第8話 薗田 瑠衣
「──────薗田くーん!!やっぱり凄いよ天才だよぉ!!」
小川は薗田の作成したポスターの一枚を掲げ、うっとりと見詰めながら言った。
柳、音岸、小川と薗田の四人は、第二図書室に集まっている。
数パターンある背景のデザインや、選挙の謳い文句を最終決定するためだ。
「薗田くんって、何でこんなにガチャガチャするの上手いの?」
いまだに小川は”パソコン”を”ガチャガチャ”と表現する。
「ガチャガチャするの好きなんで」
薗田はマウスを片手に、ガチャガチャしながら言った。
「もうお前、突っ込むこと諦めてんじゃん………」
一人だけ本を読んでいる音岸が呟く。
「…………なんか、こんなにどデカい自分の顔面が色んなとこに貼られるって、軽く恐怖だよな……ちょっと前の俺なら余裕で死ねるわ」
柳は自分の顔が付いた印刷物がこれから量産されることに、非現実の中に居るような、変な感覚を覚えていた。
それを聞き、音岸がうひゃひゃと笑い出す。
「しかもカメラ目線な!!何っ!?このドヤ顔ぉおー!!な感じ!!!オマケに人生初のガッツポォォーーーズっ!!!!!…………ダメだわ俺っ、たぶんこのポスター見る度に吹き出しちゃうっ……」
「気持ちわる」
「──────小川先輩、文字入れたけど……ほんとにこれでいいの?」
薗田は先輩三人にパソコンの画面を見てもらうよう促し、席を立った。
「うんっ!いい感じっ……!!ナイスだよ薗田くん」
ガッツの無いガッツポーズをした柳の左下には、「花が咲く種類の雑草です」と文字入れされていた。
「いやっ、どこがいい感じっ!!??
『花が咲く種類の雑草』って何っ!!!!」
喚く音岸に、「まんまだろ」と自虐的な柳。
「……お前ってさ、会長選挙に立候補する勇気はあるのに、何でプライドが息してないの?」
「いや、してるけど」
「肺だけがな」
「だって、みんなの印象に残る方がいいじゃんっ!」
小川が音岸に反論する。
「ウケ狙いだよねっ!!??」と音岸。
「「「………」」」
全員が口を真一文字に結び、沈黙した。
「嘘だろ……まぁ本人がいいならいいけど」
かくして、柳のイメージカラーは緑となり、選挙ポスターに載せるフレーズは「花が咲く種類の雑草です」に決まった。
「じゃあ、ありがとな薗田」
「ありがとね!」
「お疲れさーん」
柳、小川、音岸は順々に別れを言うと、薗田を置いて図書室を後にした。
「────────何やってんだ、俺」
三人の背中を見送るなり、薗田が呟く。
怠そうに背もたれに身を委ね、サングラスを取った。
──────────その瞳は、鮮烈なオレンジ色だ。
この世界では様々な瞳の色があるが、オレンジ色の瞳というのは、実のところ非常に珍しい。
薗田の色付きサングラスは、幼稚園に入園する際、両親が視覚障害という建前でかけさせたものだった。無論、虐めを心配してのことだ。
しかしそのかいなく……というよりは寧ろサングラスのせいで、薗田は幼稚園・小学校と虐められる日々を送った。
─────ふと、四歳の頃を思い出す。
”何だよ、お前のその目”
”変な色っ!!”
”こっち見んな!!”
その日も薗田は、虐めっ子たちに囲まれていた。
そこへ、一人の少女が立ち塞がる。
薗田と同じ幼稚園であった、当時の小川だ。
”……のんちゃん”
”何でみんな、瑠衣ちゃんのこと虐めるの!”
小川が強気に尋ねる。
この頃、薗田は小川を「のんちゃん」、小川は薗田を「瑠衣ちゃん」と呼んでいた。
”だってそいつの目、色がおかしいんだ”
”オレンジ色なんて変だよ!”
虐めっ子たちは口々にそう答えた。
”何で?……何でオレンジが変なの?
オレンジは、おいしいミカンの色だよ?
お日様の色だよ?半熟たまごの色だよ?
あったかい焙じ茶の、パッケージの色だし、
ニンジンさんは嫌いだけど……柿は甘いよ?
オレンジ色は────────みんなを明るくする、あったかい色なんだからっ……!!”
──────────小川がそう言ってくれたことを、薗田は今でも覚えている。
勿論、これのお陰で虐めがなくなったわけではない。しかしこの頃、小川は幾度となく薗田を助けようと奮闘していた。
その時から、薗田は小川のことが好きだった。
しかし小学校へ上がると、たった”一歳”という差が、とてつもなく高い壁となって立ちはだかる。
薗田は入学式の日、小川を見かけ、声をかけようとした。
「久しぶり、のん…………」言い終わる前に、小川が薗田の姿に気が付いた。
──────────「あ、薗田くん!」
小学生となった「のんちゃん」は「小川先輩」になっていた。
そしてこの時、「瑠衣ちゃん」は、「薗田くん」になってしまったのだった。
(俺がもし………柳先輩たちと同じ学年だったら)
と、高校二年生の今──第二図書室の椅子に深く座り込む薗田は、改めて自分が一年早く生まれなかったことを呪った。
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