第6話 村田 舞花



下校後、柳と小川はすぐに音岸の元へと向かった。

早速今日の候補者名発表の様子を話すと、音岸は眉間に皺を寄せて唸った。


「なーるほどなぁー。候補者がその五人とか、納得しか生まれないわ」


「みんな手強いよね。特に、村田さんとか……」


小川は、体育館での村田の視線を思い出していた。


「よぉーうし!作戦会議しようぜ!!」


まるで遊びに誘うかのようなノリで、音岸が切り出す。


「名付けて!『雑草陰キャが会長になろうとしてるけど、なんか文句ある?』」


「なんだその糞スレタイみたいな名前」


柳が呆れた。


「まずは、柳くんの支援者を集めなきゃね!」


「でも……集めるっつっても、どうすりゃいいんだ」


柳には致命的に人脈というものがない。友達と呼べような相手も、小川と音岸の他には誰もいない。


「柳が変わるべきなんじゃね?性格を変えれば自然と人が集まるってよく言うじゃん。柳ってさ、何考えてるかわかんねぇし」


音岸は至極軽い口調で言った。


「え、そうなの…?」


当の柳は驚きを隠せない。

何を考えているかわからない奴を、こいつは友達にしているのか。


「前から思ってたけど、お前って感情の波がねぇんだよ。せいぜいコップの表面くらい?起伏ゼロ!!平野かっ!?男なら海でろよ海!!波がねぇんだよ荒れ狂えよ!!!」


「…何言ってんのお前」


「それっ!!それだってマジつまんねぇ!!糞陰キャっ!!」


音岸は柳を指さした。机をバシバシ叩き、腹を抱えて笑う。


「音岸てめぇ……」


柳のこめかみに、一瞬青筋が立った。


「音岸くん、柳くんは根っからの雑草なんだよ?柳くんじゃなくても、人はそんなにすぐには変われないよ。除草剤を蒔いても、雑草はまた生えてくるんだから!」


小川が無自覚にも柳のメンタルをズタズタに切り裂く。


「ふぁーーっ!!これぞ雑草根性!?フォローになってねぇーー!!」


音岸は涙目になり、椅子から転げ落ちそうなほど反り返って笑った。


「そんなになの?俺、そんなに雑草……?」


柳は自分でも自覚していたが、改めて他人からここまで言われると、僅かに残っていたプライドが反発した。


「私、思ったんだけど……」小川が真剣な表情で語り出す。


「柳くんって、下級生の子たちに知り合いがいないでしょ?

まずは、後輩から支援者を集めたらどうかな。

三年生は命懸けで慎重になってるけど、下級生の子たちにとっては、誰が会長になろうが自分の身には直接関係しない。

選挙陣営に属するのは三年生のみで、一年生と二年生は投票するだけだから。

それに同級生の子達は、柳にくんについての印象が凝り固まってて、逆に票を集めるのが難しい気がするの」


「でも、下級生に宛があんの?」


音岸の言葉に、小川は待ってました!と言わんばかりに胸を張った。


「あるんだなぁ、それが!!実は、幼稚園の頃の友達でね……」


柳がふいに時計を見る。


「…………もう、面会時間終わり?」


小川が寂しそうに聞く。


「ああ、時間だ」


「じゃ、明日はその下級生を当たるんだな。また話聞かせろよ?」


音岸は伸びをするように頭の後ろで腕を組むと、二人を促すようにそう言った。


「ああ、じゃあな」


「またね」


柳と小川が面会室を後にする。

二人の足音が、遠く離れていった。


柳と小川を見送った後も、音岸は暫く面会室に残っていた。


すると次第に、今度はこちらへ近付く足音が、柳の耳に触れた。


──────────コツ、コツ。


(誰だ?……柳と小川か?……いや、この足音は……一人…………)


謎の足音は、音岸の居る面会室の前で止まった。


ギー、とドアが開かれる。

顔を出したのは、先刻にも話題に出た人物だった。


(…………む、村田…!?)


