第4話 フェリアルの相談事

「魔物の被害件数が増えてる……ですか?」

「そう。それも一部の地域だけでね」


 フェリアルの相談とはまさにこのことだった。魔物の被害件数の増加。それは聖女として見逃すことができるものではなかった。しかもその件数に違和感を覚えるとなればなおさらのことだ。


「この今月の魔物の被害件数がすでに先月を超えてる。このペースで行くと三倍以上になるんじゃないかな」

「三倍……それは異常ですね」

「フェリアルが仕事サボってるだけじゃないの?」

「カールーラー? いくらアタシでも聖女の仕事サボるわけないでしょ」

「でもこの件数は明らかに異常。フェリアルがサボっていないとすれば、考えられるのは……」

「魔人の存在、ですか」


 その言葉を聞いて後ろで話を聞いていたレインがピクリと反応する。ユースティアはそのことに気付いていながらあえて気付かないフリをした。


「魔人がいるとなればこの被害件数の増加も納得できます」

「だよねー。アタシもそう思ったのさ。でも一か所だけで増加してるならまだしも、今回はそうじゃない。アタシの担当してるガバライト州の中で三か所。それも決して近くない場所で同じことが起きてるの」

「贖罪官の派遣は?」

「もうしたよ。でも結果は白。魔人の痕跡なんか全く見つけられなかったってさ。あの鼻だけは効く断罪教の人たちも同じ結果だったみたいだよ」

「断罪教まで動いたんですか?」


 断罪教。それはユースティア達の贖罪教と対立するもう一つの組織。贖罪教の理念が『罪を憎んで人を憎まず』ならば断罪教は『咎人は人間にあらず』だ。咎人となった人を救う贖罪教に対して断罪教は咎人を殺す。そしてもちろん、断罪教の断罪対象には魔人も含まれている。いや、むしろ魔人の殲滅こそが目的と言っても過言ではない。

 魔人を見つけるということに関しては贖罪教よりも断罪教の方が上だ。その断罪教が白だと判断したならばそれが正しい結果であるはずなのだが、それをフェリアルは認めなかった。


「咎人自体は見つかっているのですか?」

「ううん、それも見つかってないんだ。なおさらおかしいでしょ?」


 魔物が生まれるためには咎人の存在が不可欠だ。咎人無しに魔物は生まれない。しかし、魔物を生んだはずの咎人の存在は見つかっていないという。


「あいつらが動いて白だと判断した時、アタシの中で予感が確信に変わった。この一件には確実に魔人が絡んでる。だってそうでしょ。あまりにもできすぎてる」

「複数個所での魔物の被害件数の増加。見つからない咎人。そして魔人がいないと判断した贖罪官と断罪官。確かにおかしいですね」

「魔人が自分の痕跡を消しながら咎人存在を消してる……ってこと?」

「咎人を喰らって自分の力を高めてるのか、他の目的があるのか。なに考えてるかなんてさっぱりだけどさ。でも魔人がいるのだけは確かだと思うんだ。白だって判断した以上向こうはこれ以上動かないだろうけど。もし同じことが起きつづけたら……ちょっとシャレにならないからね」

「そうですね。もし魔人がいるのならば、野放しにしておくわけにはいきません」

「……こういう時のフェリアルの予感は当たるから嫌だ」

「ですね」

「ちょっとちょっと、それは褒めるところじゃないの!」

「これでも感心してるつもりですよ。こういう時のフェリアルの勘ほど頼りになるものはありませんから。それでつまり、私達を集めたのは……この場所に派遣するためですね」

「そう。そういうこと。魔人が絡んでるなら一分でも一秒でも早く解決したい。でもこの三か所は離れすぎてるからさ。移動だけでも時間がかかっちゃうわけ。もしその間に魔人に逃げられたら目もあてられないでしょ。だから同時に行く。そこでティアとカルラを選んだのさ」

