エピローグ 新しい道
村人達の体の状態の確認、この村に常駐している贖罪官達への指示などをしている間にユースティア達が村を出る予定時刻がやって来た。
「さぁ、それでは忘れ物はありませんね」
「はい。ユースティア様が下着を忘れそうに——」
「そのことは忘れてください」
「失礼しました」
「ぷくく……」
「レイン?」
「すみません。なんでもありません」
笑顔で圧を掛けてくるユースティアに、後ろでクスクスと笑っていたレインがスッと姿勢を正す。
「ユースティアさんの持ってた下着、まさか黒——」
「サレン、その話題はこれ以上禁止です。私を怒らせたくないのであれば」
「っっっ! わわわ、わかったのです」
先輩の圧が発動された!
すっかり怯えてしまったサレンはロゼの後ろに隠れてガタガタと震えている。サレンがユースティアの恐怖に触れた初めての瞬間であった。
「それでは我々は先に州都へ戻っていますので。ユースティア様達はイミテルさんを迎えに行かれるのでしょう?」
「えぇ。夕方には迎えに行くと伝えてありますので。州都についたら連絡します」
「わかりました。それでは先に失礼します」
「また後でなのです! ユースティアさん、お兄ちゃん!」
ブンブンと大手を振って馬車に乗り込むサレン。ロゼもそのその後に続いて馬車に乗ろうとしたのだが、ふと思い出したようにレインに近づく。
「リオルデルさん、少しいいですか?」
「? はい。大丈夫ですけど」
「ではこちらへ」
ユースティア達から距離を取ったロゼとレイン。レインは一体なんの話をされるのか皆目見当もついていなかった。
「えっと、なんですか?」
「今回の総括について話そうかと思いまして」
「総括……あ」
そこでレインは思い出した。今回の任務の間に、ユースティアの従者としてレインが相応しいかどうかを見極めるという話をされていたことに。
「思い出したようですね。それではまず結論からですが……」
レインは若干緊張した面持ちでロゼの言葉を聞く。
正直に言ってしまえば、今回の一連の騒動の中でレインは活躍したとは言えない。最後にイミテルを救うことはできたものの、それすらユースティアやサレン、ロゼなど全員の力を借りてできたことだ。
自分自身の力でできたことなどほとんどない。むしろ魔人に攫われるなどという醜態までさらしているのだから。
不合格を突きつけられたとしても、レインには何も言い返すことはできなかった。
「不合格——」
「っ!」
「と、言いたいところですが……今回は及第点をあげましょう」
「及第点……ですか」
「はい。直すべき所は多々あります。未熟な部分も……ですが、あなたのその性格。実直に誰かのためを思って行動できる点、そしてそのために見せた覚悟。これらを考慮して、今回は及第点です」
「あ、ありがとうございます!」
「いいですか。あくまで及第点です。今回は多めに見ますが、聖女の従者としてはまだまだ足りない点が多くあります。そのことを忘れないように」
「はい。俺も、今回の一件で自分にはまだまだ足りないものが多いって痛感しましたから……このままじゃ、いつかきっと大事なものを失う。そうならないよう全力を尽くします」
レインの言葉を聞いたロゼをフッと表情を緩める。それは本当に珍しい、ロゼの優しい笑顔だった。
「あなたならできると私も信じていますよ。あなたならきっと、ユースティア様の支えに……真の意味での支えになることができると。くれぐれも精進を怠らないように」
「はい!」
「では、私はこれで。帰宅の道中も気を抜かないように。あなたがしっかりと注意するんでうすよ」
ロゼはそれだけ言うと、サレンの待つ馬車へと戻る。
「何言われたんだ? 嬉しそうだけど」
「まぁ別に。ちょっとしたことだよ」
「なんだお前、また私に隠し事か」
「そういうんじゃないからな! 本当になんでもねぇよ」
「なんでもないなら嬉しそうにする理由もないだろ! 吐け、さっさと吐け! ロゼに何言われたんだ!」
「言ーわーなーい!」
ロゼにサレンの従者として認められて喜んでいました、などと言えるわけがない。そんなことを言えばユースティアがニヤニヤと調子に乗るのが目に見えているからだ。そして何よりもレイン自身がそんなことを言うのが恥ずかしい。
「それよりもほら、イミテルのこと迎えに行くんだろ!」
「誤魔化すな!」
「誤魔化してんじゃねぇよ! 馬車の時間だってあるんだからな。待たせるわけにはいかないだろ」
「くそぉ、こうなったら後で絶対、意地でも聞き出してやるからな」
「だったら俺は意地でも言わねぇよ」
意地でも聞き出そうとするユースティアと、意地でも言わないレイン。言い合いをしているうちに村長宅へと到着してしまった。
「ほら、着いたぞ。さっさと聖女の皮被れこの偽聖女」
「誰が偽聖女だ! 私いつだって完全無欠の聖女だこのバカ、馬鹿、大馬鹿め」
口では文句を言いつつも、軽く咳払いしたユースティアはスッと姿勢を正し表聖女の皮を被る。
レインが家のドアをノックすると、すぐに中からイミテル達が出て来た。
「時間になったので迎えに来ました」
「そうですか。もうそんな時間でしたか」
「時間が過ぎるのってあっという間ねぇ」
ユースティアは素早くイミテル達の顔を見回す。
ウダンもマヅマも、そしてイミテルにも暗い感情は感じられなかった。
傍にやって来たイミテルに、ユースティアは小さく声をかける。
「どうやら上手く言ったようですね」
「はい……ありがとうございます」
「ウダンさん、マヅマさん、短い間でしたがお世話になりました。また何かあれば、贖罪官に連絡していただければすぐに対応しますので」