村田は音岸の反応を見て、不敵に微笑んだ。

何も言わずにつかつかと室内へ入ると、パイプ椅子に腰を下す。


(なんで村田が……)


わざわざ面会に来るほど、村田は音岸と親しい仲ではない。

思い当たるとすれば、理由はただ一つ……会長選挙に関係するということだ。


「私があなたを、この豚箱から出してあげるわ。現役官房長官の、息女としての権力でね」


「ふーん、なるほどねぇ。俺は村田さんの支援者を集める、パフォーマンスの駒に使われるわけだ」


音岸は椅子にどっかりと座ったまま、極めてリラックスした様子で言った。


「物分りが良くって助かるわね」


「で?俺をここから出すから、あんたの選挙陣営に加われって言いたいの?

それならお断りなんだけど」


「いいえ。ここを出たら、あなたは柳くんの選挙陣営に入るのよ」


村田の答えは、予想外だった。


「えっ……」


「柳くんの支援者として、普通に彼の選挙活動に従事してくれればいいわ。

但し、────────私に柳くん陣営の情報を流しなさい」


村田は半ば威圧的に言う。


「私知ってるのよ。柳くんのお姉さんを殺したのが、誰なのか」


途端、音岸は電気が走ったように目を見開き、サーっと青ざめた。


「ふふふ、これは失礼。あなたが一番よく知っていたわね。

何て言ったって、柳くんのお姉さんを殺したのは、──────────あなたのお母さんなんだから」


ふいに音岸は立ち上がった。


ダンっ!!と村田を目掛け、面会ガラスを思い切り殴り付ける。

握り締めた拳から、血が滲んだ。


「あら怖い」


音岸の血走った目に睨み付けられても、肝の据わった村田は動じない。


「それ、柳と小川にチクったらぶっ殺すぞ……」


「大丈夫よ。言ってしまったら、音岸くんを私の駒として使えないもの。

それに……あなたには少しだけ申し訳ないと思っているから」


「はぁ?」


「─────────ねぇ、雑巾くん?」


音岸には、その言葉の意味するところが何もかもわかった。


そもそも刑務所へ入ることとなった原因は、見知らぬ三人の男たちに絡まれたからである。


そしてその男たちも、音岸の制服がお下がりであることを嘲り、音岸を「雑巾」と呼んでいた。


「……お前の差し金か?」


「別に音岸くんを狙ったわけじゃないのよ?

柳くんが立候補するだなんて、予想外だったしね。

第一幕目のパフォーマンスのために、誰でもいいからうちの生徒を豚箱へ入れておきなさいと、そう頼んでおいただけ」


「フッ」と、音岸は鼻で笑った。


「村田さんも飛んだ腹黒お姫様だねぇ。おっぱい大きくて気になってたのに、────────ゲンメツだわ」


「断らないってことは、交渉成立ね」


村田はそれだけ言うと、至極満足そうに立ち上がった。 音岸を振り返ることもなく、上品な足取りで面会室から去っていく。


扉の外には、同じ帝王学園の制服を着た男が村田を待っていた。柳や村田と同じ、三年C組の相澤 貴彦(あいざわ たかひこ)である。


「上手くいったわ、予定通りよ相澤。……それにしても、偶然罠にハマったのが音岸くんだなんて。どうやら私たち、ツイてるようね」


「音岸に何か特別なことでも?」


「あなた、彼を侮っていると痛い目見るわよ」


村田はそう言うが、相澤は納得のいかない顔をした。


「確かに音岸はあれでいて、掴みどころのない部分があります。しかし、柳を眼中に入れる必要はわかりかねます」


「そうねぇ……そうでしょう。でも、私は柳くんが……私の一番のライバルになると思っているわ」




──────────ハックシュンっ!!


ふいに柳はクシャミを催した。

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