第62話 魔人の力
ルーナルの開発した『罪丸』。レインの中にある罪を増幅し、その力を利用するために作られた薬だ。
魔力で身体強化をすることができないレインにとって、『魔人化』は最後の切り札とも言える手段だった。しかしそれは諸刃の剣だ。『魔人化』はハルトの理性を奪う。ただ本能のままに暴れる存在となってしまうのだ。
しかしこの『罪丸』があれば理性を保ったまま『魔人化』することができるかもしれない……というのがルーナルの談だ。
実際に試したわけではない。実際の所の効果はわからない。しかし、今のハルトはこの可能性に賭けるしかなかったのだ。
見た目は真紅の小さな錠剤。意を決して呑み込んだハルトは、喉を過ぎた所でその『罪丸』が溶けるのを感じた。
その瞬間だった。
「っ、ぅ……」
ドクン、ドクンとハルトの心臓が激しく脈打つ。心臓の音が他の人に聞こえるのではないかと思うほどに強く。
ユースティアによって封じられていた罪が、その枷を外して溢れ出ようとする。ハルトの体を呑み込まんとして。
「はぁ、はぁ……ぐぅ!」
ハルトの脳裏に言葉が響く。
(思イ出セ……怒リヲ。家族ヲ、友達ヲ奪ワレタ憤怒ノ感情ヲ!!)
ハルトの脳裏に浮かび上がる過去の光景。家族と友人を失った昔日の記憶がレインのことを蝕む。
ハルトの中の『憤怒』が直接が脳に語り掛けてくるのだ。怒りを忘れるなと。この怒りこそがお前の本質なのだと。
「だま……れ……」
レインとて怒りを忘れたわけではない。忘れられるわけがない。フウカと同じだ。レインの全てを奪った魔人への怒りを失ったことなど一度もないのだ。
しかし、その怒りだけがレインの全てではないのだ。
レインを救ってくれたユースティアの顔が脳裏を過る。ユースティアがレインの命を救ってくれたからこそ、レインは今こうしてここにいることができる。笑うことができる。未来を見据えることができるのだ。
怒りに支配されたりなどしない。そう決意を込めて、レインは叫んだ。
「『
怒りに呑まれかけていた意識が急に鮮明になる。
それと同時に、体が軽くなりそれまでとは比べ物にならないほどの力が体に満ちるのをレインは感じていた。
「レインさん、その目……」
イミテルが愕然とした表情でレインのことを見つめている。
それもそのはずだ。レインの瞳は今、魔人の兄弟と同じように黄金に輝いているのだから。
レインは体の感覚を確かめるように、何度か手を握る。
(問題なく動ける。それにさっきまでとは比べものにならないほど体が軽い。意識もはっきりしてる。これなら……いける!)
グッと拳を握りしめ、レインは魔獣のことを睨みつける。
それまでとは明らかに異なる雰囲気を放つレインを警戒するように魔獣は低く唸り、その周囲を囲むように動き回る。
「終わらせる」
レインは一瞬で背後にいた魔獣の首根っこを抑え、地面へと叩きつけた。
「死ね」
《紅蓮・双牙》の銃口を魔獣の頭に押し付けレインは躊躇いなく引き金を引く。
「まずは一体」
一体を倒したことで、残った二体の魔獣が若干の動揺を見せる。しかしすぐにその動揺を怒りに変えて、猛然とレインへと襲いかかって来る。
先ほどまではその速さに振り回されていたレインだが、今のレインはその動きをはっきりと捉えることができた。
(罪の力が体に満ちてる。いや違う。今もまだ罪は溢れてる。ティアの封印が緩んだからだ。でも思ったほどの勢いじゃない。これならまだ耐えられる。『罪丸』の効果なのか? ……いや、でもそれは今考えることじゃない。大事なのは、俺に戦える力があることだ!)
