第5話
わたしが地上にきて、宿れる器を探して街の上を旋回していたとき、見習い学校での同期生に会った。
といっても二人とも、便宜上の整理番号しかない状態だから、名前なんて呼びようがないのだけど。
とにかく八十九の彼女(性別的に男とは思えないので、一応)はわたしを目の敵にしていた。
一方的にライバル視されてたのだ。
罪なわたし……なんて浸るつもりはないけれど、わたし的に迷惑だったのは本当。
いつも強引な手でわたしの邪魔ばかりしてくる。
彼女はわたしに、こんなところで何をしているのと聞いてきた。
わたしは、器を探している最中だと、簡潔に答えた。あまり関わりたくなかったのが本音だ。
すると彼女は、なんだまだ捕まえていないのと笑ってきた。
あなただってまだじゃない、と言い返すと、私はその気になれば一発だものと言ってきた。
一発なものか、器に宿ろうものなら、弱りかけの今にも魂が抜けそうな人間を選ばないといけないのだ。そんなに都合よく見つかって、入り込めるはずがない。
すると彼女はこう言ったのだ。
「人間なんて弱いもの、押し出しちゃえばいいのよ」
何を言っているのかと思った。できるわけがないじゃない。健康な人間は身体と魂が強力に引き合っているのだから、引き離すのは容易ではない。
彼女はしばらく黙り込んで、だったら証明してあげようじゃない。と、急降下していった。
どうなるのかと上空から成り行きを見守っていると、本当に強引に器から魂を押し出してしまった。無に等しい隙間から入り込んで強制的に居座った。
わたしは目を疑う。学校ではそんな事はタブーと教わってきた。見習いが魂の状態でノルマをこなそうとしてはいけない。ここでのノルマは、人の魂の回収だ。何事も順序というものがある。
それを口酸っぱく注意されて地上にきたはずなのに……。
押し出されたもとの魂は、何が起きたのかよく分かっておらず、見ていてかわいそうなほど、あたふたとしていた。
宿る器、つまり自分の体を見下ろして、なにがなんだか分かっていない。
体から追い出された人間の魂は、彼女の言ったとおり本当に弱いものだ。死神見習いのわたしたちと違って、魂のままで現世にとどまる事が出来ないのである。
もとの人間の魂は、そのまま召されてしまった。本体は死んでいないにも関わらず。
こうして彼女はまんまと器を手に入れた。
それだけでもわたしは驚いているのに(タブーを平然と犯していることに対してだ)、彼女はすぐに行動を起こした。
さっそくノルマである死を招くための事故を起こしたのである。
ポケットに入っていたらしい飴玉を上空に投げ上げた。
落ちた先には女の子がいた。白いワンピースをひるがえして、歩道を渡ろうとしている。
スクランブル交差点の半分を過ぎた辺りで、信号無視をしたトラックが彼女に突っ込んでいった。
見習いが起こした事故だ。当然その先に待つのは死である。
彼女は満足そうに上空にいるわたしに笑いかけて、その場を後にした。
わたしの中に残ったのはやりきれない屈辱と罪悪感だった。
あんなルール破りに負けるのかのと思うと悔しかったし、こんな事で死んでしまう彼女もかわいそうだった。
だからわたしは地上に急いだ。
男の子に抱きかかえられて、今にも魂の抜けそうな彼女を押しとどめて、お願いしたのだ。
あなたの死は理不尽すぎるものだから、わたしに復讐をさせてほしい、そのために身体を貸してほしい、と。
これは、感情任せで勢いだけのわたしのエゴだったはずだ。
けれど彼女はこころよく承諾してくれた。ひとつだけ条件をつけて。
その条件は、彼女の家族を悲しませないこと。
わがままを言わせてもらえると、家にまで帰りたかったな、とも言った。やっと帰れると思ってたのに、と。
このやり取りをしている時点で、彼女の身体は救急車に運びこまれてしまっていた。
だからわたしは彼女の望みを叶えるべく、病院の人間に初歩的な暗示をかけた。
すなわち『日吉美紗』は死んでいない、と。ただそれだけだ。
それが手術室に運ばれた後だったので、わたしはこっそり病院を抜け出した。
連れの人間がいた事は、家について美紗に言われるまで忘れていた。
わたしは美紗の魂を無理やり身体に押し留まらせた状態で、日吉の家に向かった。その道のりで、美紗本人から、いろいろな記憶を受け継いだ。
本来ならこんなに器になる人間と言葉を交わせるはずはない。ひとつの身体に二つの魂がいること事態が異常なのだ。
死神が入る器になる人間は、周囲からはまさに生死の淵からの帰還者なのだ。健康的な器にめぐり合う事は珍しい。
美紗は、玄関に入ると、あぁよかった、帰ってこれた。と言い残して身体から離れた。
母親と言葉を交わさなくてよかったのだろうかと思いながら、代わりにわたしがただいまと言った。
母親は美紗の言うとおり、やさしい女性だった。
わたしもこの人を悲しませたくないと思った。
しばらくして帰宅してきた弟に、退院したてでテンションの高い美紗を演じておかえりと言った。
わたしが存在を忘れていた彼に、どこまで暗示がかかっているのか不安だったからだ。
案の定、しっかりとかかっていなかった。
その日のうちにおかしいと思われてしまったのだ。
だからわたしはあえて話した。
美紗が死んだことと、わたしがまったくの他人であることを。
あたかも偶然の事故によって美紗が死んだかのように。
いまの中身と同じタイプの者が殺したと、悟られないように。
きっと彼のなかでのわたしの印象は最悪になったはずだ。平然とした顔でノルマをこなしていくのだから。
心もないただの死神。
わたしはそれを演じ続けながら、八十九を探した。探しながらノルマをこなしていった。
いまは人間と変わりのない彼女を殺そうと、ファーを投げていた。
でも彼女はなかなか見つからない。そのたびにわたしは無関係な人間で数を稼いでしまっている。
本当はあまり殺めたくない。
わたしは美紗の敵を討ちたいだけ。
八十九さえ始末できれば、このまま消滅してもいい。
そう思えるくらい、美紗という人間は生きるべき女の子だったのだ。
日吉美紗として生活することにある程度慣れたころ。
わたしはついに八十九を見つけた。
あのときに特徴をとらえておかなかったことをこれほど悔やんだことはない。しっかり覚えていれば、もっと早く見つけられたはずだったのだ。
美紗はひどい方向音痴だった。だからわたしもそのふりをして、彼方君を困らせてみた。
丸一日帰宅しなくても、心配されなくなると思ったのだ。
この身体にわたしがいることの美紗からの条件は『家族を悲しませないこと』だった。
みんなに美紗がいない事に慣れてもらっていけば、悲しみも半減するとわたしは考えたのだ。
その苦労が報われる日が来た。
ついに八十九を見つけられたのだ。
わたしの当面の目標は彼女を消すこと。
そしてその後には―――……
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