七話

「いくぞ!」


アガネスはものすごい速さで移動し、

まだ疲れがとれていなさそうな大柄の男に向かって槍を横に振り払う。


ガ、キーーーン

男は両手で剣を持ち何とか受け止めたが、耐えきれず、剣が吹き飛ばされた。


アガネスは続けて男の胴を蹴り、男は3m程吹き飛ばされ、倒れた。


「な、なんて速さをしてやがる。」


ヘルがあっけにとられるのも無理はない。


アガネスの槍は彼への特注であり、誘導の配合量が彼様に調整されている。




この世界のすべての物質に誘導は含まれているのだが、含まれる量はまちまちだ。


動物はあまり有していないとされているが人間だけは違い、

多くの誘導を有している。


ただ、個人差が大いにある。

なので誘導武器を持っていたとしてもその力を100%引き出すことはできない。


しかし、”誘導武器”と”扱う人間”その双方の誘導の量がある適正な比率である場合、先ほどのアガネスのようなとてつもない力を生み出せる。




「次はお前だ。」


アガネスは小柄の男のほうを向く。


「ひ、ひぃ。」


小柄の男はおびえて、素早くもの陰に隠れた。


「なんだ、その程度か。」


アガネスは不満そうだ。


「では、お前に相手にしてもらおうか。」


ヘルのほうに向く。


「ちっ、まさかこんなとこにいるなんてな。

お前の事知っているぞ、蒼い流星さんよう。」


”蒼い流星”それはアガネスの戦場での名だ。


流星のごとく何物にも止められず、

目にもとまらぬ速さで青き光となって敵陣を切り開いていく。


その様からついた名だ。


「私も思い出しましたよ。

確かこの辺で貴族などの金品を狙って盗んでいく盗賊が赤い髪をしていたと。

留守中を狙って盗んでいるものだと思っていましたが、

このように直接奪うこともあるのですね。」


「ふん、こんなことはめったにしねえ。大体お付きが多すぎてかなわねえよ。

お前らは弱そうなくせに3人だったからな。」


「ふむ、なるほど見た目では強く見えないと。

これは強そうに見えるよう特訓しないといけませんな。」


アガネスはなにか違う方向に考えているような気がする。


「それはともかく、あなた方をとらえる必要が出てきました。

おとなしく縄についてもらいましょうか。」


「けっ、だれが。」


ヘルは武器を構える。


「まだ戦うつもりですか。いいでしょう。」


アガネスは高速でヘルに近づき、槍を振り下ろす。


ガキン

ヘルはそれを両手の短刀で受け止める。


誘導武器を使ってるだけあり持ちこたえているが、それもつかの間、

すぐ崩されるだろう。


と、思っていたがなんとヘルはアガネスの槍をはじき上げた。


さすがは腐っても誘導武器ということか。


しかし、アガネスの顔は冷静そのものだった。


そういうことか。私は理解した。


アガネスはわざと力を抜きはじき上げさせたのだろう。


上へかけていた力が急に行き場をなくしたため、

ヘルの腕は頭の上まで上がっていた。


力を自分の思っている方向へ動かす。受け流しの様なものだ。


アガネスははじきあげられた力を使い、槍を高速で回転させ、切りあげた。


それはヘルの右胸を切り裂いた。


が、うまくいかなかったのか手加減したのか致命傷に致らず、

服を裂き、少しの切り傷をつけるだけに至った。


これならまだ動けるだろう。


しかし、そんなに大した傷ではないはずなのにヘルは胸を必死に抑えている。


それを不思議に思ったのか、アガネスはヘルに問う。


「なぜだ、なぜ胸を抑える?大した傷ではないはずだが。」


「…」


ヘルは黙ったままだ。


「へ、鈍感な奴だな。わかんねえのか?」


「やめろ、バカ。」


物陰に隠れていた子分が顔を出しからかってきたが、ヘルに叱咤される。


アガネスは怪訝そうな顔をしている。


「あ!」


急にフリーが声を上げた。


「もしかして、女の子なんじゃ?」


何かと思えば、そんなわけ…。


ヘルが顔を赤くしているように見える。


まさか、図星なのか?


男っぽい衣装に俺という一人称で男だと思い込んでいた。


「くそ、俺が女じゃ悪いかよ!」


ヘルは恥ずかしさからか激昂している。


アガネスは驚いたようで、立ち尽くしている。


「こうなりゃ、やけだ!気に食わねえが。」


ヘルはそう叫び腰当たりのポケットから、5㎝程の黒い球を取り出した。


爆弾か!?私たち3人は身構える。


「お前ら、プランBだ!」


そういい放つとヘルはその球を思いきり地面に投げつけた。


その瞬間。


ドン!

音いう爆発音とともに辺りが黒い煙に覆われ、何も見えなくなった。


それに、息もしづらい。私は腕で口を覆った。


ダタダダタ

足音だけが聞こえる。


何かが横を通り抜けたようだ。


盗賊たちはこの煙の中でも自由に動けているというのか。


「きゃ!」


ふいに後ろから声がした。


この声はフリーか。


何やらもみ合っているような音がしていたが、バチンと聞こえた後、静かになった。


「フリー、大丈夫か!」と私は声をかける。


返事がない。


「おい!」


「…れた」


かすかに、フリーの声がする。


「フリー、大丈夫か?」


声のしたほうへゆっくりと進んでいく。


ぶつぶつの何か言っている声が聞こえる。


次第に煙が晴れていき、へたり込んでいるフリーが見えてきた。


「おい、フリー」


「とられたとられたとられたとられた」


私はフリーの肩をつかむ。


「おい、フリー!」


「とられた…とられちゃったよ!」


泣きそうな顔でフリーは私の顔を見上げる。


「落ち着け。落ち着くんだフリー」


私はそうフリーをなだめながら、首の辺りを見る。


やはり首飾りがない。


「そんな、おかしいよ。だってあれは、そんな…」


フリーはいまだ落ち着きを取り戻せないようだ。


「王子、大丈夫ですか。」


煙が完全に晴れ、アガネスが駆けつけてきた。


「ああ、しかし、フリーが」


「申し訳ありません、私が付いていながら。

あのような前例のない事象が起きたとはいえ」


「あれには私も驚いた。だが今は早くフリーを何とかしよう。」


「とりあえず、宿に戻りましょうか。」


そして、私とアガネスは自我を失い呆然としているフリーを担ぐと宿へと戻った。

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