第72話 その後の顛末
魔人を倒し、村に戻ったレイン達はすぐさま村人の救護にあたった。村の中にいた魔物はすでに分身体のユースティアが倒しきり、村人の症状も落ち着きを見せ始めていたためそれほど対応に苦慮するということもなく動くことができた。
しかし、それでもそれなりの人数に被害が出ていたため全ての村人の処置を終える頃には朝日が昇り始めていた。
「んあーーーー!! 疲れたのですーーーー!!」
昇る朝日を見つめながら、最後の村人の処置を終えたサレンがグーっと背伸びをしながら叫ぶ。魔人と戦い、夜通し村人の処置をし続けたことでサレンはかなり疲れ切っていた。
「お疲れ様でしたサレン様。それにユースティア様も」
「そうですね。さすがにこれだけの人数の処置をしたのは久しぶりですから、少し堪えましたね」
「さすがの手際でしたよユースティア様」
「それほどでもありません。それよりもサレンもなかなかの手際でしたよ。【魂源魔法】の扱いには慣れて来たようですね」
「えへへ、ロゼに言われて毎日練習したかいがあったのです」
「とはいえ、まだ粗い部分も残ってますから練度を上げていかなければいけませんよ」
「あぅ……」
「ロゼもレインも、それからイミテルさんも。お疲れ様でした。特にイミテルさんは本来なら休んでいただくべきだったのですが。手伝いを申し出ていただいたおかげで助かりました」
「……いえ、私にできることがあるならするべきだと思いましたから」
力の暴走が止まったばかりにイミテルを手伝わせることに最初はユースティアもレインも難色を示した。しかし、他でもないイミテルが必死で頼み込み、必ず誰かの傍にいることを条件にユースティアが許可を出したのだ。
「村がこうなってしまったのは……私のせいですから」
「……あまり気に病む必要はありませんよ。不幸中の幸いと言うべきか、咎人になった人はいませんでしたから」
「ですが」
「もう終わったことです。すぐに忘れろとも、切り替えろとも言いませんが、引きずり続ければそれはまたあなたの中に罪を生む。罪悪感もまた罪を生む要因になってしまうのですから」
「……はい」
「今日は色々とありましたからもう休みましょう。一度眠れば、少しは心の整理もできるはずです。ロゼ、彼女を宿に。私は他の贖罪官に指示を出してから宿に戻ります」
「わかりました」
「やったですー! やっと休めるのです!」
「サレン、あなたはまだですよ」
「えっ」
「こういう時にどういう指示を出さなければいけないのか。それを教えてあげます。休むのはそれが終わってからです。さ、行きますよサレン。レインもあと少し手伝ってください」
「はい。わかりました」
「あぅあー! サレンのベッドが遠のいていくのですーーっっ」
悲痛な叫びをあげながら、サレンはユースティアに連れられて行った。
そしてイミテルはユースティアについていくレインを一瞥した後、ロゼの後について宿へと戻るのだった。
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それから数日。何か問題が起きてもすぐに対応できるようにとユースティア達は村に残り続けた。
しかし幸いなことに大きな問題が起きることもなく、一番の重体だったウダンとマヅマも目を覚まし、軽くであれば動けるほどには回復した。
「……これなら大丈夫そうですね。もうすぐに以前と代わりなく日常生活を送れるようになるはずです」
ウダンとマヅマの体の状態を確認したユースティアは笑顔で言う。それを聞いた二人は安堵の表情を浮かべた。
「本当ですか。ありがとうございます。我々がこうしていられるのもユースティア様とサレン様のおかげです。毎日こうして体の状態を診ていただいて」
「えぇ本当に。しかも私達だけじゃなくて、他の人の様子まで確認していただいてるみたいで。村民一同、ユースティア様達には感謝してもしきれないほどです」
「そう言っていただけるとこちらも嬉しいです。ですがこれが私達のするべきことで、できることですから」
「あなたもよイミテル。毎日ユースティア様達の手伝いをしているんでしょう。感謝しているわ」
「……いえ、そんなことは。こうなったのは、私のせいで——」
「えぇ本当に。イミテルさんにも力を貸していただいてるおかげで、私どももすごく助かってます」
ユースティアはイミテルの言葉を遮るように口を挟んだ。そしてチラリとイミテルのことを横目で見る。その目は余計なことは言うなと、暗にイミテルに告げていた。
「ともかく、ここまで安定すればもう大丈夫でしょう。後はもうこの村に常駐している贖罪官達でも対応できるでしょう」
「もう帝都へ戻られてしまうのですか?」
「そうですね。私達も、いつまでもこの村にいるわけにもいきませんから」
「そうですか……本当になんとお礼を申していいのやら。せめて村をあげて何か」
