最強聖女と最優聖女

プロローグ 新しい日常

 ロドルでの事件から一週間後、州都ダバラルでイリスの体に異常が見られないかどうかを何度も確認し、安全であるということを確認してから帝都へと戻ってきていた。

 イリスにとってはあれよあれよという間に過ぎていった一週間だったが、イリスにまつわる諸々の手続きをしていたユースティア達にとっては怒涛の一週間だった。

 そうして慌ただしいままに時は過ぎ、ユースティアとレインがようやく一息吐くことができたのが帝都に戻って来た昨夜のことだった。

 

そして翌日の朝。


「ふぁあ~~~」

「ずいぶんと大きな欠伸ですね」

「うっさい。私は眠いんだ」

「眠いというのであればまだ寝ていても……」

「そういうわけにはいかないんだ。この後カレンとの約束もあるんだし」


 大きな欠伸をしながら眠たげに歩くユースティアの後ろをイリスは歩いていた。

 そう。今回ユースティアのことを起こしたのはレインではなくイリスだった。これからユースティア付きのメイドとなるのはイリスだ。ユースティアを起こすのはイリスの仕事になる。

 今回は初仕事兼お試しということで、イリスがユースティアのことを起こしに来たのだ。


「それにしても。ユースティア様はレイン様のことが好きなのですか?」

「は、はい!? ななな、急に何言い出して。私がレインのことす、好きとか……絶対違うから!」

「そうなんですか? てっきりそうなのかと。私がユースティア様のことを起こしに行った時、ずっと寝ぼけて私のことをレイン、レイン、って呼んでましたし」

「あれはその、いつも起こしに来るのがレインだったから間違えただけで。全然全く、そういうのじゃないから! そこんとこ、勘違いしないように!」

「わかりました。レインさんにもちゃんと伝えておきますね」

「え?」

「ユースティア様は全くの脈無しだと。変な勘違いして下手な行動をしないようにって」

「いやだから、それは!」

「好きじゃないんですよね?」

「ぐっ……いや、だから……それは……」

「……ふふ、冗談ですよ。ジョークです」

「おま、お前なぁ!」

「ユースティア様の気持ちは見ていればなんとなくわかるので。意地悪してすみませんでした」

「ふん、後で覚えてろ」


 この一週間の間で、ユースティアとイリスも少なからず打ち解けていた。これからユースティアとイリスはレインと同様、長い時間を共に過ごすことになる。仲が悪いよりは仲が良い方がもちろん良い。そして幸いなことにユースティアとイリスは意外に相性が良かった。


「それで、そっちはどうなんだ?」

「どうとは?」

「うちにいる他の使用人達にも挨拶したんだろ。まぁあいつらは基本的に私のいないときしか家にいないけどな。お前はもしかしたら一緒に行動することもあるかもしれないからな」

「あの方たちですか……」


 ユースティアを起こす前のこと。イリスはユースティアの家の使用人達に全員に挨拶をしていた。どんな人たちがいるのかと若干緊張していたイリスだったが、それは良い意味で裏切られた。


「個性的で……良い方たちだと思いました」

「そうか。ならいい」

「でも彼女達は常駐ではないんですよね?」

「私が常駐する使用人が嫌いだからな。仕事は全部私がいない間にしてもらってる」

「ずっと思っていましたが、ユースティア様は偏屈なお方ですね」

「喧嘩売ってるのかイリス。買うぞ。全力で買ってやるぞ」

「滅相もありません。私がユースティア様と喧嘩をして勝てるわけがありませんから」

「当たり前だ。私に勝てる奴なんてこの世に存在しない」

「そうなんですか?」

「私は世界最強の聖女だからな」

「世界最強……」

「なんだ?」

「いえ、私はユースティア様が戦っている所をまだ見たことがないので」

「だから信用できないって?」

「そうは言っていませんが」

「言いたいことがあるならはっきり言え」

「……ユースティア様は、世界最強の力を手に入れて、どうするんですか?」


 イリスのその言葉に、前を歩くユースティアの肩がピクリと反応する。


「何か目的があるからそれだけの力を手にしたんじゃないんですか?」

「……私には、やらなきゃいけないことがあるんだ」

「やらないといけないこと?」

「あぁ。どうしてもな。そのためには力が必要なんだ。誰にも、絶対に誰にも負けないだけの力が」

「ユースティア様……」

「なんてな。冗談だ」

「冗談?」

「私のこの力は私の才能の賜物だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「…………」


 そう言うとユースティアはひらひらと手をふってさっさと歩き出す。あくまで冗談だと言い張るユースティアだが、イリスにはとてもそうは思えなかった。そのことが少し気になったイリスだったが、追及してもはぐらかされるだけだろうと考え、それ以上は何も言わなかった。


「そうだ。今日の予定を伝えておくぞ」

「はい」

「この後、ご飯を食べたらすぐにカレンの所に行く」

「あの、そのカレンというのはどういった方なんでしょうか」

「ん、あぁ。簡単に言うなら贖罪教の偉い人だ。現トップであるジャレル・モローの孫娘だからな」

「すごい方じゃないですか」

「私もレインも昔から世話になっている人だ。まぁ、直接言うつもりはないけど、いいやつだ。信用もできる。お前の事情についても話してあるから特に隠すことは何もない。とりあえず一回話がしたいっていうことだったからな。ついでに贖罪教がどんな場所かも教えてくれるだろ」

「……なんだか今から少し緊張しますね」

「緊張するような相手じゃないさ。というか、私と普通に話せてるんだから大丈夫だ」

「そういうものですか?」

「当たり前だ。お前が今話してるのは世界でトップクラスの偉い人だぞ」


 ユースティアの言うことは事実でもあった。魔人の脅威が存在し、誰もが咎人に堕ちる可能性のあるこの世界で聖女の存在の大きさは計り知れない。

 たとえ皇帝であったとしても、おいそれと手出しできる存在ではないのだ。


「つまり、私の庇護下にある限りお前は絶対安全だ」

「……ユースティア様はすごい方だったんですね」

「当たり前だ! 逆にいままで思ってなかったのか!」

「冗談です。ちゃんと理解はしてますから。ジョークです、ジョーク」

「くっ、もういい! とにかく今日はまた忙しくなるんだ。のんびりしてる時間はないぞ」

「のんびりしてたのはこんな時間まで眠っていたユースティア様だと思いますけど。今からご飯を食べるんじゃ、朝ご飯か昼ご飯かわかりませんよ」

「うっさい!」

 

 その後もなんだかんだと言い合いながらユースティアとイリスはレインの待つ場所へと向かう。

 イリスを迎え入れての新しい日常が始まろうとしていた。


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