「どうして私達なの?」

「ミューラは今他国に出張中。サレンはまだ新米過ぎて任せるにはちょっとね。まだ自分の担当地区だけで精一杯だろうし。その点二人なら実績は申し分ないし、二人の穴埋めにもならないけど一応こっちから人員は派遣して最低限の仕事はさせるからさ。ね? お願い! このとーり!」

「……はぁ。どのみち魔人が絡んでいるかもしれないと言われて断れるわけないですよ」

「私も。今は急ぎの仕事もないし、別にいいよ」

「ホントに!? やった! これで解決したも同然だね!」

「まだ早いですよ。本当に魔人がいるかどうかもわからないですし。もしいなかったなら、それはそれで原因を探らなくてはいけないですし」

「そうだけどさ。二人の力が借りれるなら百人力どころじゃないからさ」

「レインも、問題ないですね」

「ん、あ、あぁ。大丈夫だ。こっちも急ぎで終わらせないといけないような仕事はないしな」

「そう固くなることはありませんよレイン」

「え?」

「あなたが何を危惧しているかはわかっています。ですが、私達が動くのです……これ以上被害を拡大させたりしません」

「ん、任せて欲しい」

「聖女が三人動くんだから、魔人なんてイチコロだよ!」


 魔人と聞いて身構えてしまっているレインの気持ちを安心させるようにユースティア達は優しい笑顔をレインに向ける。それを見てレインは固くなりかけていた心が解きほぐれるのを感じた。ユースティア達の力はレインもよく知っている。この三人が動いて解決できないことがあるとレインには思えなかった。


「そうだな。ごめん、ちょっと神経質だった」

「無理もありません。レインの場合は事情が事情ですから」


 魔人に目の前で家族を殺され、一人生き残った少年。それがレインだ。魔人の存在を必要以上に気にしてしまうのも無理はない。


「さてと、それじゃあ話もまとまったところでさ。二人にお願いしたい場所を言っとくね。まずカルラはドミオン、ティアはナミル、アタシはラリールに行くから」

「わかりました」

「ん、了解」

「ま、今さら二人に言うようなことじゃないけどさ。魔人がいたとしたらどこで動くかわからないから、くれぐれも用心してね」

「ふふ、当然です。本当に今さらの話ですよ」

「そんなところで先輩風吹かそうとしても無駄」

「あ、ひどい! せっかく心配してあげたのにさ。っていうか正真正銘先輩なんだからたまにはいいでしょ!」

「それなら普段からもっと先輩らしくしていただかないと」

「フェリアルのことを先輩だなんて思ったことない」

「うわーん! レイン君! 二人がアタシのこといじめるー! アタシちゃんと先輩してるよね? ね?」

「え、あ、はい。してると思います……よ?」

「なんでアタシから目を逸らすのレイン君!?」

「誤魔化すのが下手ですねレインは」

「そんなことより喋るの疲れた……喋るのめんどい」


 ギャーギャーと騒ぐフェリアルを見てクスクスと笑うユースティアとソファに深くもたれかかってめんどくさそうに欠伸するカルラ。そんな賑やかな光景は使用人が料理ができたと呼びに来るまで続いたのだった。





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 食堂へと案内されたユースティア達は一つの机を囲むようにして座る。しかし座るのはユースティア、フェリアル、カルラの三人だけだ。他の使用人の目があるこの場で従者であるレインが座ることは許されないからだ。

 レインはユースティアの後ろに立ち、ジッと構える。


「アタシの悩み事が一つ解決したところでさ、二人は最近どうなの?」


 使用人達が静かに料理を運んでくるなか、フェリアルがユースティア達に話を振る。


「どうと聞かれましても……変わりなく、としか答えられません。私のすることは聖女となって以来一度も変わったことはありませんから。咎人を救い、魔物を退治する。それだけの生活です」

