第65話 【壊塵万鬼】

「ひひ、あはは。お前ならこれを使ってもそう簡単には壊れないですよね?」

「なんだ……それは……」

「なんだと聞かれたら、これがサレンの武器です」


 それはサレンの身の丈ほどもある巨大なハンマー。見た目のゴツさとは裏腹に、そのハンマーの色は穢れ無き白色だった。


「武器? そうか、それが噂に聞く……【罪姫アトメント】!」

「よく知ってるですね。こいつの名前は【壊塵万鬼ロストブレイク】。これからお前をぐちゃぐちゃにする武器の名前です。冥土の土産に知っていくといいですよ」

「ふん、冥土に送られるのは貴様の方だ! 我の力を舐めるなよ!」

「ひひっ、楽しませるですよ。サレンのことを」

「うぉおおおおおお!!」


 ブーザーの考えは至極単純だ。サレンが動く前に叩く。何もせず自由に行動させるほどブーザーは【罪姫アトメント】を楽観視してはいなかった。


(あのハンマーは相当な大きさ。懐に潜り込んでしまえば自由に振り回すこともできなくなるはず!)


 足に魔力を集中させて瞬発力を高めたブーザーは瞬きの間にサレンに肉薄する。しかしサレンはそんなブーザーのことを見もせず、【壊塵万鬼ロストブレイク】を振り上げる。


「ふんっ!」


 そしてそのまま地面へと振り下ろした。

 その瞬間に起きたことを一言で表現するならば、破壊だ。

 サレンが大地を破壊し、地震を巻き起こしたのだ。


「な、なにぃ!?」


 地面が大きく揺れたことでブーザーは一瞬バランスを崩してしまう。足場を崩した張本人であるサレンはそんなことも関係なしにブーザーへと近づく。

 

「まずは一撃です」

「ぐぅおおおおおっ!!」


 サレンが叩きつけるようにして振り下ろしたハンマーを両腕で防御する。ミシミシと骨のなる音を聞きながら、それでもブーザーは耐えきった。耐えきってみせた。


「いひひ、そうでないと面白くないのです!」

「舐めるなよ小娘が!」


 サレンはまるで重さなど感じていないかのようにハンマーを自在に振り回す。ブーザーは逃げることはしなかった。そのハンマーを正面から受け止め、真っ向からの殴り合い。

 拳が砕けるたびに魔力で無理やり治癒し、打ち合いを続ける。鋼の如き硬さを持つブーザーの拳でも、サレンのハンマーの威力を受けきることは容易ではなかった。


(重い。どれもさきほどまでとは比べ物にならないほど重い一撃だ。だがしかし、受けきれないことはない!)


「あははははははは! 右です、左です、今度は上からです!」


 子供のように無邪気にサレンはハンマーを振り続ける。ブーザーの反撃でサレン自身もダメージを負っているにも関わらずだ。サレンの負った傷は【癒生魂導ラファエル】によって治癒していく。しかしそれでもダメージを恐れずに攻撃できるなど正気の沙汰ではない。


(嵐のような怒涛の攻撃。しかし、奴とて人間。その魔力には必ず限りがある! いつまでもあの回復力と攻撃力は保てんはずだ)


 サレンに対してブーザーは持久戦を挑むことに決めた。普通であれば無謀な勝負だ。しかし今のブーザーは合体したことによってそれまでとは比較にならないほどの魔力をその身に宿している。

 たとえ聖女であるサレンが相手であっても負ける気は一切しなかった。このまま戦い続ければ必ず勝機はあるとブーザーは踏んでいたのだ。


(ん? あれは……)


 サレンと激しく打ち合っている内にブーザーは気付いた。サレンのハンマーに罅が入っているということに。


(あれは罅? そうか。我と打ち合っている間に我の力に押されて武具が耐え切れなくなったのか! であれば)


