第二章:はじまりと終わりの街
2:はじまりと終わりの街(1)
「おい、どうするよ」
「致し方ありません。なるべく被害を与えないよう戦いましょう」
シャルの口ぶりは穏やかだが、決してこちらが負けるとは思っていない。
「自信がありそうだな」
「それほどでは。若い人なら良いですが、手練れであれば――」
トロフを離れて森に入ったところで、シャルは夜営をすると言った。この時分に町を出たのは、あくまで人目を避ける為だと。
茂みの陰を選び、火は小さく。警戒はしていたつもりだったが、イセロス会の斥候に見つかった。
「斥候は体力勝負だが、経験も必要だからな。若いか老練か、五分五分ってとこだ」
「あるいはその両方か、ですね」
「なんじゃ、戦か?」
暢気なミラはともかく、状況は切迫していた。峠に差し掛かっているとはいえ、街道は広い。容易に馬を走らせることが出来る。森の深いほうへ逃げるのも手ではあるが、ミラの脚が着いてこないと思えた。
姿を見たのと声が聞こえるのと、おそらく相手は馬に乗った三人の騎士だ。こちらの安全を確保しつつ、倒したほうが良いとシャルは判断した。
「シャル、あんたはミラを守ってろ」
「えぇ?」
「オレのやり方だと、子どものお守りには向かねぇんだ」
クレフたちは明かりを点けていない。相手の騎士たちは松明を掲げ、馬をゆっくり歩かせている。
ケースから出した弓を素早く組み立て、羽のしっかりした矢を番える。材料を吟味して特注した
「騎士に弓など効くのですか?」
「全身を鉄で包んでるわけじゃねえからな」
鎖鎧に鉄の胸当て。
――並の奴なら、諦める選択肢もあるだろうさ。
自身の腕を、天下一などとうぬぼれてはいない。しかし出来ることは出来る、出来ないことを出来ないと知らなければ、盗賊として狡く生きることは難しかった。
騎士たちは面頰を下ろしていない。盾を構え続けては捜索にならないのだから、そこが無防備になる瞬間はある。
茂みから姿を晒して、ひと呼吸。静かに矢を送り出す。
狙った騎士は身体を硬直させ、ずるずると落馬した。
「弓があるぞ! 馬を降りろ!」
残った騎士の一人が、そう指示を出した。声にそれほどの歳を感じないが、技量とはそれだけで測れないものだ。
クレフは弓を茂みに突っ込んで、わざと姿を見せたまま走る。松明の光など、それほど遠く届くわけでない。そのぎりぎりの辺りを逃げれば、あちらは見失うまいとして余裕がなくなる筈だ。
だが考えた通りに動いたのは、一人だけだった。指示を出したほうの騎士は、シャルたちが隠れている茂みへと向かう。
一対一なら、どうにかするだろう。少なくとも、クレフが一人に対処する間くらいは。
「そんな盾を構えてちゃ、走りにくいだろうぜ。臆病者!」
息を切らせながら、挑発の声をかける。それは演技だが、相手はいきり立つよりも、追いつけると希望を持つだろう。
それを二度繰り返し、茂みを突っ切る獣道におびき寄せる。そこで脇の茂みに姿を隠すと、相手は回り込んでくることを警戒して足を止めた。
右か、左か。それとも後ろか。若い騎士は、しまったと後悔を顔に浮かべつつ周囲を見回す。
ようやく罠に嵌められたと気付いた様子で、堅く盾を構え、松明を剣のように突き出して後退りを始めた。
クレフは拾っていた小石を、ひょいと一方の茂みに投げる。乾いた落ち葉が音を立て、若い騎士はそちらに盾を押し出す。
「こっちだ」
後ろを取った。
正確には頭上の枝に脚をかけ、ぶら下がって後ろから声をかけた。至極直近からの声に、若い騎士は驚愕の表情を向ける。
――お前個人に恨みはねぇが、運が悪かったな。
抜いたナイフを眼窩に突き込み、中で捻る。若い騎士は、「あっ」と短い声を残して倒れた。
彼を殺したことに、特に感慨はない。どちらが死ぬかの二択に、勝ったというだけのことだ。
若い騎士の下衣でナイフを拭い、シャルたちの方向に駆ける。
「背教徒め!」
近付くにつれ、残った騎士のシャルを罵倒している声がはっきりと、何度も聞こえた。
形勢を確かめる為にそっと覗くと、騎士が渾身の力を込めて切りかかるところだった。しかしシャルは、それを小さな盾で正面から受け止める。
それならばと、騎士はフェイントを加えて脚に切りかかった。だがそれもメイスで受け流され、その持ち手を狙った刃は盾で弾かれる。
では間合いを変えよう、とすればメイスの柄尻で殴られた。
どう贔屓目にも、剣術指南以上には見えない。シャルの軸足がほとんど移動していないのに対し、騎士は知る限りの戦法を取ろうと動き回る。もう足元がおぼついていない。
「よう、勝負になってないぜ。降参したらどうだ」
悠々と姿を見せてクレフは言った。一応は降伏勧告のつもりだったが、挑発と受け取られたかもしれない。
そこで騎士は、三度か四度ほど息を整える。降伏するのか、と思ったが、その目は違うと分かった。
騎士は盾を捨て、これでもかと高く剣を振り上げ、シャルに向けて振り下ろす。
しかし既に、彼女はその場へ居ない。口づけするかというほど深く懐に潜り込み、短く持ったメイスで側頭部を殴りつける。
騎士はふらふらと何歩かよろめき、音を立てて地面に倒れた。
「いや、すげえすげえ」
「もう一人はどうなりました?」
力の抜けた拍手で賞賛しても、シャルは自分の力量に触れない。「向こうで寝てる」と答えると、表情を翳らせた。
「被害は少なくと言ったでしょう」
「ああ? 腐っても騎士を相手に、手加減なんぞできるか」
恵まれた人間は、自分の出来ることを他人も出来て当然だと考える。そういう面がまた、クレフには気に入らない。
互いにため息を吐き、次の言葉も行動も見つからなかった。
「しかしシャルよ。うぬは手加減が過ぎたようじゃぞ」
そう言ったのはミラだ。
シャルが騎士と戦っている間も、怖れる様子はなかった。気楽な見物という風に。
その少女がどういう意味で言ったのか、二人は同時に目を向けた。
そこには倒れた騎士を踏みつける、ミラの姿があった。騎士の右手首はなくなって、少女の手にそれは握られていた。
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