第64話 二人の王子



「囚人を脱獄させたのは面会人である闇の神官。この大神殿に所属していたそうだよ。犯行は面会したその日の内だったらしい。そして、それを可能にしたのが王妃派の面々なのは間違いない」


「まぁ、なんてこと……」


「直接的に手を汚したのは彼だけだが、背後には、大きな声では言えない厄介な身分の方々がいたということだね」


 資料を改竄し、最もらしい理由をつけて潜り込ませた。


 そんな荒業を繰り出すことが出来る者は限られている。


 中立派の宰相が手を貸す筈がないので、大方、王妃派の内務大臣の仕業ではないかとアンドレアは思ったが、兄に確認したところその通りだったらしい。



「結局、証拠不十分ということでお咎めもなく、軽い注意だけで放免されたようだがね……」


「まぁ、陛下のご意向にも背く行為ですのに、随分と軽い処罰ですわね?」


「今回の件で、ロバート王子は完全に王位継承権を失った。その弊害が早くも出始めているということだろう……忌々しい」


「……そう、ですわね」


 アンドレアとの婚約破棄によって、ロバート第一王子は王妃派に対抗するための強力な後ろ楯だった、キャメロン公爵家との縁が切れた。


 そうなるともう、次期国王には王妃の生んだ第二王子、カイン殿下しかいない。国王陛下の実子は、二人の王子だけなのだから。




 元々、正妃である王妃の生んだただひとりの王子として、カインは十八歳で成人を迎えた時に立太子される予定だった。


 本来なら、もっと早くに冊立されていてもよかったはずなのに、それが成人までと延期されたのには理由がある。


 障害となったのはやはり、彼が生まれた時からずっと虚弱体質だったということだろう。


 武芸全般も苦手で、四属性魔法の素質もあったのだが体力が続かず、ろくに才能を伸ばすこともできなかった。兄王子より優れていたのは、頭の良さだけだったのだ。

 まぁ、比較対象が平均値より低い弟王子では、兄王子が特別優れているということにはならないのだが、それでも病弱な世継ぎよりは受け入れやすい。


 その事がより、反対派の台頭を許すことになる。


 何故ならグロリア王国では、英雄視されている初代国王が魔物討伐で大活躍していたことから、知略よりも武勇が尊ばれる気風があったからだ。


 母親である王妃は、息子の立場を守ろうと躍起になっていたが、兄王子に期待する声は、彼女の想像以上に多かったのである。




 ロバート王子の母親である側妃が生きていた頃の宮廷では特にそれが顕著で、カイン王子の立太子に反対する声は無視出来ない程大きく、王妃でさえもその流れを完全に抑える事は出来なかった。


 国王の側妃に対する寵愛の深さもそれを後押ししており、立太子の時期を早めることは許されない雰囲気だったのである。

 カイン王子が無事に成人した暁に、正式な世継ぎと認めると決められてたのもこの時期だった。


 そして、そんな宮廷闘争の最中に、前日まで元気だったはずの側妃が突然、亡くなってしまう。


 疑いの目は当然、普段から彼女を嫌い、陰湿な嫌がらせを繰り返していた王妃に向かったが、確たる証拠が出て来ず、そのまま側妃の死は有耶無耶にされてしまうことになった。



 ――その日を境に宮廷の雰囲気もガラリと変わっていく。



 公然とロバート王子側に付く貴族が徐々に減って行き、キャメロン公爵家が婚約を期に後ろ楯となった後も、一度変化した時勢の流れが、第一王子側に戻ることはなかったのである。




 今回、兄王子が引き起こした婚約破棄騒動が止めとなり、王妃派の優勢は誰が見ても確実と言えるものになった。


 今はまだ危うい均衡を保っているが、国王を凌ぐほどの権勢を誇るようになるのも、もう時間の問題なのかも知れないと思わせるほどに……。


 但し、王妃派にも全く不安材料がない訳ではない。


 その事をユージーンが指摘する。


「だからと言って、すんなりと第二王子殿下の立太子が決まるとは思えないけれどね。先日も風邪を拗らせて数日間、床に臥されていたというし王座の重責に耐えられるかどうか……」


「そうですわね。カイン様ご本人は、とても良い方なのですけれどもね」


「まあね。あの王妃からお生まれになられたとはとても思えないよ」


 あらゆる障害を人々の怨みを買いながらも強引に取り除いてきた王妃の計画を、最後に阻んでいるのがカイン王子が十五才になった今も尚、虚弱な体質であるということ。


 こればかりは王妃がどんなにお金を積んで色々と手を尽くしても、遂に改善しなかったのだ……皮肉なものである。




 結局、不安を取り除けなかった王妃としては、一刻も早く息子の立太子冊立とそれに続く婚姻を押し進めたいと願っているはずだ。

 カインの婚約者も王妃派閥出身の令嬢だし、もし彼に何かあったとしても次代が用意できていれば問題ない、と……。


 そして、これからは中立派の取り込みや、キャメロン公爵家のような国王寄りの貴族家にも何かしら仕掛けてくる可能性がある。


「……段々とやり方が大胆になってまいりましたわね」


「そうだな。ここで一気に攻勢に出て、第一王子殿下と一緒に彼を庇う陛下の権勢も削いでおきたいといったところなのだろう」


 キャメロン公爵家の兄妹は顔を見合わせると、一筋縄ではいかない敵対勢力を思ってため息をついたのだった。




「それにしても、囚人を脱獄させた神官と王妃派が繋がるとは……厄介なことになった」


「ええ、兄様。それに問題は、今回の接触が初めてなのかどうかもですわよね?」


「うん、そうだね。私が思うに多分、もっと前からだったと思う」


 ユージーンは今回の件を受けて、ある疑いを持った。


 ロバート王子とその側近達がユーミリアと出会う切っ掛けの場をつくったのが、王妃派に属する貴族だったのではないか……という疑惑を。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る