9.団欒

 その夜は久々に二人だけの食事となった。

 僕らは、そのリビングの、使い古された居間の大テーブルに向かい合って座る。

 僕はずっと考えていた。

 権利書を持ち出したのが、兄じゃないとするなら、誰なのか?

 小夜子か?

 まさか。

 或いは、泥棒が入ったとか?

 僕が無言で考え込んでいると、兄貴が顔色を伺ってきた。


「あの、勝……大丈夫?」


 まったく、人の気も知らないで。


「……大丈夫なわけないだろ。ウチの親が死んでからも、苦労ばかりだよ。こんなんじゃ、俺もどうかなっちまうよ」

「お、おれ迷惑かけないから、大丈夫だから……勝も頑張って、元気になってさ」


 また、口癖の大丈夫だ。

大丈夫じゃないのに、大丈夫っていう。

腹立たしい。

しかし、続いて兄貴は予想外の事を言った。


「お、俺、働いてるんだ……き、昨日まで夜勤だった」


 驚きの発言だった。


「嘘だろ?」

「大家さんの紹介で、アイスの工場に」

「……病気はどうしているんだよ?」

「仕事は、一人でいる事が多いから大丈夫なんだ。だから、勝に迷惑かけない。大丈夫、大丈夫だから!」


 何故そんな大事なことをずっと黙っていたのだろう。僕には、兄貴が働いているという事実より、それを今の今まで知らされてなかったことのほうが腹立たしかった。

 僕は、皮肉を返す。


「じゃ、俺と縁を切っても大丈夫かもな」

「……!」

「もし今度、今回みたいな実印を盗むなんてことしたら、絶縁するから」


 兄貴は、うんとも、嫌だとも言わなかった。

 ただ、すこし悲しそうな目をしていた。

 それから、食事を終えると、兄貴は自分のアパートに帰っていった。

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