第3話 歪みと格差


柳が会計を済ませると、三人は足早にレストランを出た。


しかし案の定、先ほどの男たちに絡まれ、全員路地裏へと連れて行かれてしまった。


「帝王学園OBの俺らが、可愛い後輩に社会の辛酸ってやつを手解きしてやんよ」


柳は息の詰まる思いがしていた。

そこは姉が銃殺された、あの路地裏に似ていた。


──────────ふいに肉と肉のぶつかる鈍い音が響く。


「ぅがっ……!!」


音岸は顔面を殴られ宙を舞った。


「音岸っ!!」

「音岸くんっ!!」


柳と小川が叫ぶ。


「やめてください……!」小川は男たちと音岸の間に入り、腕を広げた。



──────────ヒヒヒッ。


口の中が切れたのだろう。

口端から血を流した音岸は、なぜか笑っていた。


「音岸くん……?」


「───────世界が虚無なわけだ」


口元の血を拭きつつ、音岸は呟く。

そして声を荒らげて言った。


「他人を蹴落として……S級高校を卒業して……成れの果てが、他者を貶さなきゃ自分を肯定できねぇこんなイキりクズじゃあな!!」


「やめろ音岸!!」


拳を振り上げる音岸の腕を、柳が掴む。


「離せ!!」


「馬鹿、一生刑務所に入りてぇのか!」


それを聞いた音岸は我に帰り、柳の手を振り払った。

おもむろに背を向け、不貞腐れたように座り込む。


「おいおい、今のは暴言だぜ。名誉毀損だ雑巾くん」


ニット帽の男は懐からタブレットを取り出すと、ニヤニヤとチラつかせた。

録音中の画面になっている。


「みんなで一緒にデートと洒落こもうぜ。警察までお届け物をしにな」


卑怯なやり口に、柳も小川も怒りが立ち上った。


「なるほど……肩書き下位の者が、上位の者に対して名誉毀損で有罪になれば、四千五百世界ドル以下の罰金。若しくは、三年半から五年半の懲役………」


「そんな……」


柳の言葉に、小川は恐ろしさで息を飲んだ。


(こいつらの目論見はわかった。でも、罰金を払えねぇ音岸を脅す理由があるのか?どうしてこんなこと…………)


「おいおい。先輩をそんなに睨むもんじゃねぇよ、殴っちまいたくなるだろ。

─────────こうしねぇか?

お前らの中で、一番権力のある奴が出てこい。そいつがもしも、俺より肩書き証明の点数が上なら、そこの雑巾の代わりに俺たちを訴える権利がある」


ニット帽の男が提案を持ち掛ける。

だが、男の顔からは自信の色が滲み出ていた。


──────ふいにゆっくりと、白く細い腕が挙がった。


「私です……」


柳は驚いて小川の横顔を見た。


(みんなの肩書き点数は知らないけど、一番凄いのは十中八九柳くんだ。……でも、柳くんはこういうことが嫌い。どうせ負けるなら、私が……!)


「肩書き証明は?」


「あります……」


言いながら、小川は恥ずかしそうに肩書き明書を開いてみせる。


「192点か。高校生にしちゃあ、凄ぇ。OBとして鼻が高いぜ。……そんじゃあ、次は俺だ」


男はニヤリとほくそ笑み、ポケットに手をやった。


「──────────ちょっと待て」


「ああ?」


(柳くん……?)


柳はパスポートに似た手帳──肩書き証明を懐から取り出すと、それを開きかけ、手を止めた。


「…………」


(これで俺が下回ったら、音岸は……)


「何してんだ。早く見せろ」


慎重になる柳に、男が催促する。

柳は意を決し、ゆっくりと肩書き証明を開いた。


「……な、なにっ!?」


突然、男が驚愕の声を上げる。

俯いていた小川は柳の手元に目をやった。


「……え」


怖いものを見たように、小川の目が見開かれる。


音岸も気になったのか、柳の肩書き証明を覗いた。途端、音岸の顔がみるみるうちに青ざめていく。


「お、おい……お前…………化け物かよ……」


柳の肩書き証明には、小学校から現在までの欄に、学年一位の文字が百十回並んでいた。


「肩書き点数、336.5点……だと!?」


男が声を震わせる。


柳以外、その場の全員が耳を疑った。


常識では200超えなど、高校生の年齢では到底不可能なことである。

そのところを300点超えとは、かなり異常な数字であった。


「つ、次は俺だ……」


驚きを隠せないまま、しかし、男はポケットから肩書き証明を取り出した。


柳たちに見えるよう、ページを大きく開いてみせる。


家の出から、名だたる幼稚園、小学校、中学校の文字。帝王学園高校での順位、超難関と言われる取得資格などがずらりと並び、最下部には「公務員」の文字………………。


「肩書き点数、340.1」


男は自らの勝利に、大人気なく口角を吊り上げた。


そもそも、これは無謀な賭け事であった。


「成人」の肩書きや、職の肩書きを持つ大人に、幾ら非凡な高校生でも勝てるはずなどないのである。


──────────結局。柳と小川は何もできないまま、音岸は警察へ連れていかれてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る