第61話 開戦
「レインさん……どうして」
イミテルはやってきたレインを複雑な眼差しで見つめる。喜び、悲しみ、怒り……様々な感情がイミテルの中で湧き上がっていた。
(わかっていた。レインさんがあのまま素直に帰るわけないなんてこと。レインんさんはそういう人だから)
「どうして……どうして来ちゃったんですか!」
「言っただろ。お前のことを助けに来たって。それに、結局はイミテルのことをなんとかしないと村の人は助けられない。だったら来るに決まってるだろ」
「でも」
「でもじゃねぇ! 俺はお前のことを助けに来た。助けるってそう決めたんだ! お前も、村の人も。全員助けるんだ!」
今も村ではユースティアが村人を救うために行動している。レインがイミテルのことを止めると、救うと信じて動いている。ならばレインはその期待に応えなければいけない。ユースティアの従者として、できなかったなどということは許されないのだ。
「お兄ちゃん、イミテルさんのことは任せたのです!」
「はい!」
一方のサレンは生贄にされそうになっていた子供達を背に魔人達と対峙していた。
「くそ、まずいぞ兄よ」
「わかっている弟よ! そう易々とあの小娘を返しはせんぞ!」
魔人の兄の方が地面を殴ると、レインの行くてを阻むように三体の魔獣が現れる。
「あの魔獣であの男を足止めする。あの間に我らで聖女を倒すのだ!」
「なるほど。名案だな兄よ。ここまで来ればやってやるしかあるまい!」
「お前達がサレンのことを倒すですか? サレンも随分と舐められたものなのです」
「確かに通常時であれば我らが貴様に勝てる道理などあるまいよ。しかし、今は違う。この場は弱体化の結界が貼られている。そのことはお前自身もわかっているはずだ。そしてさらに今宵はブラッドムーン。我ら魔人の力が最も高まる時! これだけの条件が揃えば我らにも勝ち目があろうというものよ!」
「貴様は我らを追い詰めた気かもしれんが状況は全くの逆! 我らこそが貴様らを追い詰めているのだ!」
「さっきからごちゃごちゃうっせーですよ。そんなこと言ってる暇があるならさっさとかかってきやがれです」
確かに魔人の言うとり、サレンは弱体化の結界の影響を受けている。五感が鈍り、臭いで誤魔化されてしまったのもそれが原因の一つだ。しかしそんなことは臆する理由にはならないのだ。
「小細工を弄した程度で勝てるほどサレンは……聖女は甘くないのですよ」
ドン、とサレンの体から魔力が溢れ出る。その威圧感は魔人を怯ませるには十分過ぎるほどだ。
サレンはチラリと後ろで魔獣と戦うレインのことを見る。
(あの魔獣……さっきまでの魔獣とはちょっと違うです。お兄ちゃんなら勝てるはずですけど。とりあえず今はこっちに集中するべきなのです)
レインは魔獣三体を相手にしても引くことなく戦い続けている。あの様子ならばレインでも勝てるだろうと判断し、サレンは目の前の魔人達へと意識を集中させる。
サレンは自分の力に自信は持っているが、それでも相手は魔人だ。油断などできるはずがない。
どう戦おうかと思案していると、サレンの後ろにいた子供達がそっと服の袖を引っ張る。
「お、お姉ちゃん……」
「お姉ちゃん」
二人の瞳は恐怖に震えている。無理もない。急に攫われ、わけのわからないままに魔人に命を狙われたのだから。この場において二人が頼れるのはサレンだけなのだ。
「……大丈夫です。お姉ちゃんがついてるですよ」
安心させるように優しい笑顔を浮かべてサレンは言う。
「お姉ちゃんのことを信じて欲しいのです」
そっとサレンは子供達の手を袖から離し、その手を優しく握る。
「大丈夫なのです」
サレンはそっと魔力を二人に流し込む。サレンの魔力に包み込まれた二人は、心が温まるような、優しい感覚に包まれる。
「だから少しだけ待っててほしいのです」
「……うん」
「いい子なのです。妹の手を離しちゃダメですよ」
少年の頭を撫でるサレン。その背はまるで隙だらけで、サレンの隙を探っていた魔人がその隙を見逃すはずもなかった。
「死ね聖女!」
「貴様の命貰った!」
「っ! お姉ちゃんあぶな——」
「だから、大丈夫なのです」
飛び掛かって来た魔人に背を向けたままサレンは言い放つ。
サレンの胴体ほどの太さがある魔人の巨腕がサレンに襲い掛かる。しかしその攻撃がサレンに命中することはなかった。
「目覚めるのです
純白の衣装がサレンの体を包み込む。その背に生えるのは巨大な二枚の真っ白な翼。サレンの体を包み隠せるほどの大きさだ。その翼が意思を持っているかのように魔人の攻撃からサレンのことを守った。
「なにっ!?」
「なんとっ!」
純白の服に赤のラインが刻まれる。サレンをあらゆる攻撃から守る絶対の防御が完成した。
戦闘聖衣を身に纏ったサレンの姿は神々しさすらあり、少年も少女も一瞬状況を忘れて思わずそのサレンの姿に見入ってしまった。
「さぁ、今度はこっちから行くですよ」
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そしてちょうどその頃、レインは魔人の召喚した魔獣を戦いを繰り広げていた。
魔獣は全て虎のような姿をしている。
「くそっ、邪魔だどけ!」
イミテルの元に向かおうとするレインだが、魔獣の巧な連携に阻まれて上手く進むことができずにいた。
「ガロロロロロゥ!!」
「ガゥァッ!!」
「シャッ!」
互いの隙を補いつつ戦う。魔獣の連携はかなり高いレベルのものだった。それでもレインが押し切られることなく戦えているのは、一体一体がそれほど強くないからだ。だからまだレインでも戦うことができていた。
(違う。こいつらの目的は俺を倒すことじゃない。俺をイミテルから引き離すことだ。時間を稼ごうとしてる)
隙あらばレインの急所を狙って攻撃を繰り出してくるものの、それ以外の行動は非常に消極的だ。レインのことを取り囲み、イミテルに近づけないようにしているだけだ。だからこそレインが攻撃しても容易く避けられてしまう。
(時間稼ぎ……それが目的か。その手には乗るかよ!)
いたずらに時間をかければそれだけイミテルの中の罪が増幅してしまうだけだ。そんなことをさせるわけにはいかなかった。
「【暴食】!」
惜しみなく罪弾を使うレイン。追尾の能力を持つ【暴食】を使って攻撃するが、魔獣は岩を使って弾丸を躱した。
そしてその背後から別の魔獣が飛び掛かり、若干反応の遅れたレインは頬を薄く切り裂かれる。
思わずレインの方へと向かおうとするイミテルだが、魔法陣の結界に阻まれて出ることはできなかった。
「イミテル動くな!」
「っ!」
「大丈夫だ。こいつらはすぐに片付ける。だからそこで待ってろ」
頬の血を乱暴に手で拭って、レインは魔獣達のことを睨みつける。
(これ以上こいつらの好きにさせるわけにはいかない。だから……使うしかない)
レインはそっと胸のポケットに忍ばせておいた物を取り出すレイン。
それは『罪丸』だった。
ルーナルの発明した、レインの力を引き出すための隠し玉。
レインはそれを一錠取り出し、意を決してそれを呑み込んだ。
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