第4話 柳の決断


世界刑務所の面会室。

コンクリートが剥き出しになった無機質な空間に、柳と小川は並んで座った。


ガラスの壁を隔てた向こう側には、手錠に繋がれた音岸が項垂れている。


「ごめんね音岸くん……私、何もできなくて……」


「いや、小川は何も悪くねぇよ。元はと言えば、俺が馬鹿なこと言い出さなきゃこんなことには……」


小川と柳が謝罪するが、音岸は項垂れたまま沈黙していた。


あまりに無言が続いたため、二人はそれを、音岸の自分たちに対する怒りだと受け取った。


重苦しい空気が充満する。


「なぁーんつって」


いやに明るい声と共に、音岸は”いないいないばあ”の手つきで、イタズラが成功した子供のような笑顔をみせた。


「いやぁ正直さ、これで学校行かなくて良いわけだし?

曾孫まで語り継がれる黒歴史作り終えたし。

刑務所出たら生活困るけど、またその辺の馬鹿殴って戻ってこればいいかなぁって!」


ダンっ!!と、小川が涙目になって机を叩く。


「音岸くんっ!嘘言わないで……」





「──────────俺が、なんとかする」


柳はふいに、独り言のように呟いた。




「なんとかって……どうもできねぇだろ。保釈金は罰金より高いんだぞ」


「一昔前ならアルバイトっていう手があったけど、今は全部ロボットになっちゃったし……」


「会長だ」


「「えっ?」」


柳からの意外な言葉に、音岸も小川も唖然とした。


柳は、真剣な眼差しで音岸を見詰める。


「会長の肩書きさえあれば、お前をここから出してやれる」


「そりゃあ会長の権力なら顎でできるだろうけど……会長ってお前、誰がなるんだよ」


「俺が。……俺がなる」


「柳くん……?」




「──────────俺が、生徒会長選挙に立候補する」




「あーあーうんうん会長ね。て、はぁーーーーーーっ!!??」


音岸は奥に控える看守が睨むほどの大声を上げた。


「ちょっと!うるさいよ…!」


慌てた小川が口元に指を当て、小声で制す。


「いやだって!!灰まみれのエラがお姫様になりたいとか言ってんだもん!!」


「シンデレラか?」


「よくわかったな!?」


音岸のお陰で茶番が始まりそうになるが、柳が突然俯いたので音岸も黙ってしまった。



「────────忘れてたんだ、ずっと。

いや、忘れようとしてた。

でも最近になって、今更まざまざと思い出すんだ…………姉貴が死んだ時のこと。

俺、約束しちまったんだよ。

この世界を、俺が変えてやるって……」


(柳くん、やっぱりお姉さんとの約束を……)


微かに身体を震わせている柳に、小川はかけるべき言葉がわからずにいた。


「馬鹿だよな」と、柳は自虐的に笑う。


「………約束したのに。ここまで来る前に、何かできたかも知れないのに。

今まで何もしないで、俺には無理だって決め付けて、諦めて………雑に生きてきた。

”考える葦”も、目的がなきゃタダの雑草だ。俺は、雑草だった。今でもそうだ。

──────────だけど、俺のせいでこんなことになった……もうウジウジしてらんねぇ。

ここで決断しなきゃ、俺は死んだ方がマシな気がするんだ」


柳は俯いていたが、その声色からは並々ならぬ決意が伺われた。


無気力が服を着て歩いているような柳の、これほどまで強固な意思表明に、小川も音岸も、親友として一種の感動を覚えざるを得なかった。


「はぁーーー」


これまでの空気を一転させるかのように、音岸はわざとらしい大きな溜息をつく。


「柳、やるなら絶対勝てよ」


「ああ。もちろんお前を……」


「馬鹿違ぇよ」


音岸は柳を遮った。


「俺のためじゃなくて、お前のためだ」


ガラス越しに、柳を指さして言う。


「えっ…」


「俺、今日で柳のことちょっとわかった気ぃするわ。お前は俺でも姉ちゃんでもない、自分のために立候補するべきだってな」


「……俺の、ために?」


「じゃなきゃせっかくの肩書きが大号泣だろ?

これでお前が馬鹿だったら、このガラス突き破って殴り回してるけどさ、何せ学年一位様ですからねぇー。拝め崇めひれ伏せ奉れ仕れっての」


音岸は、「約束」の意味で右の拳を面会ガラスにコツりと当てた。


それを見て柳が口元を綻ばす。


「待ってろ」


ガラスに拳を伸ばすと、小川も柳に続いた。


「柳くんならできるよ」


小川は優しくそう囁き、たんぽぽのように微笑んだ。


暫くのこと、三人はガラス越しに拳を合わせあい、無言の決意を共有していた。

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