第5話 無表情少女二人

 タルムに絡まれたところをカルラに助けられたレインとイリスは、そのままカルラと一緒にお茶をする流れになっていた。


「それ……本当によく食べますね」

「ん。私これ好きなの」


 そう言ってカルラが口にするのは通算十個目の苺タルトだった。しかも小さな苺タルトではない、それなりに大きさの苺タルトなのだ。レインであれば一つ食べれば十分というほどの大きさ。レインよりも小さなカルラの体のどこにそれだけの苺タルトが入るのかと思うほどだ。


「あなた達は食べないの?」

「俺は大丈夫です。見てるだけで胸焼けしそうなんで」

「私も大丈夫です」

「おいしいのに……」


 残念そうに呟くカルラはすでに十一個目の苺タルトを食べ始めていた。


「あ、そうだカルラ様。さっきはありがとうございました。面倒なことになりかけてた所を助けてもらって」

「お礼を言われるようなことじゃない。邪魔だっただけだし。それに私が何もしなくてもレインなら大丈夫だったでしょ?」

「大丈夫かどうかはわかりませんけど……でも、カルラ様のおかげで大事にならなかったのは事実ですから。あいつの前では平等だなんて言いましたけど、手を出したら面倒なことになるのは目に見えてましたし」

「そうなの?」

「はい。というか、本当にあいつのこと知らないんですか? あんなでも四大公爵家の三男ですよ?」

「四大公爵家とか興味ない。覚えるのめんどくさい」

「そこまでいくといっそ清々しいですね……」


 四大公爵家を知らないなど普通ならあり得ない。しかし、それでも許されてしまうのが聖女という存在なのだ。


「贖罪教には貴族も平民もない。ここでそれを持ち出す時点でたかが知れてる。相手にする価値もない。でも、もしレインが邪魔だっていうならどっか僻地にでも飛ばしてあげるけど」

「いや流石にそこまでは……っていうかそれ職権濫用ですよね」

「問題ない」

「いやいや大有りですから!」


 聖女の権力を使って人事を決める。それが職権濫用でなくてなんだというのか。確かにタルムのことは気に食わないレインだが、だからと言ってそんなことをしてまでどうにかしたいとも考えていない。

 自分にだけ絡んでくる間は別にどうこうしようとは思っていなかった。


(まぁ、今回のことでイリスにまで目をつけられたとしたらティアに相談しないといけないけどな)


「レインがいいって言うなら別にいいけど。ところで、そろそろ紹介して欲しいんだけどその子誰?」

「あ、そうでしたね。彼女はイリスです。俺と一緒に働くことになった、ユースティア様付きのメイドです」

「ユースティアの? 珍しい、ユースティアがレイン以外の人を傍に置くなんて」

「どうも、初めまして。イリスです」

「ん、カルラだよ」

「その……あなたも聖女様なんですか?」

「そうだけど。知らなかったの?」

「あぁすみませんカルラ様。彼女、ちょっと生い立ちが特殊で。そのせいで知らないことが多いんです」

「聖女のことも知らないって相当だと思うけど……ふーん、そう。彼女がユースティアの新しいメイド……」

「これから一緒にいることになるんで、カルラ様とも会う機会が増えると思いますよ。だから、ドルツェンのことみたいに忘れたーなんて言わないでくださいね」

「…………」

「どうかしたんですか?」

「傍付きが一人増えたなら、レインが私のところに来てもなんの問題もないんじゃ……」

「だからなんでそうなるんですか!」

「ダメ?」

「ダメです」

「残念……あ、イリスだっけ。それじゃあこれから会うことも増えると思うからよろしくね」

「よろしくお願いします」


 挨拶を交わす二人のことを見ていて、レインはふと気づいた。二人が絶妙に似ている部分があるということに。

 感情をあまり表に出さないイリスと、感情を出すのをめんどくさがるカルラ。二人とも無表情だという共通点があったのだ。


(イリスのこと見てると誰かのこと思い出しそうになってたんだけど、そうか、カルラのことだったのか。あぁ、なんかやっと腑に落ちたっていうか、すっきりした)


