第7話 最初の支援者
朝会後の放課中。
教室の扉の前には、音岸が気まずそうに頭を搔いて立っている。
「音岸くん!!??……何で?」
小川が叫び、柳は驚いて立ち上がった。
音岸は村田が面会室に訪れたその日の内に、刑務所から家へ返されていたのだった。
「実は…………」
音岸は村田のお陰で釈放されたことを柳たちに説明した。
村田は選挙パフォーマンスと言っていたのだから、ここで嘘をついたところでどうせバレる。
無論、柳の情報を村田へ流すと承諾した件だけは伏せた。
「─────よかった」
音岸の話を聞いて、小川は開口一番にそう言った。
「柳くんは胸のつかえが取れて前よりキラキラしてるし、音岸くんもこうやって無事に出てこれて……」
「いや、でも村田はパフォーマンスで………」
音岸は危機感を煽るように言った。本当のことを隠している罪悪感から、自分の帰還をあまり喜んで欲しいと思えない。
「本当に、よかった」柳が言う。
「ああ……そうだな」
音岸は後ろめたさで胸が押し潰されそうになった。
「────────おーい、みんな。注目してくれ」
号令のような口調に、教室の全員が黒板の方を見た。教台の脇には、村田の選挙陣営に属する相澤が立っている。
「今日、音岸くんが刑務所から解放された。音岸くんは、無実の罪で理不尽な判決を下されたのだ。それを、村田さんが救った!」
教室中の視線を、村田が一身に集める──おもむろに席を立ち、教台へ上がった。
「音岸くんが刑務所へ入ったと聞いたとき、私は耳を疑いました。
ですが私は、同じC組の一員である音岸 達樹くんを信じていました。
音岸くんがそんなことをするはずはない。
誰がなんと言おうと、これは何かの間違いであると……!
ですから私は、官房長官である父に依頼し、音岸くんの事件を詳しく調べて貰ったのです」
村田が言い終えると、教室の中には拍手と歓声が渦巻いた。
”村田さん万歳っ!!”
”流石だよな!行動力が違うぜ!”
”音岸よかったな!!”
”よかったね、音岸くん!”
”村田に感謝しろよー!!”
クラスメイトは良かれと思ってそう野次を飛ばすが、音岸を始め、柳も小川もあまりいい気持ちがしない。
皆が音岸に注目を移した影で、村田と相澤は密かに黒い笑みを浮かべていた。
────────昼休み。
柳、小川、音岸の三人は、渡り廊下を歩いていた。
隣の校舎には、下級生の教室がある。
三人は小川の言っていた”支援者の宛”を訪ねに、二年B組の教室へと向かっているのだった。
「その下級生の知り合いって、幼稚園の時だけ?」
軋む床板を踏みながら柳が聞く。
小川は、懐かしような顔をしてそれに答えた。
「ううん、小学校も途中までは一緒だったよ。私が転校しちゃって、それ以来会ってなかったけど……高校がまた偶然一緒だったの」
───コンコン。
柳が扉をノックする。
「失礼します」
……椅子と床の擦れる音。
静かに昼食を取っていた二年生たちが、一斉に箸を置いて立ち上がる。
「あの……薗田 瑠衣(そのだ るい)くん、居ますか?」
小川が柳の背中から顔を出して言った。
「いえっ!薗田はまだ、移動教室から帰っておりません!!」
一人の男子生徒が、直立不動で答える。
「──────────すみません。邪魔なんですけど」
音岸のすぐ後ろから、突然、棘のある敬語が聞こえた。
「あ?」
音岸が食い気味に振り返ると、そこには教科書を抱えたおかっぱの少年が立っていた。
髪はパステルカラーの紫に染められ、派手なピンクや青のピンで前髪を留めていた。
黄色いレンズのサングラス越しから、じっと音岸を睨んでいる。
「あっ!薗田くんっ!」
小川が嬉しそうに少年へと近付く。
「の、っじゃなくて……小川先輩」
薗田は言いかけたのを訂正した。
「えっ、コイツ……!?てか声低っ!!そのルックスで低音かよ、キャラ立ってんな……」
音岸は薗田に指をさしたまま、開いた口が塞がらない。
「個性が滲み出てるよな……」
柳も薗田の奇抜で派手な出で立ちに、そんな感想を述べる他なかった。
「薗田くん、話があるんだけど……第二図書室まで来てくれるかな」
小川が薗田に期待の目を向けてにじり寄る。
「え、ああ……はい」
薗田は小川から一瞬目を逸らし、あまり気の乗らない返事をした。
「────────あの、話って何ですかね。俺、飯食いたいんですけど」
誰も居ない第二図書室へ連れていかれ、薗田は迷惑そうに眉を歪める。
「実は、会長選挙のことなんだけど……薗田くんなら協力してくれるんじゃないかと思って」
「協力って、何を……」
「俺の支援者になって欲しいんだ」
柳が薗田の前に出て言った。
「は……何で俺なんですか?」
「それは勿論!薗田くん以外に宛がなかったから!」
小川はなぜか、胸を突いて自信たっぷりに言う。
「まぁそうでしょうね。誰も好き好んでこんな奴に物を頼みませんよね」
ネガティヴオーラ全開の薗田に、「前向いて生きてこうぜ」と音岸が肩を叩く。
「君の力が必要なんだよ。頼む」
「急にそんなこと言われても……」
よく知りもしない柳に真面目な顔で支援を頼まれ、薗田は面食らってしまう。
「俺なんて何の役にも立たないっすよ」
「そんなことないよっ!」
「小川先輩…」
「ほら、薗田くんってさ。なんかこう、巧妙でぇ、インチキでぇ、姑息な感じにガチャガチャやるの得意じゃん!」
小川はパソコンを両手でいじくる真似をした。
「……なんか、馬鹿にしてますよね」
「「「してないしてない」」」
柳、小川、音岸は、揃って手を振り否定する。薗田は呆れ顔をしてみせた。
「…………何やればいいんですか?」
三人の顔が明るくなる。
「薗田くんっ!!後でベルマーク20枚あげるね……!!」
「いらないです」
目を輝かせる小川に、薗田が即答する。
「まずはそれだな。お前、その敬語をやめろ」
音岸は腕を組み、先輩面をして言った。
「でも……」
「俺たちが言うんだ。いいんだよ」
「そっ、柳くんの言う通り!」
柳は、右の拳を薗田の前に出した。
「──────よろしく」
薗田も、柳と同じようにする。
「───────おう」
「薗田くん、まずは選挙ポスター作りをお願いっ!!」
小川は早速、最初の支援者である薗田に依頼した。
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