第57話 下される決断
「待て、待ってくれ!」
レインは思わずそう叫んでいた。ユースティアを説得できるだけの言葉など思いつかない。それでもここで声を上げなければ処置が決定してしまう。それだけは避けなければいけなかったのだ。
『待てというのは? 何を待てと?』
「イミテルを魔人と同等の存在としてなんて、そんなの間違ってる!」
『間違ってるいると……であれば、レインは何か対案を用意できますか? 私達を納得させることができるだけの案を』
「それは……」
『現状はすでに悠長に考えられる段階を過ぎました。事は急を要します。あなたの子供じみた我儘に付き合ってる時間はないんです』
ユースティアの言うことはどこまでも正論だ。レインがイミテルを助けたいというのはただの我儘。前回と同じだ。ユースティアを説得できるだけの言葉をレインは用意できていなかった。
「…………」
『言い返す言葉もありませんか? 情けないですね。あれだけイミテルさんを救いたいと言いながら、何も考えてなかったんですか?』
何も言わない、言えないレインに対しユースティアは冷徹な言葉を浴びせる。しかしレインはその言葉の中に、僅かな苛立ちを感じ取った。
(苛立ち? なんで、どうしてだ? 俺がバカなことを言ってるから? いいや違う。たぶんそれだけじゃない。ティアは何かを求めてるんだ。俺が何かを言うことを)
それは長年ユースティアと一緒にいたからこそわかることだ。ユースティアがどんな言葉を求めているのか。レインに何を期待しているのか。必死に頭を働かせて考えるレイン。長時間考えている余裕はない。
(方法があるのか? 何かイミテルを救う方法が。それを俺が思いつくことを期待してる? いいや違う。ティアはそんな奴じゃない。そんな方法があるなら隠さずに言ってるはずだ。ティアは何を……)
その時だった。稲妻のようにレインに閃きが走る。
そう。その方法はすでに示されていた。ユースティアを説得するための言葉はすでにレインに与えられていたのだ。
“なにかしたいって言うならまずお前が動け。話はそれからだ。それもせずにすぐ私を頼ろうとするな!か”
(そうだ……ずっと言ってたじゃないか。俺はまだそのことを理解できてなかったんだ。そりゃ怒るよな。当たり前だ)
レインにとってユースティア、聖女とは絶対的な存在だった。人とは堕落する生き物だ。身近に強い存在がいればその人に頼りたくなる。ユースティアと共にいたレインは気付かぬうちにユースティアに頼ればなんとかなると思うようになってしまっていたのだ。しかしそれが正しい主従の形であるはずがない。
ロゼに出会った時に言われたことでもある。主の間違いを諫めることもまた従者の仕事であると。
レインはそれができていなかった。気付けていなかったレインはユースティアに相応しくないと言われても仕方ないのかもしれない。
(ティーチャルさんにも言ったじゃないか。たとえティアと戦うことになってでも、俺はイミテルを救いたいって)
どうして欲しいかではなく、自分がどうしたいか。その意志を貫く覚悟があるか。あらためて自分の心に問いかけ、出た答えは一つだけだった。
「イミテル……泣いてたんだ」
『なんの話ですか?』
「魔人と一緒に行ってしまう前に、確かにあいつは泣いてた。だからってわけじゃない。それだけじゃない。優しい奴なんだよあいつ。そんな奴がさ、こんな理不尽な目にあっていいわけがない。救われない世界なんてあっていいわけがないんだ」
『それがあなたの想いですかレイン。でもだからと言って私は意見を変えたりは——』
「だから、俺が助ける」
『っ!』
魔導通信機の向こうでユースティアが息を呑んだのがレインにも伝わった。
「俺が、俺の全部であいつを助ける。俺はもうそう決めたんだ。方法があるかどうかなんて関係ない。そのためならお前とだって戦ってやるよ」
『……本気なんですね』
「あぁ。俺は本気だ」
これが正しいかと言われれば多くの人は間違っていると言うだろう。でも、それでもレインにとってはこれがただ一つの正解だった。
少しの沈黙の後、くぐもった笑い声が聞こえてくる。それは他の誰でもないユースティアの笑い声だった。
『……フフ、アハハハ! 愚にもつかない詭弁を用意してくるかと思ったのに。何も考えてなかったなんて。しかも結局はノープラン。あるのはただ想いだけ。舐めてるとしか思えないバカ、馬鹿、大馬鹿の発言。でも……』
少しだけ声音に嬉しさを滲ませてユースティアは言う。
『そんなあなただから私の従者に相応しい。感情論でいい。正しい理論も何もいらない。そんなレインにしか掴めない正解がある。でもそれは自分で動いて初めて掴めるものだから。ようやく理解しましたか。この大馬鹿』
「大馬鹿は余計だろ」
『これでも褒めてるんですよ。サレン、レインに通信機を渡してください』
「あ、はい。わかったです」
魔導通信機を手にしたレインにユースティアはサレン達から少し距離を置くように言う。
「離れたぞ」
『そこなら声は届きませんか?』
「あぁ、聞こえないと思う」
『ならよし。ほんっっとにグズだなお前は。やっと自分の何が間違ってたかわかったかこのバカ、馬鹿、大馬鹿め』
「今回ばっかりは言い返せないけどそこまで言うことないだろ。俺だっていっぱいいっぱいだったんだから」
『だからバカなんだお前は。本当にいっぱいいっぱいだったのはイミテルだ。でもお前はそんなことにすら気付かないで。お前に、他でもないレインに救いを求めたイミテルを無視して私達を頼ろうとした』
「……あぁ、そうだな。そこはホントに情けないと思うよ」
『イミテルを本当の意味で救えるとしたらお前しかいない。サレンでもロゼでも、そして私でもない。お前だけなんだ』
「……あぁ」
『覚悟の上に覚悟を重ねろ。お前が進もうとしてるのは茨の道だ。折れることは許されない。それがイミテルを救うってことだ』
「わかってる……なんて、言葉じゃダメなんだろうな。でもやり切ってみせるさ」
『……レイン、一つ……一つだけ、イミテルを救う方法がある』
「方法が?」
『限りなくゼロに近い可能性だ。もしかしたらもっと最悪の事態を招く可能性もある。それでも聞くか?』
「あぁ。手段は一つでも多い方がいい」
『わかった。その方法は——』
「お兄ちゃん、もう通信終わったですか?」
離れた位置にいたレインが戻って来たのを見てサレンが駆け寄る。
「はい。ありがとうございました」
「それでどうなったです? どんな内緒話してたですか?」
「全部は言えませんけど……さっきも言ってた通り、村の方はユースティア様がなんとかしてくれるそうです。だから俺達は気にせず進めと」
「ここから村まで戻っていては時間的ロスが大きいですからね。任せられるのであれば任せるべきでしょう。それで、肝心のイミテルさんを救う方法ですが……何か考えはあるので? まさか本当に無策であんなこと言ったんですか?」
「うっ、それは……そうなんですけど。今は違います。一応一つだけ方法は見つけました」
「一つだけですか。あまりにも心もとないですが、ないよりはマシでしょう」
「でもこの方法は俺にしかできなくて。だから、イミテルは俺に任せて欲しいんです」
「……いいでしょう。問題ありませんねサレン様」
「はいです。魔人はサレンがぶっ飛ばすですから、安心して任せるといいのです」
「ありがとうございます」
「んふふー、さっきのお兄ちゃんすごくカッコよかったですよ?」
「さっき、ですか?」
「ユースティアさんに向かって『俺助ける』なって中々言えないのです。痺れたのです。もっともっと好きになったのです」
「えぇと……」
レインが反応に困っていると、ロゼが横から口を挟んでくる。
「サレン様、無駄口を叩いている暇はありませんよ。予想以上に時間を使っています。ここからは飛ばして行きましょう」
「やってやるです!」
「はい!」
(待ってろイミテル。俺がお前のことを絶対に助けるからな!)
もはや迷いなど何もない。レインは『紅蓮・双牙』を引き抜きイミテルのもとへ向けて走るのだった。
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