第2話 権力と肩書き

普段は殆ど入らない、上流階級の街。

電飾やネオンサインや電光掲示板に彩られた、視覚的にも聴覚的にもやかましい。


三人は緊張に身体を引き攣らせながら、一番低価なレストランへ入った。


柳はクリームシチュー、小川はラザニア、音岸はハンバーグを頼み、それぞれサラダとドリンクを付け、デザートにティラミスを注文する。


「お待たせしました」


ロボットが食事を運んで来るまでに、そう時間はかからなかった。


テーブルに全てが運ばれたのを確認してから、小川は徐に「ゴホンッ」と咳払いをした。


「えー、ではぁ、進級祝いとぉ、皆さんの日頃の頑張りにぃー、チアーズ!」


何のモノマネなのか、妙に間延びした乾杯の音頭。

それに柳と音岸は声を合わせ、「「チアーズ!!」」と叫んだ。


それから暫くの間、食事は和気あいあいと進んだ。


小川が 「美味しい」を連呼し、涙目になってラザニアを頬張っていたのには、柳も音岸も思わず吹き出して笑った。


「えーっと、各主食の値段+サラダ+ドリンクから、ドリンクセット割で、デザートを足して……」


会計が気になりだしたのか、ふいに音岸がメニュー表を手に取る。


「消費税込みで69.3世界ドルだよ」


柳が横から言った。


「計算早っ」


「そう言えば、柳くん去年の学年末テストも一位だったよね」


ジュースを啜りながら喋る小川は、まるでハムスターのようだ。


「すっげーな、今んとこ何連勝?」


「そういうの言いたくないから」


音岸の問いに、柳は少しムッとして答える。


「謙虚か!……ほんとにさぁ、お前何で雑草なの?何が楽しくて陰キャやってんだよ、もっと威張れよ」


「柳くんはそういうの嫌いなんだよ」


「そうそう。柳って、権力とか興味ないし嫌いじゃん?つまり何か目的があるわけ?将来の夢とかさ」


「いや別に」


「そこなんだよなー。なんで目的がねぇのにそんな努力できんの?逆に馬鹿じゃん」


「それは……」


柳は答えに詰まってしまった。

それは柳自身、よくわからないのだ。

何のために勉強をしているのか、自分でもよくわからない。


「俺さ、目的がないんだよね。何にって、生きること自体に」


音岸はいつもの楽天さで、極めて明るく言い出した。


「権力がない家に生まれて、こんな暮らし嫌だと思って、漠然と権力欲しいってなって……権力のために勉強して、死にもの狂いで帝王学園、世界公認のS級高校に入ったけど…………何でかな、なんか虚しいんだよね。

───────俺たちって結局、何でここに居るんだろう。何で、生きてんだろうな」


最後の方には、流石の音岸も露骨に憂いた顔をしていた。


一同の食事の手が止まる。

三人揃って俯き、暗い沈黙が続いた。


この歪んだ権力世界に、音岸が言ったのと同じような虚無感を、柳や小川も抱いているのだった。




「…………っ!」


柳はまたも、鈍い頭痛を催した。

壊れたテレビ画面のように、記憶が脳内に自ら再生する。



”なんで……どうしてこんな……”


”朔ちゃん。お姉ちゃんはね、この世界の競走に負けちゃったの。競走に負けるとね、踏み台として押し潰されるがまま、それに抗う権利も、力も奪われる”


”そんなの、おかしいよ……”


”朔ちゃんが……この世界を変えてね”


”────────うん。”



また、あの時の光景だった。

幾度となくフラッシュバックする、優しかった姉、紗綾(さあや)の最期の姿だ。


太陽のような笑顔に、柳はいつも励まされていた。


誰もが悲観する中、紗綾だけは世界の行く末に希望を持っていた。

誰よりも、この腐った世の中を変えたいと真に願っていた。


紗綾は幼い頃から、毎日朝方まで勉強をして、常に首席を取り続けた。

そのかいあって、周囲から多大な尊敬を集め、信頼もされていた。


そこには無論、弟だからこそわかる、筆舌に尽くし難い努力があってのことだった。


この世界の為に何かを変えるには、まずは一流高校に入学し、会長の座につかなければ話にならない。


紗綾は会長選挙に自らの全てを捧げていた。

だが、その苦労がやっと報われそうになったところで、彼女は何者かに銃殺されてしまったのだ。


犯人は未だにわかっていない。


紗綾は撃たれてからも僅かの時間だけ意識があったが、結局犯人を明かすことはなかった。


紗綾が死んだのち、柳は怨みや悲しみよりも、自分が姉と交わしてしまった約束に苦しめられるようになっていった。


それが姉自身の夢であり、最期の言葉であったから尚更である。


姉との約束を果たす為、柳は必死に勉強した。しかし、柳はもともとリーダシップもなければ、人望の厚いタイプでもない。


人付き合いは、大の苦手だった。


その為いつの日からか、自分には会長などできないと諦め、雑草のような日々を送ってきた。


それでも、勉強にだけ力を入れてきたのは、やはり可能性をゼロにだけらしたくなかったからだろう。


学年一位の肩書きが崩れてしまえば、柳には何も残らない。当然勝ち目はなく、立候補は自殺行為となる。




「──────────おーい、柳?」


音岸に呼び掛けられ、柳はやっと自分の世界に入ってしまっていたことに気がついた。


小川は心配そうな目で「大丈夫?」と訴えている。


「平気か?」


「……ああ」


「なんかゴメンな?急にドン引きクソ重いこと言って」


本心だろうが、ハンバーグをがっつく音岸から悪びれた様子は何も伝わらない。


「……ほんとにな」


柳は気持ちを改め、再びシチューにありつくべくスプーンを手に取った。



──────────その時だった。

後ろから、嫌味な笑い声と共にコソコソと囁く声が聞こえてきた。


”あの制服、帝王学園だな”


”S級とはいえ高坊かよ”


”高校生の肩書きで外食なんて、調子のってんじゃねーの?”


声の主たちは、三人組の男だった。

歳は柳たちよりも一回り上と見える。


”ちょっくら行って、肩書きの差ってやつを教えてやるか”


”馬鹿言え!きっと権力のある家の生まれなんだよ”


ふいに三人の内の一人、ニット帽を被った男が下品に口角を釣り上げた。

男は、顎で音岸の方を示す。


”──────いや、あのボロ切れは違うぜ。ナイフとフォークの使い方もわかってねぇ。カスだ”


音岸の手が止まった。


「ボロ切れ」とは、音岸のお下がりの制服を罵っているのだった。


柳と小川は、今までに感じたことの無い種類の、驚きと怒りの入り混じったようなショックを受けた。


”ほんとだ…!何だあの学ラン、雑巾みてぇだな”


”雑巾着てんのか?見たことねぇけど”


二人の仲間も、ニット帽の男に同調して音岸を嘲笑う。


”せっかく雑巾があるんだ。みんなでお掃除しねぇとな”


ニット帽の男が低く呟く。

柳はとてつもなく嫌な予感がした。




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