第58話 村の惨状
シオンとの戦いを終えたユースティアは一度王都に戻っていた。その理由は単純で新しい魔導通信機を手に入れるため、そして捕まえた『降魔救罪』の人員を引き渡すためだ。しかし時間がなかったユースティアは贖罪教の本部にいたカレンに全てを押し付け、ろくに説明もしないままに王都を飛び立った。
そしてそのままの流れでサレン達へと連絡をしたのだ。
レイン達との通信を終えたユースティアは魔導通信機をしまって空を飛ぶ速度をさらに一段引き上げた。その表情は少しだけ嬉しそうに綻んでいる。
「あのバカ。やっと自分で決めたのか」
その原因は言わずもがな、レインが自分の力でイミテルを救うと言ったことだ。レインが無意識のうちにユースティアに頼り切っていたことにユースティアは気付いていた。しかしそれではダメなのだ。自分の意思を持って初めて人は強く己を自覚し、前に進むことができるのだから。
大きな判断を下せるということもまた、人にとって大事な資質の一つなのだ。
「まぁ、それが女のためだっていうのがちょっと気に食わないけど。それは置いとくとして」
不満点があるとすればそれだけだ。
もしレインが何も言ってこなかったならば。ただユースティア達に頼ろうとしていたならばレインがどれほど言葉を尽くし、情に訴えたとしてもユースティアは出した結論を変えることはなかっただろう。
「でもレインは覚悟を見せた。ならその覚悟に報いるのも主である私の仕事だ。あいつが戦うための時間くらいは稼いでやろう」
そうして飛んでいる間に、徐々に村が見えて来た。しかし村の様子はユースティアが飛び立った時とはかなり異なっていた。村の至る所で火が上がり、人々が悲鳴を上げて逃げまどっている。
至る所で魔物が暴れている。【
「咎人は四人……この反応は村長の家だな」
村長宅へと向かったユースティアは、ノックをすることもなく扉を蹴破って中へと入る。すると、家の中ではウダンとマヅマが倒れていた。その様子は明らかに普通ではない。黒い靄のようなものが二人の体を包み、蠢いている。
「もう咎人堕ちまでしてるとはな。時間がないし、一気にやるしかないか——『私の罪は私のモノ、あなたの罪は私のモノ』」
その両腕が黒く染まる。そしてそのまま躊躇なく二人の体に腕を突き入れたユースティアは罪の核となる部分を探す。一人の罪の核を探すだけでも大変な作業なのだが、そんなことを言っていられる場合でもない。
「ふぅ、二人同時にやるなんて久しぶりだな。だが、やってやれないことはない。私は世界最強の聖女だ」
閉じていた目をカッと見開き、両腕を引き抜くユースティア。その両腕には確かに黒い塊が握られていた。それこそが罪の塊。根源とも呼べるものだ。
無理やり引きずり出されたことで罪が最後の防衛本能として魔物を生み出そうとする。
「させるか。全ての罪は私の喰われて消えろ」
罪が魔物を生み出すより早く、ユースティアはその罪の塊を口の中に放り込み、嚥下する。
その瞬間感じる、罪の根源。嚥下された罪は胃に到達するよりも早く溶け、ユースティアの体に罪が満ちる。この感覚がユースティアは何よりも好きだった。
「あぁ、感じる。感じるぞ。これがイミテルの罪。なるほど、親殺し。自分で親を殺してしまったということへの『憤怒』。その怒りの業火が燃え上がり、全てを……自分自身すらも焼き尽くそうとしている」
恍惚とした表情で罪を感じるユースティア。イミテルの罪が何に根差すものなのか。ユースティアはその全てを理解した。
「久しぶりに感じた上質な罪だ。分けられた罪でこれなら、本来の罪はどれほどなのか……気にはなるけど、そんなこと言ってる場合でもないか。できれば使いたくなかったが……やるしかない」
ユースティアは家の中にあった姿見の前に立つとそっと目を閉じて鏡に手を合わせる。
「——『鏡が映すは真なる姿? それとも偽り? そこに映るは私の姿? それとも別の誰か? 鏡よ鏡。其の答えをここに示せ』」