「本当にユースティア様とサレン様には何から何まで……お礼を言っても言っても足りないほどです。ありがとうございました」
そう言ってウダンとマヅマはこれ以上ないほどに深く頭を下げる。
「それから、ここまでしていただいてさらにお願いするのは厚かましいと理解していますが……イミテルの……いえ、イリスのことをよろしくお願いします」
イリス。ウダンが口にしたその名はイミテルがイミテルになる前の名前。言うなれば、イミテルの本当の名前だった。
イミテル自身から話を聞いていたユースティアとレインはイミテルになった経緯を聞いていたため、『イリス』という名のことは知っていた。
「……えぇ、もちろんです。では、行きましょうか」
「あの、ウダンさん、マヅマさん」
歩き出そうとしたユースティアの言葉を遮ってイミテル——改めイリスが口を開いた。ユースティアとレインは何も言わずにイリスのことを見守る。
「その、本当に……なって言っていいかわからないんですけど。いっぱい迷惑かけたのに、まだ何も返せてなくて……」
「イリス……」
「そんなこと気にしなくていいんだよ。私達が好きでやったことなんだから」
イリスは心からの感謝を込めて告げた。
「本当に……本当にありがとうございました」
深く頭を下げるイリス。
ウダンとマヅマは最早涙を隠そうともせず、涙を流しながらイリスのことを優しく抱きしめた。
こうして、ユースティア達のロドルでの騒動は幕を閉じた。
□■□■□■□■□■□■□■□■
村を出たユースティア達は馬車に揺られながら駅へと向かっていた。
「……話したんだな、自分のこと」
「はい。それが私にできる最大限の誠意だと思いましたから」
「それで、私達はお前をどっちの名前で呼べばいいんだ?」
イミテルとイリス。どちらも嘘偽りのない本当の名前だ。
「イリス……イリスでお願いします。イミテルも今の私にとっては大事な名前ですけど、それでもこの名前が両親の遺してくれた最後のものですから」
「なるほど。わかったなレイン」
「あぁ、わかったよ。ずっとイミテルって言ってたから間違えそうで怖いけど、まぁすぐに慣れるだろ」
「ありがとうございます」
イリスはそう言って小さく笑みを浮かべる。事件以降、イミテルは少しずつ表情が表に出るようになっていた。
「あの……私はこれからどうなるんでしょうか」
これからイリスは帝都に向かうことになる。しかし、帝都に行った後のことをイリスは何も聞かされていなかった。
「そうだな。まずは体の状態の確認。それから力の詳細を知るための実験。お前の力は非常に危険なものだからな、人の多い帝都で自由に行動させるわけにもいかないからどこかで軟禁することになる」
「っ……」
イリスにとっては覚悟していたことだ。自分の力がどれだけ危険で、多くの人を危険に晒すものであるか。今回の一件で嫌というほど身に染みていた。
たとえこれからさき一生軟禁されるとしても、イリスはそれを受け入れるつもりでいた。
「普通ならな」
「え?」
「そんなお前に、私はもう一つの道を用意してやれる。ただし、相当厳しい道だ。聞く覚悟はあるか」
「……はい」
「いいだろう。教えてやる。それはな……メイドだ」
「……メイド?」
思いもよらぬ言葉に、イリスの目が一瞬点になる。
「だがただのメイドじゃないぞ。私付きのメイドなんだからな。これから先、仕事に行くときも、どこに行くときも、必ず同行してもらうことになる。その覚悟はお前にはあるか」
「えーと……」
至極真面目な表情で告げるユースティアだが、イリスはユースティアがどこまで本気かわからず戸惑ってしまっていた。
そして、そんなイリスを見たレインが堪えきれなくなったように笑い出す。
「あはははは! ティアが変な言い方するからイリスが戸惑ってるだろ」
「変な言い方ってなんだ。私は真面目だ。私付きのメイドはそう簡単な仕事じゃないんだからな」
「だからって脅すような言い方しなくたっていいだろ」
「あの、レインさん?」
「あぁ、悪い悪い。えっとな、ティアの言ってることを簡単に言うと、私のメイドにならないかってことだ」
「でも、メイドだなんてそんな。私の力で何が起こるか二人とも知ってるはずじゃないですか。もし私をメイドなんかにして、この力のことを他の人に知られでもしたらユースティア様が」
「なぁイリス。俺の体のことは簡単に話したよな」
「? はい。聞きましたけど」
レインはイリスの事情を聞いた時、自分自身のことについてもイリスに話していた。
「俺の持ってる秘密もイリスと一緒だ。知られたら破滅が待ってる。でもティアはそんなこと関係なく俺のことを従者にしてくれたんだ」
「今さら秘密を持ってる人間が一人増えた所で何も変わらないってだけだ。それで、どうするんだ。私のメイドになるのか、ならないのか」
「だから脅すように言うなって。でもまぁ、俺はイリスが来てくれたら嬉しいよ。俺一人じゃ大変なことも多いからな」
「ユースティア様、レインさん……」
最早涙が流れることなどないと思っていた。
しかし、気付けばイリスの頬を涙がつたっていた。それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙。
「よろしく……お願いします」
ロドルでの事件が終わっても、ユースティア達の物語が終わるわけではない。ユースティアとレインはイリスという新しい仲間を迎え、サレン達の待つ州都へと戻るのだった。
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