第60話 儀式の場
イミテルが連れて来られたのは山の山頂付近。そこだけは切り開かれたように木が生えておらず、大きく開けた場所になっていた。そしてその中心には祭壇があり、謎の魔法陣が描かれている。その周囲には骨でできたと思われる塔が四つ立っていた。
見るからに不気味な場所だ。
(ここが儀式の場。あの骨が何の骨かは……考えないようにしましょう)
「着いたぞ」
「見ればわかります」
「フフ、随分と機嫌が悪そうだな」
「こんなものを見せられて上機嫌になる方がどうかしてると思いますけど」
「そうか? 我らはこの上なく上機嫌だぞ。なぁ兄よ」
「あぁ弟よ。これから起こることを思えば上機嫌になるというものだ」
そう言って楽しそうに笑う魔人の兄弟の姿に、イミテルは我知らず顔を顰める。
「結界内に入って来た聖女共も、我らの策略にハマっているようだ」
「そのようだな。どんどん我らから離れている」
「聖女……サレン様達もここに来ようとして……」
「救いは来んぞ」
「……わかってます。そもそも、私は救いを求めていい存在じゃない」
「フハハ、そうであったな。多少は道具としての自覚が出てきたか」
その言葉にイミテルは答えることなく、黙って祭壇の方へと向かう。
「この儀式が成功すれば、あの村の人間を全て咎人へと堕とすことが可能となるだろう。今のままでは、貴様と接触の多かった人間しか咎人にはならんだろうからな」
「っ……」
その言葉に、一瞬ウダンのマヅマの顔が脳裏を過る。この村に来てから一番一緒にいる時間の長かった二人だ。記憶の無かったイミテルを拾い、面倒を見てくれた二人。そんな二人に対して恩を仇で返すような真似をしてしまっていることに、イミテルの中の罪悪感はさらに加速する。
(ダメ……何も考えないようにしないと。考えたらそれだけ私の罪悪感が刺激されるだけ。そうなったらこの魔人達の思うつぼ)
しかし、考えないようにと思えば思うほどイミテルは村でお世話になった人のことを想い出してしまう。イミテルのことを忌避する人も多かったが、ウダンとマヅマのように優しく接してくれる人もいたのだということを。
しかし今苦しんでいるのは皮肉なことにイミテルに優しくしてくれた人達だ。その人達はイミテルを避けた人に比べ、イミテルと接する時間が長かったのだから。
(私が……この村に来てしまったから)
「そう思い詰めた表情をするな。これは選別だ。選ばれし者と、そうでない者のな。この選別に耐えた者は人から魔人へと昇華することができるのだ。なぜそれを忌避する。魔人とは人を超えた存在。選ばれし者の証だというのに」
「そうであるな。むしろこのような機会に恵まれたことを村の連中は感謝するべきであろう」
イミテルからすれば全く理解できない理屈。しかし、この魔人の兄弟は本気で言っていた。
「さぁ時間が勿体ない。さっそく儀式を——ん?」
「どうした弟よ」
「おかしいぞ。聖女共がこちらに向かってきている」
「なんだと? 臭いはちゃんと誤魔化したはずじゃなかったのか」
サレンに追いつかれないようにと、魔獣に臭いを染み込ませた道具を持たせ、そこに偽装に魔法を重ね掛けして対処した。自分達はローブと【消臭魔法】を使うことで完全に気配を消していたはずなのだ。
だと言うのに、今サレン達はまっすぐこちらへと向かってきている。その理由が魔人の兄弟には理解できなかった。
そう、魔人の兄弟は音で探されるということを考慮していなかったのだ。この詰めの甘さが二人が任務を失敗し続ける原因でもあるのだが、そのことに二人は気付いていなかった。
「どうする弟よ。まだまだ儀式の準備が」
「慌てるな兄よ。こんなこともあろうかと博士から与えられたあの二頭の合成魔獣を道に配置してある。いくら聖女といえど、あれを倒すには時間がかかるはず。その間に儀式を終わらせればよいのだ」