ユースティアの詠唱が終わると同時に、ズズズッと鏡の中にいたはずのユースティアが、鏡の世界から現実世界へと出てくる。
【魂源魔法】——『鏡界線』。それがユースティアの使った魔法の名だ。その効果は単純。自身の分身を作りあげるというもの。その分身の活動時間はユースティアの分けた魔力量に左右される。分身体が魔法を使えばその分活動時間は短くなってしまうが、その実力はユースティアと同じ。単純にユースティアがもう一人増えるようなものなのだ。
しかしユースティアにはこの魔法を使いたくない理由があった。
「んー、久しぶりに出てこれた気がする!」
「おい私。私の姿ではしゃぐな。ムカつく」
「あ、ダメだよ私。そんな怒った顔してちゃ。せっかくの美人が台無しになっちゃう。こうやって笑ってー、きゃはっ☆ ってしてみよ。絶対可愛いからさ。ほらほら!」
普段のユースティアであれば決してしない仕草と声音で話す、分身体のユースティア。これがユースティアが『鏡界線』を使いたくなり理由だ。生み出された分身体は自我を持っているのだ。
「やめろ私の姿でそんなことするな!」
「えー、なんでよー。こんなに可愛くて美人なのに生かさないなんてもったいないじゃん」
鏡の前に立って様々なポーズを取る分身体ユースティア。グラビアアイドルのような際どいポーズまで披露している。自分のそんな姿を見せられたユースティアは額に青筋を浮かべて怒鳴る。
「私の体で遊ぶな!」
「これは私の体だもん。あなたと瓜二つなだけでね」
「いい加減にしろ。殺すぞ」
「できるならやってみれば? でもそんなことしてる時間あるのかなー? 何か緊急事態が起きたから私を使ってるんでしょ」
「ちっ」
性格は全く違うとはいえ、相手はユースティアの分身体。その思考回路は理解しているのだ。
「ってあれ? レインいないじゃん! 私の出て来た意味は?!」
「知るかそんなこと。第一、お前とレインは絶対に会わせない」
「ケチ。レインのこと可愛がりたかったのに」
「私のレインだ。いくら私でも手を出すのは許さないからな」
「うわー、自分にまで嫉妬するとか引くわー」
「嫉妬じゃない!」
「はいはい。それで、私に何をして欲しいわけ?」
「この村にいる咎人を一か所に集めること。咎人堕ちしてない村人の罪を喰らうことだ。一人じゃ手が回らないからな」
「なるほどね。私が必要なわけだ」
「必要な情報は視覚共有で送る。村の中心の広場に集めろ。ついでに村の中にいる魔物の排除だ」
「オッケー。任せてよ。なんて言っても、私は世界最強の聖女だからね」
「私が、世界最強の聖女だ」
「同じじゃん」
ケラケラと笑いながら言う分身体ユースティア。そんな自分の姿に腹を立てながらも、ユースティアはルーナルの作りあげた【
「それがルーナルの最新作?」
「そうだ」
「なーる。それで見つけるわけね」
「白々しいこと言うな。知ってるくせに」
「あはは、会話って大事だよ。知ってることでもね」
「だとしても私は私と会話する趣味はない」
「つまんないの。さっさと終わらせてレインに会いに行こーっと」
「あ、おい待てふざけるな!」
呼び止める間もなく分身体ユースティアは出ていってしまう。その姿はもう夜の闇の中に紛れてしまった。
「ちっ。まぁいい。あれでも私だ。やることはやる」
空高く舞い上がったユースティアは【悪魔の心眼】を発動させる。その瞬間、ユースティアの視界に罪が映るようになった。【悪魔の瞳】では見えない、咎人堕ちする前の罪。一度使ったことで、使い方は理解している。
「ほとんど全員に反応ありか。咎人堕ちしかけてるものから中心に集めるか」
咎人堕ちしかけている人ほど黒く見える。それを理解したユースティアは分身体と視覚を共有し、動き始めた。
「村でこれ以上の被害は出さない。だからレイン、後はお前次第だぞ」
姿の見えないレインに向けて、ユースティアは小さくそう呟くのだった。
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