第1話 再会と挨拶
朝食兼昼食後、ユースティア達は帝都にある贖罪教の本部へとやってきていた。
「ここが贖罪教の本部だ」
「ここが……ずいぶん大きい建物なんですね」
「金ばかりかかった悪趣味な建物だとも言える」
「おいティア、イリスに変なこと吹き込むなよ」
「私は思ったことを言っただけだ。それに、事実でもあるしな」
天を衝かんばかりに巨大な建物を見て、ユースティアは皮肉気に笑う。
「数百年前。贖罪教ができたばかりの頃はここまで大きな建物じゃなかったらしい。でも、四代目の教皇が贖罪教の権威を示すために作りあげたのが、今の贖罪教本部の原型になってる。でもそんなのは建前だ。本当はただ自分の力を自慢したかっただけ。これだけの権力を持っているんだと示すためにな。だがその結果、四代目教皇は咎人堕ちした」
「え、どうしてですか?」
「欲が深すぎたんだ。富、名声、権力。多くの物を欲した結果、《強欲》に呑まれたんだ。そして、当時の聖女に贖罪された愚か者だ」
「なんでそんな人が作った建物をそのまま使ってるんですか?」
「戒めだ。その当時の愚かしさを忘れないために、罪に呑まれないためにな」
「なるほど……そんな理由があるんですね」
「あんまり知る必要もない知識だがな。で、レイン。なんでお前まで初耳みたいな顔してるんだ。カレンから昔教えてもらったはずだぞ」
「え、いやまぁそうなんだけど。俺歴史とかそういうの苦手で」
「ようは覚えてなかったってことか。カレンの講義の時間増やすぞ」
「それは勘弁してください。割とマジで」
「ところで、なんでそんな話を私に?」
「お前の生い立ちは特殊だ。こっちのことは何も知らないに等しい。だから知っておくべきだったんだ。たとえ贖罪教の人間でも、どんなに偉くても。罪に呑まれる奴はいるってことをな」
「……覚えておきます」
「さ、こんな所でいつまでも話してても仕方ないし。カレンの所に行くぞ」
ユースティアはそう言うと、それまでの雰囲気から一変、誰もが憧れる聖女然とした雰囲気をその身に纏う。
「さぁ行きましょう。レイン、イリス」
まるで別人になったのではないかと思うほどの変貌ぶり。レインからすれば見慣れたものだが、イリスはまだその変貌ぶりに驚きを感じていた。
「すごいですね、あれ」
「あぁ、あれな。別人かと思っちゃうよな」
「そう言われたほうがしっくりくるかもしれません」
「何の話をしているんですか。そんな所で立ち止まっていては他の方に迷惑ですよ。それとイリス」
「はい」
「くれぐれも、くれぐれも中で変なことを言わないように。レイン、しっかり見ていてくださいね」
「はい。わかりました」
それだけ言うとユースティアは笑顔を振りまき、挨拶をしながら建物の中へと入って行った。
「今の圧はいつものユースティア様っぽかったですね」
「はは、どんなにしててもティアはティアってことだよ。さ、行こう。はぐれたら面倒だからな」
「はい」
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
贖罪教本部の中は多くの人で溢れ返っていた。懺悔にやって来た人。相談にやってきた人などなど、働いている人以外にも大勢の人が本部にはやって来るからだ。
そのどれもが、イリスにとっては新鮮な光景だった。
「本当に……大勢の人がいるんですね」
「えぇ。あなたにとっては馴染みのない光景かもしれませんが、ここではよくあることですよ。きっとすぐに慣れるでしょう」
「そうでしょうか」
「えぇ。私もすぐに慣れましたから」
そして、そんな贖罪教の中でイリスは改めてユースティアの偉大さというものを感じることとなった。
老若男女問わず、誰もがユースティアのことを畏怖と尊敬の念で見つめ礼を欠かさない。ユースティアの行く道を遮らないようにと人の波が割れていくのだ。圧巻の光景だった。
「ユースティア様と一緒にいると、私まで偉くなった気になりますね」