「そのお気持ちだけで十分ですよ。それにまだ無理に動くことは禁物ですよ」
「はい……」
「夕刻には村を発とうと思います。その時にまた改めて挨拶に伺います」
「わかりました。あの、一つお聞きしたいのですが」
「はい、なんですか?」
「イミテルは……イミテルは、どうなるんでしょうか」
口にこそしなかったものの、今回の一連の件にイミテルが関係していることはウダンとマヅマも気付いていたのだろう。おずおずと、心配そうな表情でユースティアに尋ねた。
「……そうですね。彼女は私達と帝都に来ていただくことになります。そこであらためて彼女の持つ力について調べることになるでしょう」
「そうですか……わかりました。あの、一つお願いがあるのですが」
「お願いですか?」
「夕方まで……イミテルと一緒に過ごさせていただけませんか」
ウダンのその言葉にユースティアは一瞬だけ迷いの表情を見せ、それから小さく頷いた。
「わかりました。彼女の荷物はもうまとめてありますので。また時間になったら伝えに来ます。イミテルさん、少しだけいいですか」
「はい」
そう言ってユースティアはウダンとマヅマに声が届かない位置にまで移動し、小声で言う。
「色々と言いたくなる気持ちはわかるけど、余計なことは言うなよ。これ以上の面倒事はごめんだからな」
「……はい」
「それともう一つ……伝えたい気持ちがあるなら、ちゃんと伝えとけ」
「っ!」
「それではウダンさんもマヅマさんもまた後で」
言うべきことは言ったと、ユースティアはイミテルを置いて家を出る。
その家の中でどんな言葉が交わされるのか、ユースティアにはわからないし知るつもりもない。それを知るのはイミテル達だけで十分なのだから。
「待たせたなレイン」
「いや、別に大丈夫だけど……イミテルは?」
家の外で待っていたレインがイミテルがいないことに気づいて言う。
「あの二人がイミテルに話があるんだと。村を出る前に……夕方にまた迎えに来ることになってる」
「そうか……でも大丈夫なのか?」
「さぁな。でもそれは私達が心配することじゃない。あいつらの問題だ。私はそこまで関与しない」
「そうだけど」
「グチグチうるさい。私達にできることなんて何もないんだ。ほら行くぞ」
「あぁ」
「イミテルのことになると途端にお前は……わかってるのか? お前の主は私なんだぞ」
「いやそれはわかってるけど」
「いーや、全然わかってない。イミテルイミテルって、この村に来てからお前はイミテルのことばっかりだ」
「……もしかして、嫉妬してるのか?」
「は、はぁ!? 何言ってるんだこのバカ、馬鹿、大馬鹿!」
顔を真っ赤にしたユースティアが、罵倒しながらレインのことをゲシゲシと蹴る。人からは見えない位置、速度で蹴っているのが実に巧妙だった。
「なんで私が嫉妬なんてしないといけないんだ!」
「いやだってお前、変な所で子供っぽい所あるし。だから俺がイミテルのことばっかり気にしてたから、嫉妬して怒ってるんじゃないかと」
「誰が嫉妬なんかするか! 思い上がりもはなはだしい!」
「まぁ、ならいいんだけど……」
「ふんっ、くだらないこと言ってないでさっさと行くぞ」
「俺がイミテルのことを助けたいって思ったのは、あいつが孤独だったからだ」
レインの言葉に、先を歩いていたユースティアが足を止める。
「孤独?」
「あいつを見て、孤独だと思った。まるで昔の俺を見てるみたいで……」
誰かが手を差し伸べていてくれても、それに気づかず、気付こうともぜず、孤独であり続けるイミテルの姿がどうしようもなく昔のレイン自身の姿と重なった。だからレインは助けたいと思ったのだ。
「俺にはお前がいた。俺の孤独を救ってくれたのはユースティアだった。でもあいつにはそれがいない。だから……ユースティアが俺を救ってくれたみたいに、俺もイミテルのことを助けたいって思ったんだ」
「……ふん、だからってあんなに無茶したのか」
「……悪い」
「私がどれだけ心配したかも知らないで」
「え? 今なんて——」
「うるさい! とにかくお前は私の言うことを聞いてればいいんだ。わかったな!」
「はいはい、わかったよ」
小さくため息を吐いたレインはそれ以上何も言うことなくユースティアの後について歩く。すると、しばらく歩いた後ユースティアは振り向き、聞こえるか聞こえないかの微妙なラインの大きさの声で言った。
「まぁでも、今回頑張ったのはお前だから……それだけは褒めてやる」
ユースティアはくるりと反転して前を向くと、それ以上何も言わずにさっさと歩き出す。林檎のように赤くなってしまった顔をレインに見られないために。
「素直じゃないやつだなホントに。おい、待てよティア!」
レインはそのままユースティアの後を追って走り出す。その足取りは先ほどまでよりもずっと軽いものだった。
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