第64話 魔人ブーザー
魔人同士の合体。それはドートルが何気なく思いついたことだった。一人で聖女に勝てないならば二人を一人にして、その力を合わせてしまえばいい。足し算ではなく、乗算になるように。一と一を二ではなく、十にも百にもしてしまえばいいとドートルは考えたのだ。
思い立ったら即行動がドートルの信条。すぐにその作業に取り掛かり、その才能を遺憾なく発揮しすぐに作りあげた。
しかし問題はそこで発生したのだ。力は飛躍的に上昇させることには成功した。ただの凡庸な魔人がそれなり以上の力を手にしたのだから。しかし、合体させたはいいものの、分離ができなかったのだ。
合体させることにばかり注力しすぎたせいで、その後のことをドートルは考えていなかったのだ。しかも合体に成功したのはたった数例だけ。
ドートルほどの才があれば分離する道具を作ることも不可能ではなかったのだが、その時にはすでに興味が別のモノに移っていたせいでその道具を作られることは無かった。
しかし合体するための道具は存在している。そのため、ドートルは魔人の兄弟に最後の手段として合体するための腕輪を用意したのだ。
成功すれば儲けものという程度の思いで。
そして今まさにその道具がサレンに牙を剥こうとしていた。
「素晴らしい……素晴らしい全能感だ! フハハハハハッッ!」
魔人の兄弟を包み込んだ闇が晴れた時、そこにいたのは巨大な魔人。一つの存在となって腕の太さも体の大きさも先ほどまでとは比較にならないほどに巨大化した魔人の姿だった。
「我は兄にして弟! 絶対無敵の魔人である! すでに忘れ去れらた我らの名だが……今ならば我らに新たな名も与えられよう。そうだな……ブーザーと言うのはどうだろうか。うむ、我ながら良い名だ」
魔人の兄弟にはそもそも名前など存在しなかった。自分達の名前を覚えていなかったからだ。ドートルの実験体であったこの二人は、度重なる実験の結果として名前を忘却してしまったのだ。
覚えていたのは半身のように共に育った兄弟のことだけ。それだけがこの二人にとっての全てだったのだ。
「お前の名前なんてどうでもいいのです。何したかは知らないですけど、それだけでサレンに勝てると——」
「勝てるとも」
「っ!」
魔人——ブーザーの姿が突如サレンの目の前に現れた。
咄嗟に防御の姿勢を取るサレン。その身を大きな衝撃が襲った。
「っぅ!」
【
「どうだ聖女よ。今の我を先ほどまでと同じと思うなよ。力も速さも、貴様より上なのだからな!」
「む。たった一撃で勝ち誇らないで欲しいのです」
サレンは苛立ちを隠そうともせずブーザーへ攻撃を仕掛ける。しかしサレンが近づいてくるのを見てもブーザーは仁王立ちしたまま動く気配がない。
舐められている。そう感じたサレンはその苛立ちのままにブーザーに向かって蹴りを繰り出した。先ほどはその一撃で魔人兄の両腕を砕いた。しかし、今度はそうはいかなかった。
「なんだ? 羽で撫でたのか?」
完全防御。サレンの一撃は完全に受け止められてしまった。そしてうるさい羽虫を追い払うかのように腕を振り払う。それだけでサレンは飛ばされてしまった。ダメージこそないものの、サレンは自分の攻撃が通用しなかったことに軽い驚きを覚えていた。
「どうした聖女よ。目を丸くして。自分の攻撃が通じなかったのがそんなに驚きだったのか? どうやら我は少し強くなり過ぎたようだ。さぁ行くぞ聖女。我のことを楽しませてくれ」
サレンに肉薄したブーザーは怒涛のラッシュを仕掛ける。
「『魔拳ラッシュ』!!」
一切の反撃を許さない止まることなき猛攻。サレンは羽で体を覆って防御していたが、いかんせん体格差と生半可ではない攻撃力で徐々に押し込まれていた。
「どうした聖女よ! 防戦一方ではないか。我の力はまだこんなものではないぞ!」
さらに一段激しさを増すブーザーの攻撃。鉄すら容易く砕く拳を、魔力でさらに強化して攻撃力を高める。今のブーザーを満たすのは全能感。何者にも負ける気がしないほど、体の奥底から無限に力が湧き上がって来ていた。
「フハハハハハッ! 終わらせるぞ聖女、くらえ——『魔正拳突き』!!」
「——っ!!」
渾身の一撃がサレンの体を吹き飛ばす。
「今の一撃。確かな手応えがあったぞ」
吹き飛ばされたサレンはその身を覆っていた羽をゆっくりと動かす。
「無傷……か。さすがの防御といったところか。しかし、今我は確信を得た。次の攻撃で我はその防御を打ち破ることができるとな」
「…………」
ブーザーの言葉に対しサレンは何も答えない。俯いているサレンがどんな表情をしているのかはわからなかった。
「行くぞ聖女! ——『魔正拳突き』!!」
生涯最高。踏み込み、体重移動。拳に乗せた魔力も。全てが完璧と自負できるものだった。これならばサレンの防御すら突破できる。ブーザーはそう確信した。
しかし、予想に反してサレンは防御の姿勢を取らなかった。
(棒立ち? なんのつもりだ……いや、どんな考えがあろうとも関係ない。我の拳で打ち砕くまで!)
