6.齟齬

 アパートにたどり着くと、僕は呼び鈴を鳴らした。

 反応がない。

 電気メーターを見ると、ごくゆっくりと動いているのがわかる。

 僕は持ってきた合鍵をつかってアパートを開け、兄貴の住処に足を踏み入れた。

 和室間取りからむりやり洋風にリノベーションした1Kの室内。部屋は薄暗く狭いが、間仕切りはされておらず、奥の寝室まで丸見えだった。しかしそのベッドにも、並びのパソコンデスクにも兄貴はいない。気配も無い。

 僕は部屋に上がると、兄貴の寝室を覗く。


「……」


 居ないことはわかった。

 驚いたのは、兄貴が外出をしていることだ。

 僕は不安になって、すぐに電話をかける。

 兄貴にだ。

 すると、兄貴は僕からの電話にあっさり出た。


「今どこいるの!」


 電話に出るなり感情的に言葉をぶつけた。


『……ち、ちょっと出かけて』


 相変わらずのどもり声が返ってきた。


「……兄貴さ、家の金庫にあった権利書と実印もちだしてない?」


 尋ねると、兄貴は言葉につまった。


『……け……? し、しらないよ』

 とぼけているようにしか聞こえなかった。


「知らないじゃないよ、あの場所をしっているのは兄貴と俺だけだろ?」


 すると、兄は一つ、申し訳なさそうに言った。


『じ、実印は……持ってる』

「えっ、なんで実印だけ持ってるんだ? 権利書はどこやったの?」

『し、知らない』

「だから、知らないわけ無いだろ!」


  しかし、問い詰めても、兄貴は以後要領を得ない返答ばかりで、会話にならなかった。

 とにかく、明日には帰ってくるということだったので、その日は話を終えて家に戻った。

 事の顛末は叔父夫婦にも共有した。

 すると、叔父は、明日またうちの家に来るといった。


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