第71話 『天封縛』

 イミテルのことを救うことに成功したレイン。しかしそんなレインに降りかかったのは、自身の魔人化した姿をどうするかという問題だった。罪丸はあくまでレインの中にある罪を増やし制御するための薬。

 込められているユースティアの封印の力も、完全に魔人化を抑えるほどのものではない。

 このままではサレンに見つかった時に言い訳ができなくなる。そうレインが頭を悩ませている時に彼女は現れた。


「ふん、どうせこんなことになってるだろうと思ったが。私の読みは当たってたみたいだな」

「「っ!」」

「助けに来てやったぞレイン」

「ティア!」


 そこに居たのは紅月を背に不敵に笑うユースティアだった。背に生やした十二の翼をはためかせ、ゆっくりと地上に舞い降りる。


「どうしてここに。村の方はどうしたんだよ!」

「そう慌てるな。私が何の対策もしてないわけがないだろ。代わりはちゃんと置いて来てる。とびっきりの代役をな。それで、私がここに来た理由だが、ついさっき村の奴らの症状が落ち着き始めたんだ。その原因は考えればすぐにわかる。レインが成功したとそう判断した私はこの事態を想定してここまで飛んできてやったというわけだ。ひれ伏して感謝しろ」


 もちろん、村に置いてきた代役とは『鏡界線』で生み出したもう一人の自分のことだ。村人の異変にいち早く気付いたユースティアは、もう一人のユースティアに全てを丸投げして飛んできたのだ。



「まぁ、変な結界が貼ってあるからな。サレン達もしばらくは入ってこれないだろう」

「結界? でも、そんな結界があるならなんでティアは入ってこれたんだ?」

「あぁ、それはこの結界が……いや、それは今はどうでもいい。そんなことより早く抑えるぞ。お前、自分ではわかってないだろうけどだいぶ深くまで堕ちてる。無茶し過ぎだこの馬鹿。あんまり深くまで堕ち過ぎたら私でも手の施しようがなくなるんだぞ」

「悪い……」


 ユースティアから見たレインの様子は、かなりギリギリだった。手遅れ一歩寸前といった様子だ。レイン自身は気付いていなかったが、完全魔人化一歩手前だったのだ。



「…………」

「どうかしたのかイミテル?」

「いえ、あの、ユースティア様の雰囲気が……ずいぶん違うなと思いまして」


 レインとユースティアのやり取りをイミテルは目をぱちくりとさせながら聞いていた。それもそのはずだ。イミテルの知るユースティアは、優しい声音とそれでいてしっかりとした芯を感じさせる立ち振る舞いをした、まさしく聖女という雰囲気を纏った女性だったのだから。

 しかし、この場でレインと話すユースティアにその気配はまるで感じられない。よく似た別人ですと言われた方がまだ納得できると思うほどだった。


「あ、そういえば……おいティア、いいのかよ」

「ふん、別にいい。お前が言いふらすっていうなら話は別だけどな。どうなんだ?」

「そんなつもりはありません」

「なら大丈夫だろ。この場にいるのは私とレインとイミテルだけ。別に万人に知られたわけじゃない。それにどうせ、イミテルに知られるのは時間の問題だっただろうし」

「? どういうことだ」

「その話は後でする。それよりも今はお前達だ。まずはレインの魔人化を抑える。それと、イミテル。お前の封印を完璧なものにする。時間がないからな。急いで終わらせてやる」


 ユースティアはレインの前に立つと、その胸にそっと手を合わせて目を閉じる。


「“堕ちよ巡れよ永久に 天縛の鎖をもって 汝が罪を禁獄す”」


 【魂源魔法】——『天封縛』。

ユースティアが編み出した、罪を取り除くのではなく罪を封印するための魔法だ。

 ユースティアの手が淡く光り、その光がレインの全身を優しく包み込む。そしてその光が完全にレインの中に吸収される頃には、半魔人となっていたレインの肉体が完全に人へと戻っていた。