 ブーザーは拳に魔力を収斂させる。サレンの動きは速いが単調。そこを狙ってブーザーは拳を突き出した。


「『魔正拳突き』!!」


 ブーザーの狙い通り拳はサレンのハンマーに入った罅へと命中する。罅の入った部分を殴られたハンマーはそのひび割れを大きくし、ハンマーは粉微塵になってしまった。


「っ!」

「フハハハハハ! どうやら貴様のハンマーよりも、我の拳の方が上だったようだな! 死ねい!」


 狙うはサレンの頭。いかに回復力があろうとも即死であれば意味がないはずだと、そう考えたからだ。しかし、サレンは不敵な面構えで迫る拳を見つめた。


「お前の拳の方が上? 笑わせるんじゃないですよ」


 サレンの顔面に拳が直撃する寸前に、割れたハンマーの破片がサレンの前に集まりブーザーの拳を防いだ。


「なにっ!?」


 そしてそのままハンマーは元の形を取り戻す。違う点があるとすれば、それまで真っ白だったハンマーに、まるで血のような赤い線が刻まれていることだ。それは血管のようにどくどくと脈打っている。


「こいつはお前の拳で壊れたんじゃないです。サレンの魔力に耐え切れなかっただけなのです」

「お前の魔力だと?」

「サレンの魔力は強すぎるんです。普通の武器じゃサレンの魔力に耐え切れずにすぐに壊れる。それはこいつでも例外じゃなかったです」


 サレンの魔力は規格外だった。普通の武器では耐え切れず、使う前に壊れてしまう。【罪姫アトメント】である【壊塵万鬼ロストブレイク】もそれは例外ではなかった。しかし、【壊塵万鬼ロストブレイク】には他の武器とは違う特徴があったのだ。


「《不壊》。それがこいつの唯一無二の特性なのです」

「《不壊》……だと?」

「サレンが壊しても壊しても、魔力を注ぎ込めばこいつは再生する。より強く。より強固になって。まるでサレンのために作られたみたいな武器なのです」


 恍惚とした表情でハンマーを撫でるサレン。この世界で唯一【壊塵万鬼ロストブレイク】だけがサレンの使える武器なのだ。


「こいつがあればサレンもいっぱい遊べるのです。お前達魔人で」

「我らを玩具のように……貴様、ふざけるなよ!」

「壊れない武器があるなら、壊れない玩具が欲しくなる。そういうものなのです。まぁいつもすぐに壊れちゃうですけど。お前達も脆いですから。手加減してあげてたですけど、まだ遊べるですか?」

「この……ふざ、ふざけるなぁああああああっっ!」


 ブーザーの中に湧き上がったのは純粋な怒り。

 弄ばれたことへの怒りだった。

 その怒りのままにブーザーはサレンへ突進する。


「我ら魔人を、舐めるなよ人間如きがぁ!!」

「あはっ♪」


 サレンはハンマーを振り上げる。身の丈ほどもあるハンマーを片手で、軽々と。


「壊れるです——『崩壊万世』」


 容赦なくサレンの魔力を注ぎ込まれた【壊塵万鬼ロストブレイク】は破壊と再生を繰り返す。再生するたびに強固になっていくハンマーの表面に浮かび上がる血管のような模様。それはハンマーの表面を覆うほどに広がっていた。

 そして振り下ろされたサレンのハンマーをブーザーは受け止めた。しかし、あまりの衝撃に足が地面に沈みこむ。


「ぬぅおおおおおおおおおおっっ!!」

「あはははは! ほらほら、耐えないと死んじゃうですよ!!」


 必死に押し返そうとしても、サレンの力は凄まじくブーザーが全力で押し返そうとしてもビクともしない。


「負け……負けるかぁああああっ!」

「無駄なのです」

「あぁあああああああああああ——」


 圧壊。

必死の抵抗もむなしく、ブーザーは押しつぶされ、沈黙する。


「楽しめたですよ。ちょっとだけ、なのですけど」


 そう言ってサレンは、子供のような純粋な笑みを浮かべるのだった。

 

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