第59話 【鉄死線】
イミテルを追って走り出したレイン達だったが、走れども走れども中々追いつくことができない。魔獣が邪魔をしているということはもちろんのことなのだが、それだけではない何かをサレンは感じていた。
「匂いにむかって一直線に走ってるのに匂いとの距離が縮まらないのです」
「向こうの移動速度が速い……というだけではなさそうですね」
「何かされてるってことですか?」
「かもしれないのです。でも、幻覚じゃないのです。そんな臭いはしないのです」
「に、臭いでわかるものなんですか?」
「お兄ちゃんも慣れればわかるようになるですよ」
「いやたぶん一生無理だと思います」
そもそも魔力の臭いとはなんなのかという話だ。そんな臭いなどレインは今までの人生で感じたことは一度もない。
「安心してくださいリオルデルさん。私にもわかりませんから。理解できるのはサレン様だけです」
「ですよね」
「えぇ、そんなことないです。絶対わかるはずです」
「そんな問答をしている暇はありませんよ。どうするか考えなければ追いつくことができません」
「……あの、一ついいですか?」
「どうかしましたか?」
「今はサレン様の嗅覚を頼りにイミテルのことを追ってるんですよね。なら、その臭いが誤魔化されてる可能性ってありませんか?」
「臭いが誤魔化されている。なるほど。その可能性がありましたか」
「それは考えてなかったのです」
臭いを隠すのではなく、臭いを誤魔化す。鼻に自信のあるサレンはその臭いを正直に追ってしまう傾向があったのだ。
「我々がサレン様の鼻を過信していたということですね。確かにその可能性はあります。あれほど我々から隠れるように行動していた魔人が何の対処もなしでいる方がおかしいですからね」
「でもでも、臭いが追えないとなると面倒なのです」
今までサレンの嗅覚を頼りに追ってきたレイン達。その鼻が騙されていたのだとしたら、レイン達の追う手段は絶たれたに等しい。
「音の方はどうですかサレン様」
「音……ちょっと静かにしてもらっていいです?」
「わかりました」
レインとロゼが黙ったのを見て、サレンは音を拾うことに集中する。風の音。木の音。虫の音。様々な自然音がサレンの耳に届く。その中からサレンは目的の音を探す。
(魔力を耳に集中……もっと、もっと音をよく探すのです)
耳に魔力を集中させたことで、拾える音の範囲がさらに広くなる。そうして見つけた、聞こえたのは明らかに自然ではない複数の足音。それに加えて魔獣の足音も拾うことができた。
「見つけたです。お兄ちゃんの考えた通りだったです。臭いとは真逆の方向で足音を拾ったです」
「当たりでしたか。こんな初歩的な手段にハマるとは……リオルデルさんに感謝しなければいけませんね。どうやら私達も視野が狭くなっていたようです」
「いえそんな。ただ思ったことを言っただけですから。それに結局はサレン様の力に頼ってるわけですし」
「聖女の力を過信しすぎない。わかっていたはずなのに、難しいものですね」
「さすがお兄ちゃんなのです。問題は魔獣をどうするかなのです。これまでとは比べ物にならない大きな足音が二つ。厄介なのが控えてるかもしれないのです」
「なるほど。まだ魔獣のストックがありましたか。向こうはとことん臆病なようですね。わかりました。魔獣は私がなんとかします」
「え、ティーチャルさんが?」
「はい。時間がありません。先を急ぎましょう」
サレンの耳に従って走り続けることしばし、今度はサレンの耳が音だけでなく、臭いも捉えた。
「当たりです。この距離まで来れば臭いも誤魔化せないみたいなのです。それに、向こうも移動を止めてるみたいなのです」
「なにかしようとしていると……止めなければいけませんね」
「急ぎましょう!」
「っ! お兄ちゃんストップです!」
「え!?」
サレンに言われて慌てて止まるレイン。すると、その目の前に炎のブレスが降り注ぐ。もし止められていなければレインは炎で全身を焼かれていただろう。
「リオルデルさん、上です!」
「っ!」
弾かれるように上を見上げるレイン。そこにいたのは見たこともないような異形の存在だった。
「な……なんだこれ……」
「ただの魔獣……というわけではなさそうですね。魔物でもなさそうです」
「サレンも初めて見るタイプなのです」
レイン達の前に現れたのは見上げるほどに巨大な二体の怪物だった。木をなぎ倒しながら、レイン達の行く手を阻むように立ちはだかる。
その姿は一言で言うならば、骨だった。様々な動物の骨が複雑に絡まり合い、形を成している。カラカラと音を立てながら動くその姿は、見るものに恐怖を与える容貌だった。
「明らかに作られた魔獣ですね。どんな能力を持っているかも不明ですか。ですが、私のやることになんら変わりはありません。サレン様、リオルデルさん。先に行ってください」
「いや、でもこれを同時に相手にするのはいくらなんでも」
「問題ありません。むしろ、一人の方が都合が良いのです」
「え?」
「私の戦い方では、他に人がいると全力を出せないんですよ」
「だからって」
「お兄ちゃん、行くですよ」
「サレン様まで」
「お兄ちゃんのするべきことはロゼを心配することじゃなくて、イミテルさんを助けることのはずなのです」
「っ!」
「それに、ロゼは絶対大丈夫なのです。信頼するですよ」
サレンにそこまで言われてしまえば、レインにこれ以上言えることは何もない。
「わかりました。気を付けてくださいね」
「えぇ、もちろんですよ。サレン様とリオルデルさんもお気を付けて」
「もちろんです!」
「はい!」
二体の間を通り抜けて行こうとするレイン達。それを阻もうとした二体だったが、ロゼによって阻まれる。
「あなた達の相手は私ですよ」
「ギギ……ガガ……」
「グ……」
レイン達を潰そうと振り上げた手が空中で不自然に止まる。まるで何かに縛られているかのように。
「他の人がいると巻き込む心配もあったので使えなかったんですが……一人になった今なら何も気にせず使えます」
スルスルとロゼの服の袖から垂れるのはギリギリ目視できるかどうかという細さの糸だった。
「【鉄死線】。特殊な合金で作られた糸です。それなりに値が張る代物なので、普段使いはしないのですけど。だからと言って出し惜しみするような愚策は犯しません。あなた達のことは……スケルトンドラゴンとでも呼びましょうか」
全身が骨でできていて、ドラゴンのような形をしているからという短絡的思考でロゼは二体にスケルトンドラゴン名付けた。
【鉄死線】によって拘束されていたスケルトンドラゴンだったが、驚くほどの膂力で糸を引きちぎる。
「さすがにあれだけでは止められませんか。ですがまぁ、想定内です。躾のなっていないあなた達を躾直してあげましょう。さぁ、かかって来なさい」
ひどく冷酷な瞳でスケルトンドラゴンを見つめ、ロゼはそう告げた。
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