第4話


 ニセモノの『美紗』が日吉家に居座るようになって三ヶ月が過ぎた。


 今まで入院中の美紗ばかりと接していた俺は、次第に違和感を感じなくなってきていた。家で生活しているとしたら、こんなものなのだろうと。慣れというものはまったくもって恐ろしい。


 当然、両親が彼女の正体に気づくこともない。

 家の中でも学校でも、彼女の挙動について言わせてもらえば、不審なところは何もない。そもそもが人と関わってくることが少なかったのだから、以前と違ったとしていても気がつける人間がいない。方向音痴に改善が見られないのは、まぁ仕方がないことだとして。


 一見して、変わったところなんてものは見受けられないので、世間にばれるということ自体がまずありえない。と彼女は語る。

 だったら俺が分かったのはなんでなんだと聞けば、それは本体の死の場面に遭遇していたからだと言われた。

 あまりに印象が強すぎて(当然だよな? 人の死だぜ?)暗示が効ききらなかったそうだ。


 こんな会話をしたのもしばらく前の話。


 俺の周辺で不審なことといえば、妙に事故に遭遇することが多くなった気がする。

 それもこれも登下校を美紗と共にしていると、必然なのかも知れない。

 なんせ彼女の仕事が突発的な事故により死を下すことだ。

 基本的に彼女の外出先は高校だけだ。下手に一人で家から出ようものなら、その日のうちに帰宅できればいいほうだ。たとえ出発したのが早朝一番だとしても。


 ここまで方向音痴なのも、ある意味感服だ。


 当然、休日まで俺が動くわけがないので、必然的に彼女は家に閉じこもっていることになる。見張る身としてはありがたい。

 そうなると、どうしても一緒にいるときに事故が起きる、イコール、俺も遭遇する。

 いつになったらそれが終わるのか、なんてことは俺にはわからない。俺は現状に流されているんだと思う。あえて自分から動こうなんてしていない。


 だから彼女の行動だって特に気に留めてたりしていない。

 最近、ちょっと様子がおかしいかなとは思うけれど。


 時々、彼女が泣いている気がするんだ。

 あのファーみたいな黒い塊を投げたあとなんかだと特に。あと、なにかを焦っている。

 手当たり次第に投げつけてるようにしか、俺には見えないけど、規則性があるんだろうか。

 罪悪感とか感じているのかと思うけど、俺はそれ自体を止めようとはしていない。

 死神だって、感情があっていいと思うし、人を殺めているなら少しくらい罪悪感を持ってもいいとも思う。仮にも今は人として生活しているわけだし。


 この考え方って、俺の勝手なものなのかな。

 邪魔はするなって言われたから、応援こそしてないし協力もした覚えはないが、横槍を入れるつもりもない。

 だから、母さんが蒼白になってる理由が最初はわからなかったんだ。


「……美紗が帰ってこないの」


 彼女が一人で出掛けると帰宅が遅いのはいつものこと。一晩明かしてひょっこりと帰ってくるのは、今までにも何度かあった。でも今回は、二日丸々帰ってきてないらしい。持っている携帯はどうした、そうか通じないのか。


 俺はてっきり部屋にいるものだとばかり思ってた。

 俺自身、休日の二日間は家のなかで過ごしていたから。


 今にも倒れそうな母さんの方が、いなくなった『美紗』よりも俺には心配だった。

 彼女のことだから、そのうちふらりと帰ってくると思っていたから。


 まさかもう、会えないとはこの時の俺は微塵も思っていなかった。

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