第3話 フェリアルとカルラ
ユースティアの担当している帝都から列車で約一時間ほどの距離、ガバライト州にフェリアルの屋敷はあった。フェリアルの屋敷は多くの貴族達が屋敷を構えている街のその中心にあった。多くの屋敷が居並ぶなかで、一際大きく存在感を放っているのがフェリアルの屋敷だった。
乗ってきた列車から降りたレインは遠くに見えるフェリアルの屋敷を見て思わず呟く。
「相変わらずでっかい屋敷だなー」
「ふん、私だってその気になればあれくらいの大きさの屋敷作れるんだからな」
「いや、それはそうかもしれないけど……お前の家に住んでるの俺とティアだけなのに、こんな大きな屋敷作ってもしょうがないだろ」
多くの使用人を雇い、住まわせているフェリアルとは違いユースティアは自分の家に他の誰かがいることを嫌っている。そのため、掃除をする人、料理をする人などを雇ってはいるものの同じ家には住んでいない。レインだけが例外として部屋を与えられているのだ。
「確かに。それもそうだ」
「フェリアルさんはティアと違って社交的で、今回みたいに色んな人を家に呼んだりしてるだろ。そりゃこれくらいの家の大きさは必要になるって」
「私と違って、は余計だろこのバカ」
「バカってなんだよ。事実を言っただけだろ」
「何が事実だ。私だって十分社交的だ!」
「どこがだよ! 休みの日だってほとんど誰にも会わずにゴロゴロしてるだけのくせに」
仕事が無い日のユースティアは基本的に寝室でゴロゴロしているだけだ。寝室から動かず、ご飯もレインに自室まで運ばせる。怠惰極まりない生活をしている。
「あれは英気を養ってるだけだ。普段の仕事が忙しいからな。たまの休みくらいどう過ごしたって自由だろ」
「自由は自由だけどなぁ。せめてもう少しちゃんとしてくれ」
「断るっ!」
「なんでだよ!」
「私はお前を困らせるのが大、大、大好きだからだ!」
「胸張って言うことか!」
「生きがいと言ってもいい」
「そんな生きがい捨ててしまえ!」
思わず叫ぶレインだがユースティアがレインの意見を聞くはずもない。もっとも、レインもユースティアが話して聞くようなら最初から困るようなこともないのだが。
「はぁ、もういい。この話は今は置いておく」
「いつ話しても結果は変わらないぞ」
「今は、置いておく。いつまでもこんな往来で立ってても邪魔だから早く行こう。フェリアルさんも待ってるだろうし」
「あいつなんかずっと待たせてればいいだろ」
「そういうわけにもいかないだろ。他の人にも迷惑かけることになるんだから。ほら、早く行くぞ」
しぶるユースティアを引っ張ってレインは読んでいた馬車に乗りフェリアルの屋敷の門の前まで移動する。孤児院と同じく、門の前には守衛が立っていた。守衛達は近づいて来るレインを見て一瞬警戒したが、その後ろにいたユースティアの姿を見て警戒を解く。
「これはユースティア様、お久しぶりです」
「お久しぶりです。オスカーさんにダルグさん」
さきほどまでの態度はどこへやら、表の楚々とした聖女としての皮を被るユースティア。この変わり身の速さだけは一級品だなとレインは思わず感心してしまう。
「おぉ、私達の名前を覚えていただけてるとは」
「感激です!」
「私の友人のフェリアルさんの家を守る大事な守衛さんですもの。覚えていて当然です」
「ありがとうございます!」
「ユースティア様に名前覚えられてるなんて、友達に自慢できますよ!」
「ふふ、そんな大層なことじゃないですよ」
「おっと、こんな所で引き留めてしまって申し訳ありません。フェリアル様は中でお待ちですよ」
「ありがとうございます。お仕事、頑張ってくださいね」
「「はいっ!!」」
そう言ってユースティアが微笑みかければそれだけでオスカーとダルグは有頂天だ。先ほどまでよりもずっとはりきって門の前に立つ。
二人から十分距離ができた所で得意げな表情でユースティアが言う。
「ふふん、どうだ。私の人気もなかなかだろう。ま、当然だがな」
「ほんと外面だけはいいもんな」
「外面だけってなんだ。私は全てが素晴らしいに決まってるだろ」
「それ本気で言ってるのか?」
「当たり前だ」
「…………」
「おいなんだその目は」
「ティアのそういう自分への自信が半端じゃない所、ホントすごいと思うよ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
などと雑談をしている間に、レインとユースティアは屋敷の扉の前にたどり着く。しかし、勝手に扉を開けて家の中に入るわけにもいかない。レインが扉を開けてもらうために呼び鈴を鳴らす。
「……ん?」