「ん、同じ」

「いやまぁそれはそうなんだけどさ。もっとこう……あるじゃん。話し広げていこうよ」

「すいません雑談があんまり得意ではないので」

「ん、同じ」

「えー。あ、そういえばさ。この間ティアに結婚申し込んできた人いたよね。結局どうしたの?」

「?」

「ほら、あの貴族のお坊ちゃんだよ」

「あぁ、あの話ですか。私のような者に結婚の申し出をしてくださったのはありがたかったのですが、お断りしました」


 フェリアルが話しているのは一月以上前にユースティアに求婚した貴族の話だ。人々の行き交う往来で大量の花束と共にプロポーズしてきたのだ。聖女の結婚は禁止されているわけではない。だからこそ一縷の望みをかけてユースティアに告白する男は少なくない。その全てをユースティアはにべもなく切り捨てているのだが。


「えー、もったいないなー。結構なイケメンだったのに」

「だからといってよく知りもしない人から告白されても困るだけです。彼にはきっと私より相応しい人が現れますよ」

「冷たいなーティアは。お試しで付き合ってみればよかったのに」

「他人事だと思って好き勝手言わないでください」

「だって他人事だしー。いいなーティアは。これで何人目?」

「ここ一月で言うなら……七人目ですね」

「一月でそれ!? はーっ! もうやってらんない」

「フェ、フェリアルだってそれなりに告白されているのでしょう?」

「そうだけどさー。なーんかアタシに告白してくる人って下卑てるっていうか、あんまり好きになれないんだよねー。アタシ個人じゃなくて、アタシの持つ聖女の肩書みてる感じがするっていうか」

「なるほど。まぁそれはわからなくもないですけど」

「カルラは? そういう話とか全然聞かないけど」

「ないよ」

「へー、意外……ってほどでもないか」

「それどういう意味?」


 ジロっとフェリアルのことを睨みつけるカルラ。その途端にキョドりだすフェリアル。わたわたと手を振って弁明する。


「いやだってほら、カルラって何考えてるかわからないとこあるじゃん。だから男の人も近寄りづらいのかなーみたいな」


 フェリアルの言う通り、基本的に無表情のカルラは何を考えているのかわかりづらい。そしていつも淡々と仕事をこなすその様から裏では『機械聖女』などと揶揄する者もいるほどだ。カルラ自身は全く気にも留めていないが。容姿こそユースティアやフェリアルに引けを取らないが、それが尚更近づきがたい要因になっているのかもしれない。


「……まぁそれはその通りだけど。別に気にはならない。私はたった一人にだけ認められればいいから」


 そう言って一瞬レインに視線を向けるカルラ。レインは気付いていないフリをしてジッと黙ったままだ。下手に口を挟める場面でもない。


「好きになった人に告白される、なんてのが理想だけど。出会いもそうないしねー」

「そんなに焦ることではないでしょう?」

「わかってない! わかってないよティア! 私と同い年の子はどんどん結婚していってるの! この焦り! ティアにわかる!? わかんないよねぇ、まだ若いから!」

「ご、ごめんなさい」


 クワッと目を見開いて叫ぶフェリアルの剣幕に押されて謝ってしまうユースティア。フェリアルの年齢は23歳だ。16歳で結婚、などということも珍しくないこの世界では20代後半は行き遅れと呼ばれてしまう。まだ20代前半のフェリアルは行き遅れと言われることはないものの、あまりの出会いの無さに若干焦りを感じつつあった。


「アタシも結婚して聖女引退したーい……」

「結婚したい気持ちは応援しますけど、引退は止めてください」

「え、なになにどうして? やっぱり寂しいから?」

「いえ、単純に人手不足なので。新しい聖女候補が見つかるまでは我慢してください」

「酷い!? アタシの人生をなんだと思ってるのさ!」

「大丈夫ですよフェリアル。きっといつか素敵な人が現れます。それに今のあなたには私達がいるじゃないですか」

「ティア……それじゃあ、もしいよいよってなったらレイン君と結婚させてくれる?」

「ダメです」

「ティアーーっっ!!」


 そして荒ぶりだすフェリアル。他の使用人達もいつものことなのかさして気にも留めず仕事を続けている。やいのやいのと言い合う二人を尻目にカルラは黙々とご飯を食べ続ける。そんな三人を見てレインは静かにため息を吐くのだった。

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