この力があれば魔獣を倒してイミテルの元までたどり着くことができる。レインにとって大事なのはその事実だけだ。
「ガロロロロロォゥッ!!」
レインのことをかく乱しようと魔獣達はレインの周囲を縦横無尽に動き回る。しかし今のレインにとっては無駄な動きだ。
魔獣に向かって駆け出したレインは自分の動きの速さに一瞬うろたえる。
(さっきも思ったけど、体の動きが速すぎる。俺の思う以上の速さが出てるんだ)
魔力で体を強化したことがないレインは、強化された体の動かし方を知らない。ましてや今のレインは魔力で強化される以上の強化が体に施されているに等しい。急にその動きに慣れろという方が無理だった。
「はぁっ!」
コントロールの効かない体を無理やり動かし、レインは魔獣と戦う。
銃の照準を合わせ、レインは二度引き金を引いた。
「ガゥッ」
最初の一撃は避けた魔獣だったが、続く二発目の弾丸に足を貫かれ転んでしまう。そこを狙ってレインは三発目の銃弾を放った。
一体目と同様に頭を撃ちぬかれた魔獣はそのまま地に伏して動かなくなる。
(これで二体目、後は——)
「ガルラァッ!!」
背後から飛び掛かって来たのは残った最後の一匹の魔獣。レインがわずかに銃を下げたその瞬間を隙だと判断したのだ。
「ちゃんと見てんだよ——【
レインは銃弾に自分の中にある罪の力を込める。それだけで、ただの銃弾は『罪弾』へと変化した。
その銃口から放たれるのは、圧倒的な破壊の力。空中に浮かび上がっている魔獣はその攻撃を避けることができない。
「くたばれ」
吹き飛んでしまうのではないかと思うほどの反動がその身を襲う。『魔人化』で体が強化されていなければレインは無様に吹き飛ぶことになっただろう。
肩が外れるのではないかと思うほどの勢いだったが、その威力は十分で魔獣の体は一瞬で消し炭と化した。
「これで三体……全部だ。はぁ……ぶっつけでやってみたけど、案外できるもんだな——ぐぅ!」
三体の魔獣を全て倒したレインは、自身の中で激しく蠢く罪の鼓動を感じて膝をつく。
そこでハルトはルーナルの言っていたことを思い出した。
『その罪丸にはユースティアの封印の力も込められている。それによってある程度は冷静さも保てるはずさ。あまり深く堕ち過ぎれば話は別だがね』
(っぅ。なるほど。つまり今の俺は罪の力が暴走しかけてるってわけだ。つってもこれどうやって収めればいいんだ。あぁやばい。使った後のことなんも考えてなかった)
ルーナルの罪丸はあくまで罪の力を解放するためのもの。封印する力は一切ないのだ。力を使い過ぎれば前回と同様にレインは罪に呑まれてしまうだろう。
「今はそんなこと考えてる場合でもないか……早くイミテルをあそこから解放しないと」
まだ体が自由に動くうちにとレインはイミテルの方へ向かう。
「まってろ、イミテル」
そして、だからこそレインは気付くことができなかった。
背後に現れた最後の魔獣の存在に。その魔獣はずっと影に潜んでいた。ジッと影に潜み、レインの戦いを見続けていたのだ。
レインが隙を晒すその瞬間を狙って。
「っ! レインさん危ない!」
影から現れた魔獣の存在に気付いたイミテルはレインに警鐘を飛ばすが、一瞬遅かった。
「っ!?」
近づく魔獣の存在に気付いた時にはもう手遅れだった。
「がは……っ!」
「レインさんっ!?」
魔獣の槍のように鋭い尻尾がレインの胸を貫く。それを見た瞬間、イミテルの瞳が絶望に染まる。
胸を貫かれたレインはイミテルの祭壇の前で倒れてしまう。
「まず……これは……」
「あ、あぁ……私が……私のせいで」
祭壇にレインの血が流れる。とめどなく流れる血が祭壇を染め上げていく。
「あぁあああああああああああっっっ!!!」
イミテルの慟哭が響き渡る。
その絶望と、レインと血を引き金に——儀式は始まってしまった。
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