何かの気配を感じたユースティアはスッと扉の近くから離れ、距離を置く。しかしレインは、全く気付いておらず扉の前でジッと開くのを待っていた。
「どうしたんだティア。なんでそんなところに」
「いや、レイン。そこにいたら——」
「ティーーーーーーーアーーーーーーーッッッ!!!」
「げぶぁっ!!」
「危ないぞって……遅かったか」
扉を蹴破らんばかりの勢いで開き、突進してきた一人の女性。その女性はそのままの勢いでレインにぶつかり押し倒していた。突然のことに全く反応できなかったレインは受け身をとることすらできず、思いっきり地面に体をぶつけてしまっていた。
「フェ、フェリアル様……お、俺です。ユースティア様じゃないです」
「あれ、ホントだ。久しぶりレイン君」
かろうじてレインが声を絞り出すとレインを押し倒した女性——フェリアルはゆっくり体を起こしにこやかな笑顔で挨拶する。燃え盛るような赤い髪とたわわに実った胸が特徴的な女性だ。押し倒された瞬間胸が押し当てられ、そっちに気が取られてしまったせいで受け身をとることができなかったとは口が裂けても言えない。ユースティアと同じ紅い瞳を楽し気に輝かせている。
しかし、フェリアルは一向にレインの上から退く気配を見せず。ずっとニコニコとしたまま動かない。
「あの……フェリアル様?」
「ん? どしたの?」
「そろそろ退いていただけると……」
「どーして?」
「いやその……色々と困るんですが」
「何が困るのかなー。あ、もしかしてナニが困ったことになっちゃうのかな?」
「何言ってんですか!」
ニヤニヤとしながらからかうように言うフェリアル。その視線はレインの下半身の一点へと向けられていた。
そんな様子を見ていたユースティアが少しムッとした表情でフェリアルに注意する。
「フェリアル、レインから離れてください」
「あれれ、どうしたのティア。もしかしてー……嫉妬しちゃった?」
「違います! こんな人目につく場所で……いえ、人目につく場所でなかろうと。男女がみだりにくっつくものではありません! フェリアルはレインのことをまだ小さい子供のように考えているのかもしれませんが、レインだってもう17歳なんですよ」
「そんなのアタシだって知ってるよー。昔よりずっとおっきくなったもんねー。体も……ここも」
「ちょっ!?」
「フェリアル!!」
「ふふ、怖い怖い。わかりました。私は離れますよー」
ユースティアに本気で睨みつけられてようやくフェリアルはレインの上から退いた。フェリアルの柔らかい肢体やその匂いを間近で堪能することになったレインは頭をブルブルと振って煩悩を振り払う。
レインの上から退いたフェリアルは今度はユースティアにギュッと抱き着く。
「久しぶりティア」
「くっつかないでください」
「もう。レイン君にちょっかい出したからってそんなに怒らないでよー」
「別に怒ってません」
「ティアは相変わらず素直じゃないなー。そういう所も可愛いんだけどさ」
「知りません」
プイっとそっぽを向くユースティアの頬をツンツンとつつくフェリアル。レインからすれば珍しい光景だ。ユースティアをからかうことができる人はそういない。それができるのも、フェリアルだけが唯一ユースティアにとって聖女としての先輩だからだ。ユースティアは聖女になって12年なのに対しフェリアルは聖女になって13年。そして年齢もフェリアルの方が上なのだ。そういった事情もあって、ユースティアもフェリアルにだけは強く出ることができないのだ。ユースティアとレインにとって姉のような存在とも言える。
しかしこれ以上放置すると後が怖いので、レインも助け舟を出す。
「あの、フェリアル様。久しぶりにユースティア様と会えて嬉しいのはわかりますがその辺りで……何かお話があったのでは?」
「あ、そうだった。こんな所じゃなんだし入って入って」
レインの言葉で用事を思い出したフェリアルは二人を屋敷の中へと案内する。フェリアルの家の中に入ると多くの使用人があちらへこちらへと動き回っていた。
「ごめんねー慌ただしくて」
「何かあったんですか?」
「まぁちょっとね。今日ティア達を呼んだのはこのこと絡みでもあるんだけど……ま、話は後でね。ご飯までまだ時間あるしさ、部屋は準備してあるからそこに行こっか」
若干言葉を濁しつつフェリアルはユースティア達を応接室へと案内する。そんなフェリアルの様子に疑問を覚えつつも、何もわからないユースティア達はついていくしかない。ただレインの本能が嫌な予感をひしひしと感じとってはいたのだが。
「どうぞ入って。飲み物をすぐに持ってきてもらうから」
「えぇ、ありがとう——って、え?」