構わずに突っ込んだブーザー。その拳は狙い通りにサレンに命中し、その小さな体を吹き飛ばす。
(防御をしなかった? どういうつもり……いや、そんなことは関係ない。今の一撃は確実に命中した。奴は内臓もなにもかもぐちゃぐちゃになったはずだ)
「ごふっ、がはっ」
ブーザーの『魔正拳突き』を受けたサレンは血反吐を吐き、地面に倒れた。明らかに致命と言える血の量だった。サレンの吐き出した血は着ている聖衣を真っ赤に染め上げる。
「……ハハ、アハハハハハハハハッ!!」
倒れたサレンは狂ったように笑い声を上げる。
「どうした聖女よ。気でも狂ったか?」
「狂った? 狂ったかもしれないです。いえそもそもの話。サレンは正常だったのですか?」
「貴様は何を言っている」
「あぁ力。力です。サレンは力が欲しかった。何者にも負けない力です。ずっと力が欲しかった」
「力か。しかし残念だったな。貴様が手にした力は我ら兄弟の手にした力には及ばなかったようだ」
「及ばなかった? はは、違うですよ。サレンが笑ってるのは……サレンの手にした力の素晴らしさを噛みしめているからなのです」
「なんだと? っ! 貴様、傷が」
倒れていたサレンがゆっくりと立ち上がる。それと同時に、まるで時間を巻き戻すかのように血が消え去っていく。
「この聖衣はサレンを守る絶対の盾。致命傷程度で殺せるほど甘いものじゃないです。お前の力試してみたですけど、あぁやっぱりこの力は素晴らしいのです」
恍惚とした表情で自分の聖衣を見つめる。くるくると踊るその姿は天使のようだった。しかしブーザーにはとてもそうは見えない。
自分の体が傷ついても笑っていられるサレンの姿を見て怖気を覚えてしまったほどだ。
「我の力を試しただと? 舐めてくれるなよ! うぉおおおおおおっっ!」
怖気を感じた自分の心を吹き飛ばすようにサレンに突進する。
それをサレンは笑顔で受け入れる。全力で振りぬかれたブーザーの拳はサレンの体を強かに打ち据える。普通の人間であれば内臓がぐちゃぐちゃになって死ぬほどの威力。足、腹、腕、顔面。全力で打ち据えてもサレンはその笑顔を崩さなかった。
傷はすぐに塞がる。しかし痛みはあるはずなのだ。それなのにサレンはその笑顔を崩さない。攻撃すればするほどブーザーは自身の内に湧き上がる恐怖の感情を抑えられなくなっていた。
(馬鹿な。恐れている? この我が? ふざけるなふざけるな! そんなこと認められるか!)
自身の感じた恐怖すらも拳に乗せて、ブーザーは全力で拳を振りぬいた。
しかし、
「もう終わりなのです」
受け止められた。いとも簡単に。ブーザーの拳はサレンに止められてしまった。
「馬鹿な。なぜこの力を受け止められる!」
「あぁ、今度はサレンの番です。そっちが散々殴ったんですから。こっちも殴らせてもらうですよ」
その言葉でブーザーは若干の冷静さを取り戻す。サレンの攻撃はブーザーに痛痒も与えることができなかったからだ。
「今度のサレンは、ちょっと本気です——さぁ遊ぶですよ【
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