兄に、というよりは自分に言い聞かせるように魔人は言う。
博士——ドートルから与えられた合成魔獣は単純に身体能力が高いだけでなく、特殊な力を持つ特別性だ。
だから大丈夫だと思いこもうとした魔人だったが、その希望は儚くも容易く打ち砕かれる。
「っ!? こっちに来ているだと!」
「どういうことだ。あの合成魔獣どもは何をしている!」
合成魔獣が倒された気配はなく、しかし誰かに足止めをされたかのようにあっさりと合成魔獣は聖女を通してしまった。
そうなれば後はこの儀式の場へと一直線だ。
「くっ、こうなれば奴らが来る前に儀式を完遂するしかあるまい。やってしまえばいくら聖女といえど手出しはできないのだからな」
「そうだな。急ぐぞ弟よ。おい貴様、すぐにあの魔法陣の中心に立つのだ」
半ば強引に手を引かれてイミテルは魔法陣の中心に立たされる。すると魔法陣はイミテルに反応するように淡く赤い光を放ち始めた。
「よし、魔法陣は正常に機能しているな。あとは生贄を捧げるだけだ」
魔人が腕輪をかざすと影が伸び、その影の中からドサドサッと人が二人落ちてくる。
「この腕輪は非常に便利だな。人程度であれば影の中にしまって持ち運ぶことができる」
「っ!」
イミテルは影から落ちて来た人を見て目を見開く。それは小さな子供だった。
「おにいちゃん……」
「くっ……」
小さな兄妹。背に隠れる妹を庇うように、キッと魔人を睨む小さな少年。しかし恐怖は隠しきれておらず、小刻みにその体は震えていた。
「まさか……この子達を?」
「あぁその通りだ。子供の血肉というのは触媒としてピッタリだからな。この儀式のためにレジスタンスのガキを連れてきたのだ」
「ボ、ボク達をどうする気だ……」
「ん? どうするだと。簡単な話だ。今必要なのは貴様らの血肉。つまり命だ。悪いが時間がないのでな、本来ならばもっと恐怖の感情を引き出してから殺すつもりだったのだが……まぁ、今のままでも十分だろう」
「ま、待ってくださ——」
「“動くな”」
「っ!」
思わず口を挟んだイミテルだったが、すぐさま命令され動けなくなる。
「……くっ」
「おっと、どこへ行くつもりだ。逃がしはしないぞ」
妹の手を引いて逃げ出そうとした少年だったが、あっさりと捕まり妹ともどもイミテルのいる魔法陣の前まで連れて来られる。
「時間がないと言っただろう。手間をかけさせるな」
「ひっ……」
「お兄ちゃんっ」
魔人がその手に持ったナイフを振り上げる。それを見た兄妹はその目を恐怖に染めた。そしてイミテルは振り下ろされようとするナイフを、まるでコマ送りのように眺めていた。
(誰か……)
自分に何かを願う権利などない。それがわかっていてもイミテルは無意識に願っていた。
(お願い……誰かあの子達を——助けてっ!)
その瞬間だった。
「させるかっ!」
「っ!?」
鳴り響く一発の銃声。
魔人はその手に持っていたナイフを飛ばされ、驚愕に目を見開く。
「今ですサレン様!」
「ナイスですお兄ちゃん!」
銃を撃ったのはレインだった。そしてその隣にいたサレンがすかさず飛び出し、魔人と子供達の間に割って入る。
「くぅ!」
「ようやく見つけたですよ魔人共!」
「兄よ、その子供を殺せ!」
「わかっている!」
「させるかです!」
「ぐぉっ」
直接殺そうとしたもう一人の魔人を蹴り飛ばすサレン。魔人の体躯はサレンの倍近くある。だというのに、どんな力で蹴れらればそうなるのかというほどの勢いで魔人は飛ばされた。
「さぁ、贖罪の時ですよ魔人共」
「助けにきたぞ……イミテル」
土壇場でたどり着いたレインとサレン。
最後の戦いが始まろうとしていた。
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