「……よし、封印はちゃんと機能してるみたいだな」

「そうだな。ばっちりだ」

「じゃあ次はイミテル。お前だ」

「はい」

「なぁティア。『罪喰らい』でイミテルの中の罪を取り出しちゃダメなのか?」

「確かにそれができるならそれが一番なんだがな。少し懸念すべきことがある。だからすぐに取り除くわけにはいかない。封印ができるならとりあえず封印する」

「なんだよそれ」

「その話は後だ。とにかくやるぞ。身構えすぎるなよ。体の力を抜け」

「はい」


 イミテルはユースティアに言われることに従い、体の力を抜いて立つ。


「“堕ちよ巡れよ永久に 天縛の鎖をもって 汝が罪を禁獄す”」


 『天封縛』の光がイミテルの体を包み込む。その瞬間、イミテルが幻視したのは亡くなった……イミテルがその手で殺してしまった両親の姿だった。


「あ……」


 なぜそんな姿を見たのか。その原因はイミテルにもわからない。しかし、イミテルは確かに見たのだ。両親の表情に恨みはない。イミテルの記憶の中にある物と同じ、優しい笑顔でイミテルのことを抱きしめてくれた。


「お父さん……お母さん……」


 我知らず涙を流すイミテル。やがて両親の姿は光の粒子となってイミテルのことを包みこみ、溶けるようにして消えていった。


「イミテル、大丈夫か?」

「……はい。大丈夫です」


 涙を流すイミテルを見たレインが心配そうに声を掛ける。しかし、今イミテルが流している涙は冷たい悲しみの涙ではなかった。むしろその逆。両親の温もりを感じることができた喜びの涙だった。


「とにかく、イミテルの封印も成功した。これで大丈夫だ」

「そうか。良かった」

「これで後は村に戻って——」


 ユースティアの言葉をかき消すように鳴り響く轟音。大地すら揺らすほどの衝撃がレイン達を襲う。


「な、なんだ!? まさかまだ魔人が」

「いや違う。この力はサレンの力だ」

「え、サレン様の?」


 そして二度目の轟音が鳴り響くと同時、儀式の場を囲むようにして展開していた結界がガラガラと音を立てて崩壊した。


「お兄ちゃーーーーんっ!! 無事なのですかーーーーっっ!! 無事だったら返事をして欲しいのですーーーーっ!!」


 切羽詰まったサレンの声がレイン達のいる場所まで届いて来る。


「だそうだ。お呼びだぞレイン」

「だな。ちょっと行って来るよ。イミテルも一緒に行こう。無事だってことを伝えないと」

「わかりました」


 レインはイミテルの手を取ってサレンの声がした方へと走って行く。その姿を見たユースティアは少しだけムッとした表情を見せたが、何も言わずにその場にとどまった。

 そしてレインとイミテルの姿が見えなくなってから【失楽聖女ブラックマリア】を抜いて後ろを振り返った。誰かがいるわけではない。ユースティアがその目に捉えていたのは、小さな鳥だった。しかし、普通の鳥ではない。その鳥は全身が機械で作りあげられていた。

 その機械の鳥に向けてユースティアは話しかける。


「誰だか知らないが見てるんだろう。あぁいい、別に返事は求めてないからな。ただ、あまり調子に乗るなよ。お前達が何を企んでいようと関係ない。私がいる限りお前達の自由になんてさせない。そして、いつか必ず……お前達をこの世から消してやる」


 機械の鳥を映すその瞳に宿る感情は憎悪だった。レイン達のいる前では決して見せない、激しい憎悪の感情。ユースティアはそのまま躊躇いなく引き金を引き、機械の鳥を破壊した。

 パラパラと破片を撒き散らし落ちて行く鳥を見ながらユースティアは小さく息を吐き、そしてそのまま振り返ることはなくレイン達の元へと向かうのだった。





□■□■□■□■□■□■□■□■


「うーん、残念。失敗しちゃったかぁ」


 ドートルは事実で一人天を仰いで呟く。しかし、残念だというわりにはその声に落胆の色は見られなかった。


「まぁいっか。ちゃーんとデータは取れたし。そもそもが失敗前提の作戦だったしねぇ。むしろよく頑張った方かな? 新しい聖女のデータも少しは取れたし。えーと、あの魔人の兄弟……あー、名前なんだったかな。まぁいいや。あの二人も思ったより頑張ってくれたしね。予想外があったとすれば、あの子かな」


 ドートルが思い返していたのは、イミテルを救った少年、レインのことだった。


「あの子がいなければ上手くいったかもしれないのに。面白い力も持ってたし……ちょっと興味湧いたかも。ふふ」


 作戦は失敗し、イミテルまで失ったがそれでも得たものはあったと、ドートルは嬉しそうに笑う。

 そしてその目は、画面に映るユースティアへと向けられた。送り込んでいた自立型飛行撮影機が壊される直前、最後に送ってきた映像だ。

 そこに映るユースティアの姿を見たドートルは心底楽しそうに笑って言った。


「あぁ久しぶりに見ましたけど、ご壮健なようで何よりですよ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る