「はは、確かにな。でも、それだけユースティア様の築き上げてきた名声はすごいってことだよ」
「……なんというか、改めてちゃんとそのことを理解した気がします」
そんなユースティア達の向かいからやってくる女性が一人。その人は他の人とは違い、ユースティアのことを見ても道を譲るようなことはしなかった。
しかし、それは彼女が不敬だからではない。彼女もまたユースティアと、同じ特別な存在であるからなのだ。
「あらユースティアさん、ごきげんよう。今日も妬ましいほどに人気ですわね、あなたは」
「こんにちは。人気なのはミューラも同じだと思いますけど。あなたも贖罪教に用が?」
「えぇ。カレンさんから頼まれていた仕事がありましたの。ちょうど報告も終わった所で、今から帰る所ですわ」
「そうだったんですか。でも奇遇ですね。私も今からカレンの所に行こうとしていたところです」
「あらそうでしたの。ならあの報告書はユースティアさんのために……」
「どうかしましたか?」
「なんでもありませんわ。それより後ろの彼女は誰ですの? 初めて見る顔ですけれど」
「あぁそうでしたね。イリス、こっちへ。挨拶を」
「はい。わかりました」
ユースティアに促され、イリスはミューラの前に立つ。
改めて近くで見てみれば、ミューラは驚くほど美人だった。意思の強さを感じさせる真紅の瞳は長い睫毛に縁どられ、長く綺麗な金髪は光を反射してキラキラと輝いている。
ユースティアにも負けず劣らずの美貌。イリスは美の女神が目の前に現れたのではないかと錯覚してしまったほどだ。
しかし、そんな内心の動揺は露程も表に出さずイリスは深々と頭を下げて挨拶する。
「初めましてミューラ様。私はこの度、ユースティア様の傍付きのメイドとなりましたイリスと申します。以後お見知りおきを」
「わたくしはミューラですわ。ユースティアさんと同じ聖女です。まぁ、もちろん知っていると思いますけれど」
「……えぇ、ご高名はかねがね承っております」
もちろん嘘だ。イリスはミューラのことなど全く知らない。ユースティアと対等に話している様子からそれなりの地位の人物なのだと思いはしたものの、まさか聖女であるとは考えてもいなかった。
そんなことは知らないミューラはイリスに持ち上げられて機嫌よさそうに笑顔を浮かべる。
「そうでしょうとも。でも珍しいですわね。ユースティアさんがレインさん以外の人物を近くに置くなんて……何かあるのかしら」
「っ、それは……」
「ふふっ、冗談ですわ。そこまで追及する気はありませんもの。それにしても、あなたもお人形のように美しいですわね。いいですわぁ、妬ましいほどに」
ミューラはイリスの銀色の髪を一房すくうと、どこか恍惚とした怪しげな表情で呟く。
「えっと……」
「あなた、わたくしのところに——」
「ミューラ」
「っ! 申し訳ありませんわ。わたくしったらつい。それではイリスさん、また今度ゆっくりとお話しましょう。ユースティアさんの傍付きになるというなら、また会う機会もあるでしょうから。その時はレインさんも一緒に」
「え、あ、俺も……ですか」
「えぇ。わたくし、あなたにも興味がありますもの」
「ミューラ、私の前で露骨な勧誘は止めていただけませんか」
「あら別に勧誘したわけではありませんわ。お茶に誘っただけですもの」
「はぁ、あなたという人は……」
「ふふっ、それでは皆様、ごきげんよう」
ミューラはそれだけ言うと、颯爽とその場を立ち去る。
「なんていうか……すごい方ですね。迫力が」
「彼女も私と同じ聖女ですからね。それにしてもミューラもカレンに用事があっただなんて……はぁ、少しだけ嫌な予感がしますね」
ミューラの頼まれた仕事というのが気になりつつ、ユースティアは僅かな嫌な予感を胸に抱えたままカレンの部屋へ向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます