第4話 ドルツェン再び

 ユースティアがカレンと話しているその頃、レインはイリスを連れて贖罪教本部の中の案内をしていた。


「食堂は一階にあるんだ。この食堂は俺もよく世話になってるよ。ティアを待ってる間はここにいることが多い。というか、ここくらいしか暇つぶしに使えるような場所もないしな」

「……ここにいる人は全員贖罪教の方なんですか? 色んな恰好の方がいますけど」

「いや、この食堂は一般の人にも開放されてる。食事に困ってる人たちへの炊き出しなんかもここで配ってるからな」

「なるほど、そうなんですね」

「結局のところ、食うのに困ってる人が一番罪を犯しやすい。さすがに俺達も衣食住の全てを用意する、なんてことはできないからな。せめて食事だけでもって話だ」

「それだけでも立派な行いだと思います。空腹だっていうのは本当に辛いことですから」

「イリス……」


 イリスのその言葉にはある種の実感がこもっていた。東側の大陸にいた時、イリスは一日一食食べることすら難しい環境にあった。数日間食べなかったことすらある。そんな経験をしてきたイリスからすれば、食事を与えてくれる環境があるというのは非常に羨ましいことだった。


「すみません。別にだからどうってわけじゃないんです。思う所がないって言うと嘘になっちゃいますけど、過去は過去ですから」

「ならいいんだけどな。まぁこれからは好きなものを好きなだけ食べるといいさ。それが許されるんだから」

「ありがとうございます」

「せっかくならなんか食べて行くか?」

「いえ、それは結構です。さっきユースティア様と朝食兼昼食を食べたばかりなので」

「そりゃそうか。まぁとにかく、時間に困ったらこの食堂に来るといい。変なのに絡まれても食堂のおばちゃん達が助けてくれるだろうしな」

「それは心強いです。私はユースティア様に比べればか弱い乙女なので」

「ティアに比べればって、ティアと比べたら俺だってか弱い存在になるだろうが」

「確かにそうかもしれませんけど、ユースティア様も女の子ですから。か弱い一面があるかもしれませんよ」

「ティアにか弱い一面~? やべぇ、全く想像もできねぇ」

「ふふ、女の子には秘密の一面があるものなんですよ」

「イリスにもか?」

「さぁどうでしょう」


 小首を傾げ、怪しく笑うイリスにレインが思わずドキリとしてしまう。それを誤魔化すようにレインは咳払いして話を進めた。


「と、とにかく! 俺達が贖罪教の本部のなかで来るとしたらカレン姉の部屋とか、食堂か、あとさっき案内したいくつかの施設くらいだ。結構広い場所だけど、他の場所にはほとんど用がないからな。とくに訓練施設なんかは絶対に使わない」

「そうなんですか? 魔物との戦いがある以上、使ったりするかと思ってたんですけど」

「まぁ普通ならそうなんだけど……俺達は事情が事情だからな」

「あ、なるほど。そういうことですか」

「あぁ。下手に誰かと訓練したりして感づかれても面倒なんだ。だから俺は基本的に家でしか訓練しないし、できない」

「だからお友達もいないんですね」

「うっせ!」

「……冗談のつもりだったんですけど、当たっちゃいましたか」

「やめろ、憐れむような目で見るな。本気で悲しくなる」

「大丈夫ですよ。お友達はこれからいっぱい作ればいいんですから」

「それができりゃ苦労しねーよ」


 大きなため息を吐くレイン。忙しさを理由にはしたくないが、レインに友人がいないのは事実だ。こればかりはどうしようもない。それにあまり友人を増やしすぎると怒る奴がいるから、それほど増やす気がないということもあるのだが。


「まぁとにかく、後はティアが来るまでこの食堂で時間を——」

「あぁん、食堂に入り口に庶民くさい奴がいると思ったらレインじゃねぇか」

「っ!」


 その時だった。レインにとってもっとも会いたくなかった人物が声を掛けてきたのは。


「ドルツェン」

「てめぇ、何度言えばわかんだ。ドルツェン様、だ。平民如きがこのオレのことを呼び捨てにしてんじゃねーぞ」


 そこに現れたのはタルム・ドルツェン。四大公爵家の三男だった。

 レインに呼び捨てにされたことに苛立ちを隠そうともせず、睨みつけてくる。


「何度も言ってるだろ。ここは贖罪教だ。そこに属してる以上、お前が四大公爵家の三男だろうと、俺がただの平民だろうと平等だってな。その決まりを忘れたわけじゃないだろ」

