第63話 思いがけない知らせ



 ◇ ◇ ◇




「脱走した……ですって?」


「ああ、そうだ。昨晩、王城より連絡が来た」


 幸せな気分でお宝探しから帰ってきたアンドレアを待っていたのは、信じられないような悪い知らせだった。


  警備の厳重な黒の塔から、ユーミリアが脱走してしまったのだと言う。


「……それは本当ですの、ユージーン兄様」


「残念ながら間違い無いようだ。今朝、ジェフリーが魔法省に行って確かめてきた」


 アンドレアのもう一人の兄、ジェフリーは魔法省に勤務しており、現場となった黒の塔の隣にある白の塔が職場である。


 お隣で異変があれば真っ先に気づけるようにと、双子のように並んで建設されてた双塔だ。


 勿論、囚人の尋問や逃亡防止の魔道具の設置、黒の塔全体にかける魔法不可の結界魔法陣に常時魔力を注いで維持するなどの警備面も担当している。


 一番、確実な情報が入る場所と言っていいだろう。




 そして、職場にいるジェフリーからこんなに早くユージーンの元へ連絡出来たのには理由があった。


 彼は四属性の魔法が使えるのだが、その中でも特に風属性の適性が高く、風の精霊に好かれているため、彼らを動かして連絡することが出来たのだ。


 ただ彼に付いている風の精霊は、ラグナディーンに仕えている水の精霊と違って知能が低く、簡単な言葉しか分からないらしいが。


 それでも情報が正しいかどうかを報せるだけなら十分なようで、今回のような緊急事態には役に立つためキャメロン公爵家では重宝していた。




 神竜ラグナディーンの聖女となり、その御子であるグランディールの番となったアンドレアは、大神殿の奥にある神竜の御座所から動けない。


 その為こうして兄のユージーンが直接、最新の情報を大神殿まで知らせに来てくれたのだが、疑問は尽きない。


「しかし、どうやって……?」


 今、二人は大神殿と神竜の御座所にある通信の間に置かれた双子石を通して会話をしている。


 双子石とは、稀少なダンジョン産の鉱石とのこと。元は人の頭ほどの大きさの球形をしていて、それを二つに割って連絡を取りたい場所にそれぞれ置き、魔法陣で通信先を指定することで通話が可能となるものだ。


 通信範囲は極狭く双方向のみであるが、音声と同時に映像も送れるという利便性から需要が供給を上回っており、常に品薄状態なので、高価な石にもかかわらず入手は困難だという。


 その稀少な通信器具を使っての数日振りの大好きな兄との対面だと言うのに、アンドレアの気持ちが沈んでしまったのも無理は無いだろう。


 ユーミリアの性格からして、絶対に逆恨みしているはず……その相手が今、野放しになってしまっているのだから。




「あの厳重な警備の中を潜り抜けられるものなのかしら? 信じられませんわ、今は面会人も受付ていないと宰相から伺っておりましたのに……」


 それに双子の塔は王城の奥にあるのだ。


 アンドレアの兄であるジェフリーもそうだが、塔にいる魔術師達は皆、国の最高峰の人材であり一人一人が替えの利かない稀少な存在といっていい。


 彼ら自身が国家機密のようなものだから王城の奥深く、滅多に人が出入り出来ない場所に保護する意味も込めて、元々厳重に警護されているのである。


 そして、魔法絡みの重罪人を収容する塔が同じ場所にあるのも、その方が魔術の研究と発展のために都合がいいという理由からだった。


 何故ならこの国では囚人は処刑されず、彼らの持つ魔力は枯渇するまで防衛や研究の為に利用し尽くされるという刑に処せられるからだ。


 この世界に生きるすべての生物は魔力が無くては生きられない。


 なので実行されると処刑されるよりも長く耐え難い苦しみが続くが、体内の魔力が枯渇すれば死を迎える為、キツい刑罰なのは間違いない。ユーミリアも本来なら、この刑が課せられるはずだった。


 そんな訳で、許可なく誰も近寄らないし、近寄らせないことになっている施設なのだ。




 それに警備面も、今回の囚人には王族を害した疑いも掛かっていたため、特別に近衛から応援部隊が派遣されたと聞いている。


「確か、警備についたのは近衛騎士団第二分隊の中でも精鋭と言える、マリエッタ・ソルジュ分隊長が指揮する部隊だったはず」


 彼女の元まで届けられた報告書の内容を思い出しながら、アンドレアは言う。


「上官達からの評判はよくないそうですが、彼女達の優秀さはわたくしがよく存じ上げております。出し抜くのは相当難しかったはずですわ」


 アンドレアが王子妃教育で王城に上がる際には、彼女達が身辺警護についてくれていたため親しく言葉を交わしていたのだ。人柄なども分かっているつもりだし、それは兄達も承知しているだろう。


 つまり、いつもよりも更に厳重になっていた警備の中を、誰にも見咎められずに潜り抜けたことになる。


 魔封じの魔道具をつけたままの彼女にそんな事が可能なのかと、考えても分からず眉を潜めた。


「いや、面会人はいたんだ。それも男性のな」


「……何ですって? 一体、誰がそのような許可を?」


 男性ではまたいつユーミリアの毒牙にかかるかも知れないからと、彼女と直に接する人員には、警護も尋問も女性だけで構成されるマリエッタ達を当てていたほどだ。面会人も当然、男性と言うだけで許可されないことになっていたはず。それなのに何故、許可が下りるのだろう。




「それについても調べた。やはり手を貸した者がいたようなんだ」


 アンドレアの疑問に、ユージーンが険しい表情で答える。


「……まさか黒の塔内部の者の犯行とかではないですわよね?」


「ああ、違うよ。彼らは自分達の責務をきちんと果たしていたとの報告を受けている」


 そう断言した兄の言葉を聞いて、マリエッタ達を信じていたアンドレアはホッとした。


 しかし内部の者ではないとしたら、いったい犯人は誰なのだろうという思いがまた、湧いてくる。





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