第68話 心を燃やして

 ドリアードに近づこうとするレインとレインを近づけまいとするドリアードの攻防は続いていた。

 レインが近づこうとしても地中から無数に生えてくる蔓がレインの行く手を阻む。焼き払っても結果は同じだった。レインも捕まえられないようにと必死に足を動かし続けるが、このままではジリ貧なのは目に見えていた。


(くそったれ。こっちにも時間が無いってのに!)


 こうしている間にもレインの中の罪は、レインの理性を呑み込もうと頭の中でがなり立てている。力を使えば使うほど、声は大きくなり続けていた。

 まだ理性は保てていたものの、それも最早時間の問題だった。


(向こうも時間を稼いでるのは同じみたいだけどな。捕まえようとはしてくるけど、それも本気じゃない。俺をイミテルに近づけないことが目的か。ティアがいたらこんな蔓まとめて焼き払えるのに……いや、バカか俺は! この場に居ない奴に頼ろうとするな。俺が、俺の力でやらないといけないんだ)


 心に浮かんだ弱音をレインは殴りつける。この場にいない人の力を頼ろうとするのは無い物ねだりに他ならない。そんなことを考えている暇は今のレインにはなかった。


(覚悟を決めろ。できるかどうかじゃない、やるんだ!)


 力が足りないと言うのなら、力を引き出せばいい。そう考えたレインは自分の意思で、意図的に封印の力を弱めた。そうなれば必然罪はさらにあふれ出してくる。


「ぐ、あぁああああああ!」


 先ほどまでとは比較にならないほどの罪が溢れ、レインは気が狂いそうになった。常人であればすでに完全に呑まれているであろうほどの罪が体の中に満ちる。


「負け……るかぁああああああ!! 黙って力を……よこしやがれ!」


 イミテルを助けるという意志がレインを罪へ堕ちるのを防ぎ続ける。そして、レインを信じてイミテルのことを託してくれたユースティアへの想いが、レインの心を奮い立たせる。


「こんなとこで、止まってる暇はないんだよ!」


 そのレインの意志を反映するかのように、レインの体から真紅の炎が噴出する。しかし、その炎がレインの体を焼くことはない。


「これは……」


 気付けば頭の中で響き続けていた怨嗟の声は遠のいていた。驚くほどクリアになった思考がそれまで狭まっていたレインの視界を広げる。


「どういうことだ……いや、今はそんなこと関係ない。この力があればイミテルのとこまで行ける。大事なのはそれだけだ」


 キッと眦を吊り上げ、レインはドリアードのことを睨みつける。

 急に様子の変化したレインを見て、ドリアードは警戒するように蔓を自身の周囲へと密集させた。


「あくまでしたいのは時間稼ぎってわけか。でもそれはつまり時間稼ぎしないといけない理由があるってことだろ」


 レインは炎をその身に纏わせたまま、ドリアードへ向けて駆ける。そんなレインを止めようとして蔓がレインへ殺到するが、身に纏った炎が蔓を全て焼き払う。


「捕まラなイ? 捕マらナい。守ル、守ラないト」


 蔓を無効化されたドリアードは今度は自身の周囲に魔法陣を浮かび上がらせる。


「魔法?! そんなもんまで使えんのかよ!」


 ドリアードが展開した魔法陣は全部で六つ。しかし、魔法の知識に欠けるレインではどれがどんな魔法かなどわかるわけもなかった。


「見てから反応なんてできるわけもないしな……だったらお望みどおり突っ込んでやるよ!」


 近づければレインの勝利、それよりも前にレインを倒せばドリアードの勝利。非常にシンプルでわかりやすい勝負だ。


「うぉおおおおおお!!」


 炎がレインの身を覆う。そんなレインを狙ってドリアードは【地魔法】の『アースランス』を発動させた。岩をも穿つその鋭い切っ先がレインのことを狙って飛んでくる。その攻撃力はレインに深手を負わせた魔獣の比ではない。

 もしこのまま直撃すればレインの体は串刺しの穴だらけになるだろう。そうなればいくら魔人の力であっても回復は望めない。


「もっとだ。もっと燃え上がれぇ!」


 レインの纏う炎がさらにその炎圧を上昇させる。炎の細かい操作などができるわけではない。しかし今のレインに頼れるのはこの炎だけだった。

 レインの纏う炎に『アースランス』が触れた瞬間、その先端からボロボロと崩れ落ちていく。


「よし、これなら——って、はぁ!?」


 『アースランス』からその身も守ることができたレインだったが、次の瞬間再び驚愕に目を見開くこととなった。

 レインの目の前の地面が大きく隆起していたからだ。それはもはや巨大な土の壁。『アースランス』が通用しなかったのを見たドリアードはすぐさま次の手に打ってでたのだ。

 すなわち、攻撃が通用しないのであれば物量で押しつぶすという、非常に単純でシンプルな手段に。しかし単純であるからこそ有効でもあった。

 レインの眼前に聳え立つその土の壁は少しずつスピードを上げながらレインの方へ倒れてくる。


「おいおいマジかよ!」


 すでに逃げ場などない。そしてレインはそのまま、土の壁の下敷きになってしまった。

 凄まじい轟音の後、土埃が舞い上がり……そして、その土埃が晴れる頃にはその場には静寂が戻っていた。


「……潰レた? 潰レた。こレで安心」


 レインを完全に倒したと判断したドリアードは警戒を解き、イミテルのいる部分を愛おし気に撫でる。その様はまるで子を愛する慈母のようであった。


「育ツ。育ツ……もうスグ、育チきる」


 ドリアードはただの魔物ではなかった。イミテルの儀式を成功させるために作り出された魔物だ。ブラッドムーンという環境。そして生贄の代わりに捧げられたレインの血とイミテルの慟哭。これらが合わさり、生み出されたドリアードは通常のドリアードよりも強い個体が生み出されたのだ。


「フふ……ふふフ……愛シイ、我ガ子」


 イミテルの中の罪が育ち切るまで守り切る。それがこのドリアードの目的であった。イミテルの力を完全に引き出し、増幅するために。

 イミテルの力が引き出されれば、村にいるほとんどの人が咎人堕ちすることになる。いかにユースティアといえど、そうなれば対処は間に合わない。その結果として起こる未曾有の混乱。それこそが今回の作戦を立案したドートルの目的だった。


「もうスグ……ふふ」


 レインというイレギュラーは排除された。後はもうイミテルが罪に染ま切るのを待つだけ……そのはずだった。


「……?」


 ドリアードの耳に届いた僅かな異音。最初は気のせいかとも思ったその音だったが、時が経つにつれてその音は徐々に大きくなっていた。

 何かを削るような音が響き渡る。そして、その正体にドリアードが気付いた時にはもう遅かった。


「まだ終わってねぇぞ!」

「っ!」


 血だらけになりながらも土の壁を壊して飛び出してきたレインにドリアードは僅かに反応が遅れる。

 とっさに蔓を伸ばしたドリアードだったが、その蔓はレインの身に纏う炎が焼き払う。そしてドリアードは致命的なまでにレインの接近を許してしまった。


「イミテルゥウウウウウウウッッ!!」


 そしてレインは、イミテルへ向けてその手を全力で伸ばした。

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