第9話 石崎 時人

──────────その頃、第二図書室のある廊下では、ちょっとした揉め事が起こっていた。


それは柳たち三人が、教室へ戻る途中だった。


あろうことか、階下から第二図書室へ向かっていた石崎 時人と、階段前の廊下でばったり会ってしまったのである。


(うわっ……石崎……)


面倒臭いことになったと感じたのは、無論、柳だけではない。


(うわぁ……話しかけて欲しくないなぁ)


(うわぁ…うわぁ…うわぁ…うわぁ)


小川も音岸も、街頭セールスに捕まった時のような嫌な顔をしている。


石崎は四、五人の女子生徒たち───特に、疑うことを知らなそうな、純情なタイプの子たちを引き連れ、我が物顔に肩を抱いて歩いていた。


「あっれー?柳くんじゃん」


石崎はもっと前から気付いていた癖に、今発見したかのように言う。


「会長選挙に立候補した、厨二病の柳くん。

『世界を変える』だっけ?候補者名発表の時にああいうこと言っちゃうの、痛いよねー。

自分に隠された能力でもあるって、勘違いしちゃったのかなぁ?」


いきなり好戦的な石崎に、小川と音岸が身構える。


ただし、柳だけは少しズレていた。


「いや俺の能力なんて、さしずめ細胞分裂と呼吸を繰り返すことぐらいだから……隠すほどでもないかな」


「肩書き点数バケモノの癖によく言えるよな……」と音岸。


(これに怒らない平和な柳くん……世界平和はここにあり……好き)


小川はこんな状況にも関わらず、一人乙女心に浸っている。


「悪いことは言わないけどさぁ、早目に辞退しちゃった方が身のためなんじゃない?

負け犬は負け犬でも、犬死によりはマシだろ?柳くんごときに勝ち目は無いんだから」


「へぇー?柳くんごときにビビってるんだ?」


音岸が挑発すると、石崎は軽く睨みを利かした。


「まぁ、犬は犬同士。キャンキャン仲良く吠えて遊んでればいい。せめて棺桶の前では手ぐらい合わせてあげるよ」


言いながら、石崎は女の子を連れて、柳たちの前を通り過ぎて行った。


「何あれ!柳くん、気にしちゃダメだよ」


「してないよ。音岸、行くぞ」


「……おう」


音岸は、石崎の最後に言った『棺桶』という言葉が気になっていた。





石崎たちは、第二図書室の前へ着いた。

図書室の扉を開けようと、石崎は取ってに手を伸ばす。

しかし、その手は急に引っ込められた。


「どうしたの?」


女の子たちは不思議そうに石崎を見詰める。


──────────石崎の目には……扉に付いた窓ガラスから、薗田の姿が見えていた。


「ごめん。俺、ちょっと……この中にいる下級生に用があるからさ。先に教室戻ってて」


女の子たちが去った後、石崎は周りに誰も居ないことを確認しつつ、扉を開ける。

入るや否や、即刻切り出した。


「誰かと思えば薗田くん、裏切りとはいい度胸だねぇ」


「何のことですか」


とぼける薗田に、石崎は舌打ちをした。


「ここへ来る前、柳たちに会った。俺はこの目で見たぞ、あいつらは確かにここから出てきた」


「見間違いじゃないですかね」


薗田は石崎と目を合わせようともしない。


「おい」と、石崎は背後から薗田の前髪を思い切り引っ張った。


「お前、忘れてんじゃねぇだろうな?

今すぐバラしてやってもいいんだぞ、あ?

───────お前が昔、武器取引サイトの作成に協力して虚偽の肩書きを受け取っていたってこと。

反社勢力に加担の上、虚偽の肩書き点数で不正入学……一生を棒に振りてぇか?」


石崎の裏の顔が出る。

だが、薗田は落ち着いていた。


「勝手に脚色しないで貰えます?俺は使われただけで何も受け取ってないし、不正入学の事実もない」


「事実なんてどうでもいいんだわ。

言ったよな、俺には広大な人脈がある。

中にはアウトローな奴も居るって……まぁ、そいつらがお前のことを教えてくれたわけだ。半殺しにされてぇか?────────とにかく、俺に逆らわねぇ方がいい」


「別に逆らう理由なんて無いですよ。あんたに投票して、あんたに言われた仕事さえちゃんやってりゃあ、あとは誰に協力していようが自由でしょう」


薗田は少し笑っているようにも見えた。

それが石崎には不愉快でならず、彼は盛大に舌打った。


「いいだろう」


石崎はぶっきらぼうに薗田の前髪を離す。

代わりに懐を探り、一つのUSBを取り出した。


「新しく十本撮った。編集しとけ。いつも通り、一日に一本ずつ、二十時にアップしろ」


”撮った”とは、石崎が配信している動画のことだ。

石崎のチャンネルが急に人気を博し始めた裏には、薗田の存在がある。


「りょー解」


石崎は園田の返事を聞くと、第二図書室から去っていった。


─────────しかし……この時、石崎は気付かなかった。


石崎と同じく会長選挙候補者の一人、矢吹 雅鷹が、図書館の壁に背を貼り付けていたことに…………。


石崎が階段の踊り場へ消えると、矢吹は何事もなかったかのように廊下を歩き始める─────彼はずっと、石崎と薗田の会話に聞き耳を立てていたのだった。




「あんの、チャラ糞ピアス……大人しくしてりゃあ調子に乗りやがって、いつか絶てぇ殺してやる……」


誰も居ない第二図書室で一人、薗田は静かに石崎を罵った。

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