「ん、久しぶりレイン、ユースティア」
「カルラ?」
ユースティアとレインが応接室に入った時、そこには先客がいた。それはハルバルト帝国の聖女、カルラだった。何を考えているのかわからない表情と無機質な瞳でジッとユースティアとレインのことを見つめていた。
「違う人に見える?」
「いえ、そういうわけではなくて……ただ、いると思ってなかったので」
「聞いてなかったの?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「聞いてません」
「あはは、ごめんごめん。今日はティアとカルラの二人を呼んだんだよね」
「レインに会えるなら、私に断る理由は無かった」
「……そうですか」
穏やかな表情のユースティアだが、その内心が穏やかで無いのことはレインには手に取るようにわかった。その理由は単純でユースティアはカルラのことがあまり好きではないからだ。
「レイン、会いたかった」
「えーと、お久しぶりです。カルラ様」
「カルラでいい」
「いやでも……」
「この場には私達しかいない。だから……ね?」
「うっ……」
カルラはレインに抱き着いた姿勢のままコテン、と首を傾げてレインのことを見上げる。レインはどこか妹のことを彷彿をさせるカルラにこうしてお願いされるとなかなか断ることができなかった。
そんなレインを見かねたユースティアがカルラに言う。
「カルラ、あまりレインのことを困らせないでください」
「……困ってるの?」
「いや、困ってると言うか……」
「レインが嫌だって言うなら……我慢する」
「嫌ってことはないけど……」
「だって。レインが嫌がってないならいいよね?」
「……そうですね」
少しだけ勝ち誇ったような表情でユースティアのことを見るカルラ。レインがそう言ってしまった以上、ユースティアに言えることはない。ユースティアはレインのことを一瞬だけジロっと睨みつけて引き下がる。レインもユースティアからの助けを無下にしてしまったことを申し訳なく思いつつもカルラのことを引き離せずにいた。
こうなってしまった以上、ユースティアからの助けは期待できずレインは自分自身でなんとかするしかなかった。
「……はぁ、わかった。わかったよカルラ。これでいいんだろ?」
「ん」
「この場にいるのが俺達だけだからいいけど、他の人がいる場所ではこうやって抱き着いたりは絶対にやめてくれよ」
「それはちゃんとわきまえてる。だからレインも、私達だけの時は名前で呼んで欲しい」
「あ、ずるーい。じゃあアタシもね。レイン君。この部屋には私達以外来ないようにいってあるからさ」
「……フェリアルさん」
「ホントはさんもいらないけど……まぁいっか。やっぱり様付けじゃ距離感じちゃうしね」
「この場だけですよ?」
「わかってるって。さすがにそこまでレイン君に迷惑かけるつもりは無いから。ティアにも怒られちゃうしね。レイン君が」
「俺がですかっ!?」
レインがチラリとユースティアの方を見てみれば、そこには表面上は穏やかにしながらも明らかに不機嫌なユースティアの姿があった。それを見てレインは確信する。これは後で確実に説教コースだと。
決まってしまった未来に憂鬱な気分になっているとクイっとカルラがレインの服の袖を引く。
「ん? なんだ?」
「もしユースティアの従者でいるのが嫌になったら、いつでも私の所に来てくれていい。私はいつでも待ってる」
「え?」
「カルラ。レインは私の従者です」
「ん、知ってる。でもそれは今だけの話。未来はわからない。いつかあなたが愛想を尽かされないとも限らない」
「なっ!? そ、そんなこと」
「なんであれ決めるのはレイン。私はレインに従者になって欲しい。だからあなたに何を言われても勧誘は止めない」
「…………」
「…………」
若干威圧感の増したユースティアからの視線をものともせず受け止めるカルラ。二人に挟まれる形となったレインは冷や汗が止まらなかった。
そんな一触即発という二人の間に割って入ったのはフェリアルだった。
「はーい、二人とも喧嘩しない。そんなことしてたらアタシ怒っちゃうよ」
「……そうですね。ごめんなさい」
「ん、私も」
「よしよし。いい子の二人はアタシがなでなでしてあげ——」
「結構です」
「いらない」
「冷たいっ!?」
「そんなことよりも早く私達を呼んだ理由を教えてください」
「あ、そうだった。それじゃあみんな座って。あんまり長い話にはならないからさ」
そしてフェリアルはユースティア達を呼んだ理由について話し始めたのだった。
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