2.兄貴

 僕は一階へ降りると、キッチンへ向かう。

 冷蔵庫を開けると、僕はそこからペットボトルのコーラを取り出すと、フタを開けて一気に飲んだ。

 一息ついて、キッチンやリビングを見回して改めて気づく。こちらもありえないくらい散らかっている。たぶん、兄貴の仕業だろう。

 兄である浅場信介は、いろいろと問題の多い男だった。

 もう三十歳にもなろうかという年齢であるにもかかわらず、まともに働いた経験は皆無だった。

 そもそも、兄貴は群衆恐怖症を患っていて、人の多いところには出ていけない。

外見は、素朴というよりもみすぼらしという言葉が先に来てしまう。頭は禿げ上がっており、巨漢で太っていて、初対面ではあまり話かけたくないタイプだ。

 良いところといえば、わりと天才肌の人物であることと、優しいところ。あとは何かにつけて、「大丈夫」という口癖があるところ。

 兄貴は、自分自身が大丈夫なときも、大丈夫でないときも、嬉しいときも、悲しいときも大丈夫と言う。

 もっとも、最近は、全く大丈夫ではなかった。成人してからはやたら激昂するようなったし、父と母が亡くなってからは、情緒不安定にも拍車がかかったんじゃないかと思う。

 正直、兄貴との今後のことを考えると憂鬱で仕方がなかった。

 両親が死んだということは、遺産分配をしなければならないということだ。その少なくない遺産を分配するのはいい。問題は兄貴の面倒をだれが観るのかということだ。いつかは、そんな日が来ると思っていたが、それは僕が思っていた以上に早かった。

 僕はいま大学院の修了を控えていて、それどころではなかった。

 そろそろ研究職につくのか、或いは就職をするのか選ぶ必要があって、日々面談やら情報集めやらで忙しかった。

 状況は芳しくないのに焦りだけが募る。

 僕はモヤモヤと思案しながらリビングを片付け始めた。

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