第10話 矢吹 雅鷹
深夜。
住宅街の外れにある空き地には、四人の男の姿があった。
「矢吹さん、どうしたんすか?こんな時間に」
ニット帽を被った男が言う。
先日、レストランで会った柳たちに絡み、音岸を牢屋送りにした、あの男だ。
「てめぇらの首輪が弛んでるんじゃねぇかと思ってな。場合によっちゃあ、絞め殺しに来てやった」
矢吹は土管の上に横柄な態度で座っている。
身もすくむような鋭い目付きで、男たちを見下ろした。
「裏切りなんてそんな……!
俺たちはもう、肩書きに縛られねぇ世界を目指す……あんたの組にタマ捧げてんだ」
「─────聞くところによると」
濡れ衣を腹すべく必死な男に、矢吹は語気を強める。
「頼まれれゃあリンチも受け付ける、ハチ公顔負けの忠犬振りとか」
ニット帽の男はそれを聞き、少し安心したような顔をした。
「……ああ。そりゃ、たぶん官房長官とこの小娘のことっすね。
ナンパしようと思って近付いたら、肩書きを盾に脅してきやがった。飛んでもねぇ女だ。
でもあれは、権力に逆らえなくって……あれ一回切りっすよ」
「そのことじゃねぇ」
弁明に余念のない男を、矢吹は呆れ混じりに制す。
しかし……男の弁明の、何かが矢吹の頭に引っかかった。
「───────いや、待て。今お前、官房長官の小娘っつったか?」
「え?はい……言いました」
(──────────村田 、舞花……)
矢吹は暫く、何か考えるようにして黙り込んだ。
「矢吹さん?どうかしました?」
「…………何でもねぇ。俺が言ってんのは、石崎 時人のことだ」
「あぁ!何だ、時人かぁ!あれはただのダチっすよ!犬だなんて、誤解もいいとこだ」
「なるほど……ダチはいい。
ダチってのは、何でも腹割って話せるもんだ」
「え、ええ……まぁ」
矢吹は狂気的にニヤリと笑う。
「────────たとえば、俺らの情報。特に、過去の武器取引プロジェクトに関わったメンバーの氏名リストなんかをな」
矢吹は懐から拳銃を取り出した。
「あ、あの。……矢吹さ」
男が言い終わらないうちに、空き地には銃声が響き渡った。
ニット帽の男が、頭から血を吹き出し、地面へどさりと倒れ込む。
「……ひ、ひえっ!」二人の仲間は怯え、悲鳴を上げた。
「───────使えねぇ犬は殺処分するのが、うちのやり方でね」
続いて二発。
連続した銃声が聞こえたかと思うと、辺りは急に静まり返った。
「─────全校児童の皆様に、緊急のお知らせです」
朝の放送の時間。
柳の三年C組では、皆が着席してスピーカーに耳を傾けていた。
朝の放送では、全校児童は各クラスで、教頭のつまらない話を聞かされる…………はずだった。
だが、今日は少し様子が異なる。
「──────昨夜未明。
我が私立帝王学園高校周辺の空き地にて、拳銃による殺人事件が発生しました」
教室内が、一斉にガヤガヤとしだした。
「被害者は三人の成人男性。
いずれも学校外部の方ですが、犯人はまだ捕まっていません。
くれぐれも、登下校の際は注意しましょう」
柳と小川は、驚いた様子で不安気にそれを聞いていた。
一方で音岸は、机に突っ伏して寝息を立てている。
右の列の前方に居る相澤は俄に、村田の席へ視線を投げた。
村田は相澤に気付いた上で、無視をしていた。
(一体、何が起こっているの…………)
村田は焦っていた。
被害者が誰なのかは、警察署関係者を通して知っていた。
自分の利用した男たちが、三人とも一挙に殺害されたのだった。
村田の美しいこめかみから、一筋の汗が伝う。
矢吹はその様子を後方の席から認め、静かに薄ら笑った。
────────それを、柳が横目に見ていた。
朝の放送後。
人気のない階段下には、立って話す村田と相澤……その脇に、胡座をかく音岸の姿があった。
「村田さん、今回の件……会長選挙には関係がないと思いますか?」
相澤が黒縁眼鏡を指で押し上げながら言う。
「───────さぁ、わからないわ。
でも放送のあと、廊下を歩いていた石崎くんの動揺振りは気になるわね」
村田は言いながら、先程すれ違った石崎の様子を思い出す…………石崎は額を汗に濡らし、目を見開き、胸を押さえていた。
「確かに、あいつは何かありそうですね。後で探りを入れてみましょうか」
「───────音岸くんは、どう思う?」
「どう思うって……被害者は学校外部の人間なんだろ?関係ねぇじゃん」
急に話を振られ、音岸は面倒臭そうに答える。
「それがね、関係あるのよ。
なぜってその男たちは、あなたを牢屋送りにしたあのチンピラたちなんだから」
そう言う村田は、意味あり気な目をしていた。
「何?俺を疑ってんの?村田さんって思ったより馬鹿なんだね」
「お前っ…!」相澤が掴みかかろうとするのを、村田が後ろ手に制す。
「俺に武器なんて買える権力、あるわけないでしょ」
「まぁそうでしょうね、矢吹 雅鷹ならともかく。別に疑ってないわ。…………で、柳くんの様子はどう?」
「お宅らとは違って平和の鐘が鳴ってるよ。
そのうち鳩がオリーブくわえて来るんじゃないかなぁ。
薗田 瑠衣っていう下級生が支援者に加わって、最近はポスター作りが終わったとこ」
「そう……ありがとう。行っていいわよ。
───────またよろしく」
村田がそう言うと、音岸は大儀そうに黙って立ち上がり、階段を上がって行った。
その背中を、相澤は睨み、村田は探るように見詰めた。
「柳くん。放送の事件、何だか怖いね」
柳の席の横に立ちながら、小川が言う。
「ああ、選挙と関係なければいいんだけど……」
柳は座ったまま、何か気になることがあるような顔をしていた。
「え?どういうこと?」
「気のせいかもしれないけど……あの放送の時───────矢吹が、笑ってた気がする」
「え……矢吹くんって、割とずっと薄ら笑ってない?」
「いや、そうなんだけど。なんか、変な感じが……寒気がした」
「そっか。確かに、矢吹くんってタダの不良じゃないし、噂じゃ、凄く大きな犯罪組織を擁してるんじゃないかって言われてるし…………全然ありえなくはないかも」
小川は少し青くなり、コクリと息を飲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます