第3話 仕事依頼
「それで、話ってなんだカレン」
ソファに深く座り込んだ姿勢でユースティアは言う。
今カレンの部屋に中にいるのはユースティアとカレンだけだった。内密な話があるということで、レインとイリスに席を外してもらったのだ。
その間ただ待っていてもらうのも忍びないということで、レインに案内させる形で贖罪教本部の中を散策している。
「そんなに嫌そうな顔をすることはないだろ」
「カレンの持ってくる仕事はいつも嫌なのばっかりだ」
「私はできる人に仕事を任せてるだけだ」
「ふん、そんなの当たり前だ。そもそもの話、私にできない仕事なんてないんだからな」
「ティア。自信があるのはいいことだけど、それも過ぎると足元を掬われることだってあるんだぞ」
「過ぎた自信なんかじゃない。これは純然たる事実だ」
「はぁ。お前は本当に……。まぁいい。それで話なんだけど」
「ミューラに頼んでた仕事と関係があるんだろ」
「なんだ、知ってたのか」
「さっきそこでミューラにあった。カレンの所に用があったとか言ってたから、だいたい想像はつく」
「なら話は早い。それにこれはティアも全く無関係ってわけじゃないしね」
「? どういうことだ」
「この間ティアが捕まえて来た魔人崇拝組織『降魔救罪』のメンバー。そいつが情報を吐いた」
「っ!」
ルーナルの命を狙っていた魔人崇拝組織『降魔救罪』。ユースティアはその本部に殴り込み、構成員を一人捕らえていた。そしてその構成員をそのままカレンに押し付けたのだ。それから全く音沙汰は無かったのだが、カレンはしっかりと調べていたらしい。
「どうやら近々、大規模な作戦があるみたいなんだ。その詳細までは吐かなかった……というか、知らされていないらしい。でも、どこでそれが行われるのか、時期がいつなのかはわかった」
「すごい収穫だな。でもその情報、正確なのか?」
「情報を聞き出したのはミューラだ。それに、どうやらティアが捕まえてきたのは降魔救罪のトップだったみたいだからな。かなり信憑性はあると考えていい」
「あぁなるほど。それでミューラか……でも、じゃあなんでそのままミューラに頼まないんだ。あいつなら喜んでやるだろ」
「それはできないんだ。今ミューラは別件で動いてもらってるから。それに、その儀式が行われる場所なんだけど……帝国内じゃないんだ」
「なんだって。つまり他の国? あいつら他の国にまで繋がり持ってたのか」
「あぁ。魔人崇拝組織……私達が思ってる以上に広く、深く根付いてるのかもしれない」
「ふん、あのクズ共が……場所さえわかったらすぐにでも叩き潰してやるのに」
「いまそれをしても無駄だ。いたちごっこにしかならないし、何より、より深く隠れられるだけだ。そうなったら尻尾を掴むのも苦労することになる」
目に着く魔人崇拝組織を片っ端から潰していったとしても根本的な解決にはならない。むしろ他の組織がより深く闇に隠れるだけだ。
「ムカつく奴らだ」
「同感だ」
「それで、他の国ってどこなんだ」
「……カランダ王国」
「なんだと」
「隣国のカランダ王国だ」
その国の名前を聞いた途端、ユースティアは机を叩いて立ち上がる。あまりに強く叩かれたせいで机がひしゃげてしまったが、ユースティアはそんなことは露ほど気にせずカレンのことを睨みつける。
「ふざけるな」
「ふざけてない。それと、机を壊すな。この机だってただじゃないんだ」
「そんなことどうだっていい! 私にカランダに行けって言うのか」
「あぁそうだ」
「私はあの国が——」
「嫌い……か? ティア、お前がカランダ王国のことを嫌ってるのはよく知ってる。でもそれはあの国が悪いわけじゃない。お前があの国を嫌うのはただの八つ当たりだ。そのことも本当はわかってるんだろう」
「っ!」
ギリッとユースティアは歯を噛みしめる。カレンの言うことももっともだった。
ユースティアはとある理由によって、カランダ王国のことを非常に嫌っている。しかしそれは、カランダ王国に非があるわけではない。
全てはユースティアの生い立ちに関係があるのだが……それを知るのは贖罪教の教皇であるジャレルと、その孫娘であるカレンなどの一部人物だけ。
しかし、その原因を知っているカレンがこの仕事を持ってきたことにユースティアは怒っていたのだ。
「ちゃんとあの国を見ろ。カランダ王国はお前が思ってるような国じゃない。この際だ。そのことをちゃんと確認して来い」
「私は……」
「過去を忘れろとは言わない。そんなことは口が裂けても言えない。でも過去に縛られるな。今のお前は一人じゃない。レインもイリスもいるだろ」
「…………」
しばらくの沈黙の後、ユースティアはぽつりと口を開いた。
「……わかった。仕事は受ける」
「そうか。ありがとう」
「でも勘違いするな。あの国のことを見直そうとか、そういうわけじゃない。ただ単に、魔人崇拝組織を見逃すわけにはいかないって、ただそれだけだ」
「今はそれでいい。また向こうに行けば何か考えも変わるかもしれないしな」
「ふん、そんなのあり得ないからな。私はあの国が大嫌いなんだ」
そういってそっぽを向くユースティア。しかし、ユースティアがカランダ王国に出向くというだけでもカレンからすれば大きな進歩だった。
「あぁそうだ。ちなみに、向こうにも一応話は通してあるから。宿の準備なんかは全部向こうがしてくれるそうだ」
「そこまで話が進んでるってことは絶対に私に行かせるつもりだったな」
ユースティアが半眼で睨んでも、カレンは素知らぬフリだ。そもそも動かせるのがユースティアしかいのだから、当然と言えば当然のことなのだが。
「エルゼ様が協力してくれるそうだぞ」
「げ」
エルゼ、という名を聞いたユースティアはあからさまに嫌な顔をする。
エルゼというのは、カランダ王国にいる二人の聖女のうちの一人だ。カランダ王国内において絶大な人気を誇る聖女で、カランダ王国内に限ればその人気はユースティアよりも上だろう。
「私、あの女苦手なんだよ……」
「エルゼ様のことが? そうだったのか。前に会った時は普通に話してたじゃないか」
「そりゃ公の場なら私だってちゃんと対応するさ。でも、そういう問題じゃないからな……」
「……まぁ、なんにせよティアに向こうの地理はないんだし、手伝ってもらえるならそれが一番だ」
「確かにそうなんだけどなぁ。はぁ、またエルゼと会わないといけないのか……憂鬱だ。あの国に行くってだけでも憂鬱なのに。なぁカレン、やっぱり無しってことには」
「ダメだ。もう日程調整するから、とりあえず座れ」
「くっ」
「それと、お前が壊した机の請求はきっちりするからな」
カレンの無情な一言でユースティアはがっくりと項垂れる。
こうして、ユースティアのカランダ王国行きが決定したのだった。
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