 ずっとモヤモヤしていたことが解決してすっきりした表情で一人笑うレイン。

 もちろんイリスとカルラの性格は似ても似つかないのだが。


「なに笑ってるの?」

「いえ、なんでもないです。そういえば、カルラ様はなんでここに? ミューラ様みたいに仕事があったんですか?」

「ううん、違う。報告書の提出に来ただけ」

「報告書? 仕事のですか?」

「そう。この間フェリアルの所に行ってきた時のやつ」

「え、あれけっこう前ですよね。まだ出してなかったんですか」


 聖女も仕事を終えた後には報告書を提出しなければならない。そこは他の贖罪官達と同じだ。どんな仕事内容だったのか、魔人を討伐したならばどんな魔人だったのか。もろもろにかかった経費など、多くの事柄を報告しなければいけない。

 ユースティアももちろん報告書を提出している。と言っても、その報告書はほとんどレインが書いて提出しているのだが。ユースティア自身はめんどくさがって絶対に自分で書こうとはしない。


(ティアのやつ、自分では書かないくせに俺が書いた報告書にはいちいち目を通して書き直させるんだもんなぁ。ホントに我儘な奴。それに比べたらちゃんと自分で書いてるカルラは偉いっていうか……てっきりカルラも誰かに書かせてたりするのかと思ってた)


 カルラのめんどくさがりは誰もが知る所だ。なので報告書も誰かに書かせていると思っていたのだが、そんなことは無かったらしい。


「あれ? でも報告書って郵送できましたよね。わざわざ持ってきたんですか?」

「郵送したよ。でもダメって言われたから」

「ダメ? 何か不備でもあったんですか?」


 経費などのことで不備があれば呼び出されることもある。カルラもそのたぐいかと思ったのだが、その予想は大きく外れていた。


「これ」

「報告書ですか? いったい何を——っ!?」

「これは……酷いですね」


 カルラから渡された報告書に目を通したレインは思わず絶句してしまった。隣にいたイリスも驚きを隠せないでいる。

 報告書には簡潔に大きな文字で一言だけ『魔人倒した』とだけ書かれており、そして経費の欄には『いっぱい』とだけ書かれていた。

 あまりにも酷い報告書。否、もはや報告書とも呼べないレベルの代物だった。今どきの子供でももう少しマシな報告書を書けるだろう。


「これを提出したらダメだって言われたから、文句言いに来たの」

「いや文句言いたくなるのはこれを提出された方だと思いますけど……え、いつもはどうしてたんですか」

「適当に誰かに書かせてた。面倒だから。でも今回は自分で書けって言うから書いたのに」

「うーん、いやでもこれは酷いですよ本当に。もうちょっとちゃんと書かないと」

「でも書くことなんてこれくらいでしょ。そもそも報告書なんて必要なのがおかしい。こんなものあってもなくても、私のやることなんて変わらないのに」

「ちゃんと行動を残しておくっていうのが大切なんですよ。たぶんですけど」

「とにかく、これじゃダメだって言われたからカレンに文句言おうと思って来たのにそしたらカレンは取り込み中だって言うから。それが終わるまで食堂で待とうと思ったの」

「あぁその用事って俺達のことですね」

「そうなの?」

「はい。イリスの顔見せと、ユースティア様に用事があったみたいで」

「なるほど。だからユースティアいないんだ。それじゃあレイン達と一緒にいたらそのままカレンのところに行けそうだね。じゃあそれまで苺タルトでも食べようっと」

「まだ食べるんですか……」

「なんだか私、見てるだけで胸焼けしてきました」


 それからユースティアが用事を終えてレイン達のもとへやって来るまでの間に、カルラは通算で19個の苺タルトを食したという……。

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