4.

 それまでも、祖父は時どき猟を休んで、ボロ・トラックで町の外に出かける日があった。

 ひとり家に残された僕は、子供心に「いったい祖父じいさんは何処どこに行ったんだろう?」と思ったりしたけれど、それについて深く考えたり、日が暮れて帰ってきた祖父にたずねた事は無かった。

 祖父さんが死ぬまで、彼の小さな寝室兼書斎に足を踏み入れた事も無かった。

〈ウヴェト文明〉とやらの遺跡に連れて行かれて初めて、祖父にも趣味と呼べるものがあったのだと知った……彼は、いわゆるアマチュア考古学者だった。

 ゴキブリ狩りに出ない日の祖父さんは……ボロ・トラックで遺跡に行くか、町の図書館で調べ物を漁るか、自室にもって古書店の通信販売カタログをめているか、『革新的な学説』とやらをボーッと考えるかしていたのだろう。

 それが、辺境の惑星で生まれ、ゴキブリ猟師として一生を終えつつあった祖父にとっての、唯一の慰めだったんだ。


 * * *


 僕を〈ウヴェト文明〉の遺跡に連れて行った日から、祖父さんは、十歳とおになるかならないかだった僕に向かって、彼の信じる『学説』とやらを語るようになった。

 曰く……

「現在この銀河系に存在する知的生命体のほとんどが進化の途上にあった遙か太古……銀河の星々を支配する巨大な文明があった。

 考古学者たちによって〈ウヴェト文明〉と名付けられたそれは、その後に発生したどんな知的生命体文明も遥かに及ばない高度な科学技術を持っていた。

 しかし、およそ七千万年前、忽然と全銀河から姿を消した。その理由は未だに謎のままだ」

〈ウヴェト文明〉の遺跡は、今も銀河の各地に残っている。祖父さんが僕を連れて行ったあの遺跡も、その一つだ。

 それからしばらく、夕飯のたびに祖父はロマン溢れる古代文明について語り、子供だった僕は(しばしばその内容は難し過ぎたけれど)無邪気に目を輝かせて祖父の話に聞き入った。

 太古のロマンを滔々とうとうと語る祖父に、僕が疑いの目を向け始めたのは、それからさらに一年くらい経った頃だと思う。

 アツタマさんという老人が営む、町の小さな雑貨屋に行った時の話だ。

 僕がカウンターに持っていった商品の値段をレジスターに登録しながら、アツタマさんは「ギロ・デムオンは……祖父さんは元気かね?」とたずねた。

「はい」と答えた僕に、アツタマさんは重ねていた。「今でも、バカ高い古本を買いあさっているのか?」

「古本は、時どき通販で買っているみたいです。時どき小包が送られて来ます……値段までは分かりません……」

「まったく……五十歳を超えても考古学熱は治らんかったか……道楽の本に使う金があるなら、きみを学校にでも行かせれば良いだろう」

 僕の町にも学校はあったけれど、それは町の有力者の子弟だけが通うものだと思っていた。

 考古学という趣味に祖父が費やした金があれば、僕を学校に行かせられた……というアツタマさんの発想は、それまでの僕には無い発想だった。

「猟師としては腕利きなのに……奴は、稼いだ金の使い方を知らん」め息まじりにアツタマさんが言った。

 お金持ちの子弟だけが通う『学校』とかいう場所に、本来なら僕を通わせられたはず……それなのに、祖父は稼いだ金のほとんどを自分の趣味に使っている……って、それ、本当なの?

「で、相変わらず『ウヴェト文明』とか言うヨタ話を信じているのか?」さらに重ねて、アツタマさん僕にいた。

「ヨタ話?」僕は首をかしげた。「ウヴェト文明がヨタ話って、一体いったいどういう……」

「やっぱり、もうデムオンから聞いていたのか……『ものすごい科学力を持った古代文明が、かつてこの銀河系を支配していた』ってヤツだろ? そりゃ、嘘八百だよ」

「でも、銀河系各地に、古代遺跡が残っているって、うちの祖父さんが言ってました」

「ああ。そりゃ本当だ……、先史文明の遺跡が見つかっている、ってのは、な……しかし、それら全てがの名残りであるっていう証拠は無いんだよ」

「でも、遠く離れた別々の惑星で見つかった遺跡とか、出土品とか、そういうのの形が似ているって……」

「発生初期の知的生命体の考える事なんて、どれも似たり寄ったりなんだよ……遠く離れた関係のない惑星に伝わる物語が似たような構造を持つって話、知ってるか? 遺跡のデザインやら何やらも同じさ。みんな考える事は一緒って訳だ」


 * * *


 それまで自分の祖父を疑った事なんてコレっぽっちも無かったのに、雑貨屋主人アツタマさんの話を聞いて以降、僕は、祖父を違った目で見るようになってしまった。

 そのうち僕は、町の大人たちが祖父に対してどんなレッテルを貼っているかを知った。

『猟師としては一流なのに、アマチュア考古学などという奇妙な道楽にうつつを抜かして稼いだ金を蕩尽している変人』

 ……というレッテルを。

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