「うるせぇぞレイン! 平民のくせに生意気なんだよ! 平民は黙ってドルツェン様の言うこと聞いてればいいんだよ!」

「そうだそうだ! いつもいつも生意気なんだよ!」


 そう言うのはタルムの腰巾着であるハンクとマテウスだ。この二人もまたレインのことを嫌っている。それはもう憎悪と呼んでも相違ないほどに。


「ユースティア様の従者だからって調子に乗ってんじゃ——ん?」


 レインが憎いあまりレインのことしか視界に入っていなかったタルムだが、そこでようやくレインの隣にいるイリスの存在に気付いた。


「へぇ、いい女連れてんじゃねーか。お前」

「む」


 タルムから下卑た視線を向けられたイリスは表情にこそ出さないものの、嫌悪を感じてレインの後ろにその身を隠す。


「見ない女だなぁ。なんだ? お前のツレか? 良い女じゃねぇか。ちょっとこっちに来いよ。オレが可愛がってやる」


 イリスへと手を伸ばそうとしたタルムの手をレインが掴んで止める。


「……おい。これは何のつもりだ?」

「俺だけならまだしも、こいつにまで手を出すなら俺も黙ってないぞ」

「んだと? お前、あんまり調子に乗ってんじゃ——っ!」


 急に右腕に走った痛みに、タルムは思わず顔をしかめる。


「言っとくけど、俺は本気だぞ」

「てめぇ!」


 怒りで頭を支配されたタルムは、ここが贖罪教の中であるということすら忘れて腰の剣を抜き放とうとした。

 一触即発の雰囲気の中、レイン達の間に割り込む人物が一人いた。


「ねぇ、こんな所で何してるの」

「「っ!」」

 

 不意に聞こえた声にレインとタルムは弾かれるようにその声のした方へ向く。


「カルラ様!」

「そんな、どうしてカルラ様がここに」

「あんまり騒がないでね。目立ちたくないから」


 そこに居たのは、ユースティアと同じ紅眼を気だるげに細めた少女、聖女であるカルラだった。目立ちたくないというカルラだが、すでに食堂内にいる人々はカルラの存在に気付いて騒めいている。


「久しぶりだねレイン。会いたかった」

「えっと、お久しぶりです。って言っても、前に会った時から一月も経ってないと思いますけど」

「一週間会って無いなら久しぶりでいいんだよ。やっぱり私の従者にならない? そしたら毎日会えるから」

「いえだからそれは——」

「お久しぶりですカルラ様!」

「……誰?」

「だ、誰? タルムです。タルム・ドルツェン。以前ご挨拶させていただいたんですが」

「ふーん、そう。でも覚えてないし、興味ない。名前覚えるの面倒だし」

「覚えてない!?」


 タルムがカルラの言葉が相当衝撃だったのか、頬をピクピクと引きつらせる。しかし当のカルラは我関せずと言わんばかりにレインと会話を続ける。


「今日ここに来たら良いことがある気がしたんだけど、当たりだった。まさかレインがいるなんて。こんな所で話しててもしょうがないし、どこかに座ろう」

「えっと……わかりました」

「カルラ様!」

「なに?」

「なぜレインなのですか! オレの方が家柄も実力も頭脳も! 全てが上だというのに!」

「だから?」

「だから? いえ、ですからオレの方が——」

「だから、私あなたに興味がないから。用がそれだけならもういいよね。レイン、邪魔なやついるしもう行こう」


 レインの手を引いて歩き出すカルラ。再び呼び止めようとしたタルムだったが、その前にカルラが振り返った。


「そうそう。良かったね、その剣抜かなくて」

「え?」

「もし抜いてたら……その場で私がその首飛ばしてたよ」

「っ!!」


 なんでもないことのように告げられる。その言葉には怒りも殺気も感じない。しかしだからこそ冗談ではないということがタルムにはわかってしまった。


「あ……ぁ……」

「ドルツェン様!」

「大丈夫ですか!」


 恐怖で腰を抜かしてしまうタルム。

 カルラはそんなタルムにはもう興味を失ってしまったようで、そのまま一瞥すらすることなくレイン達を連れてその場を去るのだった。

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