

「えー何それ。ティアは私に早く帰って欲しいの? せっかく久しぶりに会えたのに?」

「前に会った時からそんなに時間も経ってないのに、久しぶりだなんて言わないでください」

「相変わらず冷たいなティアは。レイン君は喜んでくれるよねー、アタシに会えたこと」

「え、まぁ俺は……」

「そうだよねー! やっぱりレイン君は優しいなー。ティアとは大違い。ねぇ、ティアの従者なんてやめて私のところに来ない? そしたらいーっぱい、いいことしてあげるよ?」

「うぇ!?」


 豊満な胸を強調した扇情的な姿勢でレインのことを誘惑するフェリアル。そして、健全な思春期男子であるレインにその誘惑はあまりにも効果的だった。見まいと思っても見てしまう悲しき男の性。レインは赤面し、あからさまに動揺してしまった。


「お、俺は——いっっ!?」


 その瞬間だった。レインの右足と左太股に激痛が走る。反射的に目を向けてみれば、ユースティアに右足を踏まれイリスに太ももを抓られていた。


「? どうしたのレイン君」

「な、なんでもありません……」

「フェリアル、いいから早く用件を言ってください」

「おぉこわ。って言っても、用件なんてあってないようなもんだよ?」

「はい? どういうことですか」

「だから、私はティアとレイン君に会いに来たついでに噂のその子に会いに来ただけだから」

「え、まさか……それだけのためにわざわざ帝都まで来たんですか?」

「そうだよー」


 フェリアルの返答を聞いて呆れ顔になるユースティア。


「仕事ならいくらでもあるはずですけど。それはどうしたんですか?」

「丸投げしてきちゃった♪」


 てへぺろ、と愛嬌ある笑顔でとんでもないことを言い放つフェリアル。ユースティアは若干イラっとしながらも素で怒鳴りたくなる気持ちをグッと堪える。


「丸投げって、聖女にしかできない仕事は多くあるはずですけど」

「まぁそうなんだけどさー。最近は書類仕事ばっかりでつまんなくてさー。魔物も魔人もでないし。そしたらなんかティアが新しい子雇ったっていう噂を聞いてね。飛んでくるしかないじゃない」

「仕事してください」

「あはは、大丈夫だって。ちゃんと書き置きしてきたし、本当に緊急の案件があったら連絡が繋がるようにはしてあるから」

「書き置きって、まさかあなた何も言わずに来たんですか!」

「うん。だって言ったら止められるに決まってるし。ま、大丈夫大丈夫」


 忽然と書き置きだけしていなくなったフェリアル。今頃大混乱になっているであろうフェリアルの使用人達のことを想うとレインは同情を禁じえなかった。


「あなたって人は……」

「まぁいいじゃない。それで、その子が新しい子なんでしょ? えーと、イリスちゃんだっけ」

「はい。イリスと呼んでいただければ」

「ふーん、そっかぁ。ティアの傍付きのメイドって聞いたからどんな子かと思ったけど……なるほどなるほど」

「あの……なにか?」

「ううん、ティアのところで働くのは大変だろうけど頑張ってね。何かあったらアタシに頼ってくれてもいいから」

「はい。ありがとうございます」

「んふふー。食べちゃいたくなるくらい可愛い子だねー。いいなーティアばっかり。レイン君とかイリスちゃんとかさ。私も従者欲しいなー」

「さっさと選べばいいじゃないですか」

「そうもいかないでしょ。なーんかフィーリングが合う人が見つからないんだよね」

「じゃあ別にいらないじゃないですか」

「むぅ、自分にはレイン君がいるからって。そんなんじゃいつかレイン君に愛想尽かされちゃうよ」

「ご心配なく。上手くやってますので」

「うわ惚気だ惚気。見せつけてくれちゃってさー」

「いつまでもそんなこと言ってるから従者はおろか恋人の一人もできないんですよ」

「あ! 言ったね! いま言っちゃいけないこと言ったね! それはいくらアタシでも怒るよ!」

「もう怒ってるじゃないですか」

「自分だって恋人いないくせに」

「私はまだ十七歳ですので。それに恋人が欲しいとも思ってません。あなたみたいな色魔とは違いますから」

「ふんだ。十代なんてあっという間なんだから。そんなこと言ってられるのも今のうちだよ」

「その理論で言うなら二十代もあっという間ですね。三十路を迎える前に恋人ができるといいですね」

「うぅ……なんかティア機嫌悪くない? どうしたの? カレンに何か言われた? それともまた面倒な仕事でも任されたの?」


 フェリアルの言う通り、明らかにユースティアの機嫌は悪かった。フェリアルと言い合いをすることは多いユースティアだが、いつもはもう少しオブラートな物言いをする。


「……はぁ、そうですね。すみません。少し機嫌が悪いのは事実です。それがカレンから頼まれた仕事が原因なのも」

「ティアが機嫌悪くなる仕事って珍しいね。だいたいどんな仕事でも引き受けてるのに。どんな仕事なの?」

「出張ですよ。ちょうどいいですね。レイン達にも伝えておきましょう。今度の出張先は帝国内じゃありません。カランダ王国……始まりの聖女、生来の地です」

「カランダ王国……そういうことか」


 行き先を聞いたフェリアルは得心が言ったという顔をする。しかしレインもイリスも、カランダ王国に行くことでなぜ機嫌が悪くなるのか理解できていなかった。



「レイン達にはまた改めて事情を話します。今はカランダ王国に行くということだけ理解しておいてください」

「……わかった」

「さぁフェリアル。イリスとも会いましたし、これで用事は終わりましたね。早くガバライト州に戻ってください」

「えー、もうちょっといいじゃない」

「ダメです。だいたいあなたはいつも——」


 そして再びユースティアとフェリアルは言い合いを始めてしまう。

 そんな中でレインは、ユースティアの見せた表情の陰りが心に引っかかっていた。

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